まがいもの
三人の子供達が暮らしている家は、一般的な家屋の延長上、けれど屋敷とまでは行かないような塩梅の造りだった。
玄関を潜れば休息室、その奥の部屋がキッチンと食事部屋を兼ねた部屋で、その先には廊下がある。
廊下の右側には三つの部屋、手前からウェン、ホープ、ディユの部屋となっているようで、私が使う部屋はディユのものだから、一番奥の部屋となる。それぞれの部屋は同一の大きさで、ベッドの大きさも同じくらい。但し、レイアウトや家具には個性が滲んでいた。ウェンは普通の部屋、ホープはまさしく子供部屋、ディユはなんとも質素な部屋という形で。
一方で廊下の反対側、左側にも三つの扉があり、これもまた手前からお手洗い、洗濯場、湯浴み場だという。
「お手洗いは一個しかないから、混み合うときは混み合っちゃうけど……」
「押しかけた私が悪いのよ。ごめんなさいね」
「どういたしまして」
ちなみにそのお手洗いは、王国でもかなり新しめのタイプ、水洗式だった。聞けばこの家を作ったときに、トイレでストレスは覚えたくなかったから作ったのだそうで、その根性は是非とも街の連中にも見習って欲しい。
一方で洗濯場はというと、極めて普通の形になっている。洗濯物は溜まっていない。
「洗濯はウェンがいつもやってくれてるんだよね。時々僕がやることもあるけど。ホープはやらないかな」
「幼いものね」
「ん……どっちかというと、寝てるからかな?」
「年齢以前の問題か……」
けれど納得。
そして最後の湯浴み場……なのだけど、さすがにこれには衝撃を受ける。
広い。
家屋に設置される湯浴み場とは通常、一つの浴槽と、髪や身体を清めるためのお湯が入れられるタンクが設置されているだけの簡素な造りだ。それでも設置されているだけマシで、普通は街に一つか二つはある、大きな湯浴み屋を使う事が一般的だった。
しかしこの家に設置されている湯浴は場、それこそ湯浴み屋のような広さだった。泳げるわ、コレ。
「すごいわね……、こんな規模のお湯を常に溜めているなんて」
「この家を作る時さ。基礎を打つためにちょっと掘ったら、温泉が湧いちゃったんだよね。だからそのまま湯浴み場にすることはすんなり決まったんだけど、お湯の出る量にあわせて浴槽を石材で作ったら、この大きさになっちゃったんだよ」
温泉……、そんな高級な施設を家に作るとは。やるわね。
「いつでも入って良いからね。髪を洗ったり、する用の、普通のお湯とか水は、そっちのタンクに入ってるから。そっちは使ったらウェンに言ってくれると助かるな。補充しないといけないから」
「ええ。分かったわ」
後で早速入らせて貰いましょう。
「他に説明するべきは、この家……の、敷地内についてかな。ついてきてくれる?」
もちろん。
ディユに促されるがままに、廊下の突き当たりの扉を潜ると、その先は渡り廊下になっていた。渡り廊下とは言っても、屋根を付けて手すりを少しだけ付けているだけの簡素な造り。それでも十分な整備だ、素足でも行き来できるようにか石畳は綺麗に磨かれているし、その周りの地面からは一定の高さが確保されている。
そして廊下の先には、先ほどは家屋の影になって見えなかったけれど、小ぶりの建物。
「この建物が僕の工房でね。物作りの拠点なんだ」
「へえ……?」
「中は後でみせてあげるよ。今はその前に、ちょっと外に出るよ」
渡り廊下からはそのまま敷地内、庭……とは違うけど、まあ庭のような場所へと出る事が出来る。
私が来た方角は、南だったのかしらね。
「あっち、お日様がよく当たる方には、来たときに見てるみたいだけれど、畑があるよ。畑はいろんな野菜とかをウェンが作ってる」
「なかなか広い畑だったわね」
「三人だと少し余るように作ってるんだ。ルシエみたいなたまーにくるお客さんにご飯が出せなかったら困るし、どうしても余った分は周辺の小動物に上げちゃっても良いからね」
なるほど。
「で、逆にお日様があたりにくいこっち側は、川が流れてる。向こうが上流で、敷地を出て上流方向にちょっとあるけば、綺麗な湧水がたくさんあるよ」
「水源に恵まれているのね。でも、そんなに近い所に川があると、溢れたときに危ないんじゃないかしら?」
「大丈夫。溢れないように二段分くらい盛り土しておいたんだ」
治水までしてるのか……。
水を制する者は国をも制するなんて言うほどに重要なことだけれど、そう簡単にできるものじゃない。ましてやこんな子供が……、なんでこんな森に埋もれているのだろう。
王都に出れば、間違い無く王城に迎え入れられるだろう才能だ。
あるいは、それが嫌になったのか。
だとしたら私と似た者同士かしら?
……自惚れにすぎるわね。私はそんな才能を持っていない。
「暇で暇で仕方が無いときとかは、さっきの渡り廊下に釣り竿があったでしょ。あれをつかって釣りでもしてると良いよ。多少の暇つぶしにはなるし、魚が釣れたらご飯にもできるから」
「私、あんまり釣りは得意じゃないのよね……。素手で取っちゃだめかしら?」
「……素手?」
どういう意味なの、とディユは私に視線を投げかけてきた。
「論より証拠……は何か違うわね、百聞は一見にしかずのほうか。川は……、ああ、ここね」
「うん」
かなりの清流だ、魚影もくっきり見えている。ということは、魚にも私たちのことが見えているわけで、普通に釣り糸を垂らしたところで釣れるとは思えない。
川までの距離。余裕があるくらいだわ。
一度しゃがんで、狙いを定め、地面を蹴る。
川を飛び越え、水面の上から一瞬腕を伸ばし、魚をつかみ取って対岸に足を着け、もう一度蹴って元いた場所へ。
「ほら、こんな感じよ」
「…………。いや、僕の理解を超えてる……、え、何ソレ。川の上を飛んで帰ってきたと思ったら、それでどうして魚をつかめてるの?」
「どうして、って言われてもね。ああもハッキリ見えるなら、余裕よ」
「そ、そうなんだ……」
……もしかして、引かれてるのかしら?
「捕った魚はどうすればいいのかしら」
「えっと、そこのバケツに水が入ってるでしょ。そこに入れてくれるかな」
「ええ」
その場からぽいっと魚を投げる。
と、魚はバケツに吸い込まれるかのように入っていった。
「…………」
「この調子で取っていけばいいのね?」
「ごめん。ルシエ。それはやっぱり禁止で」
「え、どうして?」
「そんなにぽんぽん魚を捕られると、魚が絶滅しちゃうよ……」
なるほど、資源としての考え方か……納得。
「分かったわ。じゃあ、大人しく釣りをすることにしましょう」
「そうしてくれると助かるよ。……ルシエって、思ってた以上にアグレッシヴだね」
「冒険者。だもの」
「ああいう魚の捕り方をする冒険者は初めて見たよ……」
呆れるような言葉は意に介さず、と。
「ああ、ついでだから教えておこうかな。この川ね、上流から珍しい石が結構流れてくるんだ。それを拾うのは自由だけど、気をつけて拾ってね」
「気をつける……って、どういうこと?」
「偶に赤火石とか、黄雷石とか、そういう属性石も混じってるんだよ。うかつに触ると火傷したりしびれたり、忙しいよ。なんどもそういう目に遭ってる僕が言うんだから間違い無い」
「気をつけるべきは私じゃなくてあなたなんじゃ……?」
「そうとも言うね。でもああいう石、素材に丁度いいんだよ。めちゃくちゃ加工が難しいけど、完成したときのあの達成感たるや。わかる?」
「ああ、難しいものをなんとか成功させたときのあの突破感は良いわね」
…………。
いや、属性宿しの石って加工できるものだったっけ……?
一度だけ『奇跡的』にも指輪のような形の青水石を見たことはあるけれど、あれ、国宝だし。
「じゃあ最後に、工房を案内してあげる。といっても、今は未だ作業の序盤でさ、あんまり面白いものはないけれど」
そう告げられた上で、工房の裏口――聞けば、水を大量に使うときなどは川から直接取り入れる必要があるので、その裏口を作ったらしい――から、お邪魔しますと中へと入る。
暑い。ような、そうでもないような……これは、
「鍛冶工房……?」
「ううん。なんでも雑多な趣味工房!」
少し照れるようにディユは言う。
とはいえ、この工房の中には火のついた炉もある。
鍛冶が使う炉の火は簡単に用意できる物ではないはずだ、それをこんな森の中でどうやって確保しているのだろう。
薪には事欠きそうに無いとは言え、薪の束なんて無かった――うん?
それはおかしな話だわ。
「ねえ、ディユ。薪は使っていないのかしら?」
「薪? うーん、よっぽどじゃないと使わないかな。森を切り拓くのは、あんまり僕達の趣味じゃないし……それに、乾燥させるのも一苦労、させたあとでも薪割りが残ってる。めんどくさいよ」
めんどくさい、って……、私も同感だけど、めんどくさいからと言って使わないわけにはいかないだろう。
「料理はどうしてるのかしら。さっき飲んだお茶だって、あれは水出しじゃなくて煮出したものよね」
「よくわかったね」
「結構味覚にも自信はあるのよ。……話を戻すと、湯浴み場のシャワー用のお湯もあったし。薪を使わないと、火が使えないわ」
「何を言ってるの、ルシエ。薪なんてなくても火は使えるよ」
ほら、と。
ディユが指を指した先には、金属で作られたものらしき箱がある。
箱の中には薄い灰色の石……か?
「あの石は……?」
「コークス、のまがい物だよ。本物は石炭を蒸し焼きにして作るんだけど、さすがに石炭は流れてこないから、代用品」
「こーくす……?」
聞いた事が無い。
石炭……ってものは、何度か聞いた事があるわね。実物を見たことはないけれど、一部の鍛冶師が使ってるという知識はある。
知識しかないけど。
王国で石炭という燃える石は採掘できない。すさまじい高級品なのだ。
「まがい物と言ってたけど、あれは燃える石なの?」
「んー。燃えるというか、熱を出すというか……? 属性宿しの石を一度空っぽにして、それを延々蒸し焼きにすると、熱の属性が宿るんだよ。それで灰熱石のできあがり。料理とかお湯を沸かすだけなら、それで十分。火を付けると鍋が溶けちゃうしね。炉に使う時は、もう一工夫してるよ」
……属性宿しの石を空っぽにするって、何よ、その概念は。
そもそも可能なのか? そんなことが可能なのだとしたら……だとしても、高等技術という表現ですら生ぬるい。
何世代も未来の技術としてさえ、成立しているかどうか……。
何故この子は、そんなものを当然のように使いこなしているのだろう。
「で、今作ってるのは剣なんだけど……。どうにもしっくりこなくてね」
「これは……鉄? こんなところで、取れるの?」
「ん? さっき川は見たよね?」
え?
「川で鉄が取れる……?」
「いくらでも、は言い過ぎだけど、結構取れるじゃん。砂鉄」
「さてつ……?」
「……もしかして知らないの?」
知らない、と頷くと、なんだか可哀想な目で見られた。
いや、知るわけがない。そんな知識、冒険者としても、あるいはその前の貴族としても――私は誰にも教わっていない。
この、ディユという子供は……何者なの?




