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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第三章 光の森の子供達
10/23

誘われた森

「……不気味な森ね」

 家出をして冒険者という生き様にその身を委ねて、一年と少し。

 十二歳になってからは初めての冒険になるのかしら、私は久々に不気味さを感じ取った。

 貴族の令嬢としての私はとてつもなく不適格だったけれど、冒険者としては十一歳だった当時から既に力量は持ち合わせていて、正直、冒険に不安を覚えることは殆ど無かった。

 自惚れではなく、そして鈍感でもなく。

 私には簡単に思える依頼がほとんどだったのだ。

 けれど今、街道から離れた森に現れた猛獣討伐というありふれた依頼に対して――私は不気味さを感じ取っている。

 あるいは、冒険者になってからは初めての感覚だ。

 この手の感覚は、大事にしなければならない。

 全力で気配を手繰れ。

 全力で痕跡を見定めろ。

 この森には、何かがある……。

 そう疑って掛かっても、奇妙なことに森からは何も感じ取れない。

 小動物の気配はある。けれどそれだけ、それだけなのだ。

 大型動物の気配は無し……どころか、どうも人間のような気配が三つほど。

 おかしいわね……依頼を受けるとき、森に誰かが住んでるなんて話は聞いていない、のに……、

「うん?」

 ……何か今、私は変なことを考えた。ような、気がする。

 おかしいわね。

 何か私が既に致命的な間違いをしているような、そんな感覚……。

「……この森の不気味さに混乱している、だけかしら?」

 だとしたら私はよっぽど怖じ気づいている、ということになるのだけれど。

 この依頼はそんなに難しいものじゃあない。

 どころか簡単すぎる部類の……。

「…………」

 ……この時点で何かがおかしい。

 何故私はこの森の依頼を受けたのだろう?

 いやそれ以前に。

「こんな依頼を受けた覚えはない……?」

 じゃあこの状況は何がどうして起きている?

 分からない。

 ふと振り返ると、そこには荒野が広がっている。

 荒野。

 荒野?

「…………」

 こんな荒野と森が繋がる場所を、私は知らない。

 ここは、どこだ?

 ……ただ一つ分かることは、荒野の先、少なくとも私の感知出来る範囲には小動物の気配すら無いと言うこと。

 このよく分からない状況下において、死を遠ざけるためには森に入らなければならない、ということ……。

「……私は、死んだのかしら?」

 死後の世界が、ここ、とか……。

 思っていたのと大分違うけれど。

 それに死んだ割りには生きている感じがするし。

 うだうだと考えていても仕方が無い。

 今、私に選べることは二つだけ。

 小動物と三人ほどの人間らしき気配のある不気味な森を進むか。

 気配がまるで感じられない、私の知らない不気味な荒野を進むかだ。

 自身の装備を確認すると、普段私が冒険に用いている装備は一通り持っていた。

 但し、保存食は無し。飲み水も常備している分だけ、具体的には一日分……。

「……このまま帰るという選択肢を用意しておいてほしかったのだけれどね」

 ため息を交えて、私は結局、歩みを進める。

 当然……森の中へと。

 いきなり訳の分からない状況だ。

 ましてや不気味極まる森だ。

 望んで進みたいとは思わない。けれど、生きるためにはこちらしか選択できない。

 荒野には小動物の気配すらなかった。

 森には小動物のみならず人間らしき気配もある、三人と数が少ないのが気がかりだけど、隠れ家くらいはあるかもしれない。隠れ家には食糧が置かれている可能性もある。

 ……仮定ばっかりで気にくわないわね。

 それでも少なくとも感知出来る範囲に何も居ない上、何も無さそうな荒野を歩くよりかはマシだろう。

 覚悟を決めて、歩みを進める――とりあえずは、人間らしき気配がする方へと。

 なのに少し歩くだけで、森の異様さは目に見えてしまう。

「……本当に、ここはどこなのかしら」

 生えている草花がおかしいのだ。

 あの淡い桃色の花は、カトレアよね……、なのにその横に咲いている非対称な花びらのそれは、ベゴニア。

 カトレアは王国南部でそれなりに見られる。

 ベゴニアは王国の西端部に群生地があったはずだ。

 どちらも実物を見たことがある花……だけど、カトレアは冬、ベゴニアは夏の花だったはず。

「……しかも紫陽花まで有ると思ったら、ヒイラギまで」

 一定の気温に保った室内で栽培するという技術が異国で研究されていることは知っているけれど、まさか森単位でそれを実現しているとも思えない。

 よしんば実現していたとしても、夏の花と冬の花を同時に咲かせるのは無茶でしょ。

 草も春から冬まで一年中の草が無秩序に生えてるし。

 この様子だと樹木でさえも、ありえない生息をしているのかも知れない。

 ……けれど少しだけ、一年を通しての花を一覧できるこの環境が、綺麗だなとは思う。

 花は好きなのだ。

 一番好きな花は、コクリコの花。

 王国では縁起が悪いと言われているけれど。

 それでも綺麗なものは綺麗だと思う。

 ――と。

 小動物の気配が一つ、近付いてくる。

 私は短剣に手を掛けて、一応警戒……していると、飛び出してきたのは真っ白な毛並みの子ウサギだった。

 子ウサギは私に気付いてハッとした様子を見せると、そのままそそくさと物陰に隠れる。

 …………。

 見なかったことにしてあげよう。

 親ウサギならばまだしも、子ウサギじゃ腹の足しにならなさそうだし。

 所々に狂い咲く花々に呆れながら、人間らしき気配がする方へ、気配がする方へと進んで、進んで、進んで――そして、三十分ほど森を歩んだところで、明らかに森の構成が変わった。

 それまでの険しく、狂うように咲き誇っていた花々はなくなり。

 とても自然な……そう、自然としか言いようのない、普通の森になった。

 気付けば人間らしき気配はすぐそこで。

 五歩、六歩と進むだけで、森の木々が少し途切れ……ある程度の空けた空間が、視界に入る。

 その空間は縄張りでもするかのように、低い塀がぐるりと周囲を囲んでいる。

 低い塀には何箇所か、小降りの門が準備されてる。

 防犯の用途にはあまりにも無力そうだったけれど……塀の向こうには畑らしきものがあり、その畑の奥には平屋が一軒。

 明白に人工物。

 私が探り当てた気配は、ここからしている……すぐ近くは、一つにあって。

 そちらを見れば、そこに居たのは子供だった。

 黒い髪、私と同い年くらいだろうか?

「……ん? 誰だ、お前?」

「…………」

 ソレはこっちの台詞だ。

 けれど、訪れたのは私……か。

「私はルシエというの」

「へえ。ルシエ。……聞き覚えはないけど。お客さんか?」

「いえ。……なんと表現して良いのか、ふときづいたら迷子になっていたのよ」

「迷子。迷子ね」

 少年は苦笑交じりに数度頷く。

 そして、弄っていた畑からいくつかの野菜を収穫すると、籠に乗せて私に言った。

「ここは俺たちの家でさ。……礼儀作法どころかもてなし方もよくわかんねえけど、それでもいいなら飯でも食っていけよ。見ての通り、野菜は作ってるし、裏手には川もあって釣りで魚が釣れる。家からちょっとでも外れれば動物や鳥もいるから、食いもんと水の貯蓄はあるんだ」

「そう、なの。……じゃあ、お邪魔しても良いかしら?」

「ああ。そこの門、鍵は掛けていないから、開けて入ってきてくれ。入ったら鍵は閉めないで良いけど、門は一応閉じといてくれな。たまに猪とかが入ってきて食い荒らすんだ」

 ……なるほど。縄張りというより、害獣よけか。

「恩に着るわ、……えっと、あなたの名前は?」

「ん……ああ、悪い。俺は名乗ってなかったな」

 失敬、と少年は頭を下げて、改めて私に向き直り、そして名乗った。

「俺はウェン。この家に住んでる三人のなかでは兄貴分みたいなもんかな」

「……えっと、片親、なの?」

「いや、親は居ねえよ。子供だけで暮らしてるんだ」

 子供が三人で、この森に篭もって生活している……?

 なるほど、と素直に頷くことが出来ない。

 それでも案内されるがままに、私はウェンについていく。

 招かれた先、屋敷は広く、一般的な家屋に近いようだ。

 生活の痕跡、使われていた椅子や食器などの位置からみるに、三人で暮らしているというのも本当らしい。

 気配的にも合致しているし。

「あれ、ウェン。早かったね」

「お客さんだよ、ディユ」

 ちらちらと周囲を伺いながらウェンという少年についていく途中。

 二人目の少年が現れた。

 焦げ茶色の髪の毛に、どこか緑色を感じる黒い目……、ウェンという少年と、雰囲気は似ている。

 兄弟では無さそうだ。良くて親戚……、だろうか。

「へえ、お客さん。久々だね。……そうだね、僕はホープを起こしてくるよ。挨拶はその時にさせて貰うよ」

「ん。ルシエ、は、こっちにきてくれ」

「ええ」

 家の奥へと去って行く二人目の少年を見送り、私は最初の少年に案内されるがままに。

 辿り着いたのはキッチンと一体化した、なんとも使い勝手の良さそうな空間だった。

 促されるがまま席につくと、すぐにウェンと名乗った少年は冷たく冷やされたお茶をだしてくる。ほのかに甘いその紅茶は、かなりの高級品……。

「おいしい……」

「そうか? 俺も不味いと思ったことはないけど、ディユの手作りだからな」

「ディユって、たしかさっきの……」

「ん。あいつ、物を作るのが好きなのさ。この家だってアイツが一人で建てたようなもんだし。好きこそものの上手なれ、なんて言うけど、それなのかもな」

 いや、その理屈はおかしいと思う。

 って、この家をあの子供が作った?

 専門家が図面を敷いてから作ったような、それこそ貴族の屋敷もかくやという緻密さに見えるのだけど……。

「お待たせー。あ、お茶出したんだ」

「ん。自己紹介しておけよ」

 微妙な間ができかけた丁度その時、さきほどの少年が戻ってきた。

 その少年は二回りは小さい子供を抱えていて、その子供はとても眠そうだった。

「ごめんごめん。僕はディユ。初めまして」

「初めまして。……ええと。その子は……?」

「ホープって言うんだ。ごめんね、起こそうと思ったんだけど、昨晩遅くまで起きてたからかな。見ての通りぐっすりでさ」

「……そう」

 たしかに、眠そうと言うより眠ってる。

 問答無用に抱き運ばれても尚眠り続けるというのはなかなかの執念だ……小さな子供ってそんなものだったかしら。

「私も改めて、自己紹介するわね。ルシエと言うわ。冒険者をしているの」

「へえ、冒険者。見たところルシエは……ええと、十二歳くらいかな? それなのに冒険者をして生き残ってるなんて、なかなか凄いね」

 それは誇られるべきだよ、とディユは言って、席に着いた。

 ホープという少年は、抱えたまま。

「にしたって、珍しいよな。この森に客人が来るのは」

「そうだね。ルシエはどうやってこの森にきたの?」

「え……?」

 どうやって来たのか?

 それは、……それが分かれば苦労はしないのに。

「ごめんなさい。……私にもよく分からないのよ。ざっくり言えば、迷子ね」

「迷子でこの森に辿り着くなんて、よっぽどの剛運を持ってるんだろうね……」

 呆れるようにディユは言う。

 そしてウェンも、「良かれ悪しかれな」、とそれに続けた――共通認識、らしい。

 つまりこの森はよっぽど妙な所にあるのか。

「あなたたちは、ここで暮らしているの?」

「そうだね。外の畑は見た? ウェンが毎日手入れをしていて、お野菜には事欠かない。裏手には綺麗な川もあってね、魚も捕れるよ。飲み水に使える綺麗な湧水もすぐ近くにある」

「それに何より、雨風を凌ぐには十分な家もディユが作ってくれたからな。俺と、ディユと、ホープの三人が生活する分には十分なのさ」

 雨風を凌ぐには十分どころか、こんな上等な家屋、王都にもどれほどあるか……。

 それを抜きにしても、子供が三人で自給自足生活を成立させているというのは驚きね。

「とはいえ、野菜と魚ばっかりだと飽きるけどな」

 僅かに子供らしい事を茶化すようにウェンが言うと、ディユも笑って言葉を続けた。

「たまにホープが、お肉を取ってきてくれるんだけどね。あとは畑を荒らしに来る猪とかを捕って食べちゃったり」

「たくましいわね。……うん? ホープってその、寝てる子の名前だったような」

「そうだよ。見た目は一番幼いけれど、その手の狩りはホープが一番上手なんだよ」

「適材適所って奴だな。……まあ、それを言うと微妙に俺の立つ瀬がないんだが」

「何言ってるの、ウェン。僕もホープも、ウェンがいるから安心できるんだ」

 ……なるほどね。兄貴分というのはそういう意味、精神的支柱という意味か。

 豊かな生活にさえ見えるけれど、三人の子供がその三人だけで、森の中に篭もって生活するというのは、まあまあ極限状態に違いは無い。

 …………。

 いや、やっぱり豊かな生活にしか見えないわ……。

「ねえ、この森はいったいどこにあるの? ……なんだか、花もいろいろと咲いていたのだけど」

「この森の場所……、場所か。それは俺たちにもわからないな。何せ俺たちは、森から出たことがない。それにこの森、基本的に来客もないし、周辺の地形すらも知らない。そもそも森の中で全部完結してるから、外に出る必要も無いしな」

「じゃあ……私はどうやったら帰れるのかしら?」

「ははは」

 と。

 突然笑ったのは、さっきまでは確かに眠っていた三人目の少年、ホープだった。

「帰り道なんてものは、来た人にしか分からないんだよ。おいらたちに聞かれたところで、答えはだから決まってるんだ」

 帰り道(そんなもの)は知らないよ。

 それがつまり、その答えで。

「ルシエ。とりあえず、帰り道が見つかるまではこの家に滞在していくか?」

「……いいの? えっと、迷惑じゃない?」

「食糧に余裕はありすぎるくらいでね。部屋数には余裕がないけど……」

「僕の寝室を使えば良いよ。僕はどうせ、工房で寝泊まりすることの方が多いから」

「だってさ。もちろん、知らない男の部屋で寝るのが嫌だというなら、そのあたりで寝てもいいけれど……、床よりかはベッドのほうがいいだろ?」

 それは、まあ、その通り。

「……じゃあ、少しの間、お世話になるわ。もちろん、お世話になる分くらいは働くわよ。何か私に出来ることがあったら言って頂戴」

「お気持ちは嬉しいけれど。帰り道、探さないと行けないんでしょ?」

 そうだった。

「けれど、そうだね。収穫した野菜を家に運び入れるとか、そのくらいは手伝って貰えばいいんじゃない、ウェン」

「そうだな。そうして貰おう」

「ええ。もちろんよ」

「もうお話終わった? おいら寝てくるよ」

「ん。お休み、ホープ」

「お休み。起こしちゃって悪いなー」

「どういたしまして。ふぁあ……」

 大きなあくびをして、ホープという少年はテーブルに突っ伏す。

 ……寝るって、そこで?

「さてと、ホープを部屋に戻さないと。ついでだし、ルシエに貸す僕の部屋とか、この家の案内をするか。ウェンはどうする?」

「そんじゃ、俺は畑いじりしてるから、何かあったら畑に声かけてくれ」

登場人物:

 ウェン……森に住む子供。

 ディユ……森に住む子供。

 ホープ……森に住む子供。

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