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護りたかった彼のために  作者: 朝霞ちさめ
第一章 リザとの邂逅~婚約の儀式
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そして私は弾劾される

 私は昔から、コクリコの赤い花が好きだった。

 鮮烈な赤の色の中央に淡い黄色が佇み、薄い花びらが風に揺れる姿が愛おしかった。

 両親や教育係は、そんな私に何度も言った。

 この国でその花は少し縁起が悪いから、違う花を愛しなさいと。

 それでも私はコクリコを愛し続けて……そして今。

 私はコクリコの花束を抱えて、王城のテラスから満天の星を眺めている。

「ん。ああ。ここに居ましたか。探しましたよ、ルシエ」

「急にね。星が見たくなったのよ。今日は新月だから――」

 新月の夜は星がよく見える。

 大きな星も、小さな星も。

 満天を彩る様々な光を凶兆と捉える者もいるのだろうけれど、私にはただ、美しいものだった。

「――いつでも、美しいものは好きだけれどね。リザ、あなたはどうかしら」

「そうですね。ルシエのその妖精の羽のように煌めく金の髪も、まるで光を引き立たせる宝石のような蒼い目も、とても美しいと思いますし、私もそうありたいとは思っています」

 私の嫌味にも似た話題の振りを受け流し、リザは私の横まで歩み寄る。

 隙だらけに。警戒もせずに。

 ……信頼すらもせずに。

「私に言わせれば、その黒曜石のような緑髪も、ただ鋭く意志を見せる金の瞳も、十分に代えがたい美しさよ。特にその髪は、私にはどうしても羨ましいわ」

「あら。嬉しいですわ」

 浮かべられた妖艶な笑みに、私も思わず釣られて笑う。

 それは私が初めて彼女を会ったときとは全く違った笑い方。

 けれどこの場には、なによりも相応しい表情なのだろう。

 ……場。

 場、か。

「それで、用件はなにかしら。私を探していたのでしょう」

「ええ。……私は知りたいのです」

 私と同じように空に視線を向けて、リザは言う。

「ルシエが何を思って、今、ここに立っているのかを」

「哲学ね。それとも酔狂なのかしら」

「酔狂の方でしょうね。けれど、ルシエの言うとおりに哲学なのかも――別に、知らなければ知らないで不具合は無いのですから。そうでしょう、ルシエ……リュシエンヌ・アンタンシフ」

 フルネームで私の名前を呼ぶ。

 フルネームで――剥奪された称号、『ニ』が消されたその名前で。

 それは貴族社会においても最上級の非礼だ。相手が相手ならばその場で殺されても文句が言えないだろう。

 それを言うならば、私はきっと、彼女を殺しても文句は言われない立場と言えたし、けれどやはり文句を言われる立場でもある。


「なぜあなたは、次の国王になることが確実であった第一王子と――そして、恐れ多くも先の国王陛下を、その手に掛けたのですか」


 リザはいつもと変わらない口調で私に問いかけた。

 さして疑問には思っていない。そんな様子……、本当に聞きたいことだとは思えない。

 事実、

「いえ、その二つについては……、まだ、理解もできるのかもしれません。説明をしていただければ、あるいは納得できるのかもしれません。納得できたとしてもそれはあなたの罪であり、そこに同情の余地はないのですが」

 と、すぐに言葉が続く。

 リザ――エリザベス・オース・フォンデシオン。

 初めて会ったとき、彼女はここまで強靱な精神を持ち合わせては居なかった。私が言うのも何だけれど……本当に何だけれど、『不釣り合い』という言葉が似合う娘だった。右も左も分からず、政略や政争によってテオドール第二王子との婚約を決められた、哀れな女に過ぎなかった。

 化けたわね。

 あるいはずっと前から化かされていたのか……。

「私が聞きたいのは、もちろんその部分も含めてなのですが。……ええ、単刀直入にお聞きします。リュシエンヌ。あなたはなぜ、ただ静かにここに立っていられるのですか。状況を理解していないわけがありません……あなたは、明日にはその命を落とすのですよ」

「そうね」

 王子殺し。

 国王殺し。

 どちらか一方でも大逆は大逆。

 たとえクリス第一王子の婚約者である私の仕業であったとしても、減刑などあるはずもなく。

「あなたには逃亡するだけの力があるではありませんか。あなたには逃亡しうるだけの能力が、技術が、冒険者として積み上げた経験はそこにあるではありませんか。なのになぜ……あなたは何故、ここに立っている事が出来るのですか」

「まるでリザ。私にはあなたが逃走を勧めているように聞こえるわね……」

 私の問いにリザは答えない――自己矛盾を抱えているのだろう。

 正義を貫かねばならないという信念。

 友人を救わねばならないという信条。

 それが今の状況を作り出している。

「あなたは正しいわ。あなたの告発は……あなたによる弾劾はこの上なく正当よ、リザ。私は確かにクリスを殺した。私は確かにニコラ国王さえも手に掛けた。……それだけでも私は、王国の法でも最大級の罪を二つ背負っているし――まあ、今頃冒険者のギルドに騎士、非合法組織も含めて裏取りをしている最中でしょうけど、『余罪』なんていくらでも付いてくる。そういう生き方をしてきた事くらいは自覚してるのよ」

 王子殺しに国王殺し。

 その告発を受けた場で即死罪になって当然の私が今も生きている理由は、三つある。

 一つ目は告発者、リザの意向――リザは私を告発し、私の罪を突きつけ、弾劾し、しかし断罪はしなかった。その罪を己で裁く機会を与えるべきだと強引に主張しねじ曲げた。結果、私の命はまだ続いている。……もちろん、明日の昼という刻限もある。その時点で私がまだ生きているようならば王国の法に則り断頭台で処刑すると定められ、その刻限までは、定められた範囲で行動の自由が約束された。身を清めるも良し、最期の晩餐に興じるも良し、あるいは懺悔の祈りをするもよしと。

 二つ目は私の罪があまりにも『多すぎた』ことだ。第一王子の婚約者だった私は、婚約者になるまで貴族の令嬢らしからぬ生き方をしていた。……もちろん、持っている免罪符の範疇ではあったけれど、幾度となく罪とされる行為をしてきた。そして免罪符を、称号を剥奪された今、私の行為は全て『罪』となる。……それこそ、今日の弾劾を受けて明日の昼までに纏まる程度の数ではない。断頭台で付け加えられるのは精々、百程度の余罪に終わるだろうけれど。

「それは……そうでしょう。なにせルシエ、あなたは冒険者でもあったのです。しかし煌めく功績としての免罪符(バッヂ)をあなたは持っていました。現在では剥奪されたとはいえ、重要なのは『当時持っていたか否か』。当時の罪など、今更……」

「そうよ。だからこそ断頭台には、いろいろなところが罪を乗せたがるでしょうね。都合の悪い事実を隠すために……私に罪を着せるでしょう」

 つまり。

 私には確かに、冒険者として行動していた時期がある。その事実は今となっては王国で知らぬ者など居ないだろう。だからそれを利用する。

 私が免罪符を持っていた期間に起きてしまった表沙汰にできない事件の数々の中で、私を犯人に仕立ててもそれほど不自然では無いものの選出。そして、それを断頭台に乗せればその事件は『表だって解決』できる。

「そんな横暴をこの私が許す、と? ルシエ、なめるのは大概に――」

「なめているのは残念だけれどあなたのほうよ、リザ。あなたは冒険者として行動したことがないでしょう。だから彼らの生き方を知らないし、ギルドというものがどれほどの犠牲を糊塗していたのかも知らないわ。……それに、実権はリザ、あなたとテオ第二王子が握ることになるでしょうけど、あなたたちが全てを決める事は出来ない。他の全ての執務を投げ捨てて検証をする? バカバカしい。政務が止まれば滅ぶわよ、王国は」

「汚職を放置し組織を腐せば、結局滅ぶじゃないですか!」

「大罪人に逃亡を提案しているあなたの行為も、大概汚職の一部だと思うけれど……」

 もちろん。

 己の富や名声のためだけに職権を悪用するものだって多いだろう。

 しかし全員が全員とも限らない。そうしなければならない理由がある者だっているし……単に情がそうさせるという者だっている。

 その程度のことをリザが理解していない、などという事もないだろう。

「私は逃げないわ。あなたが、リザが無理を言ってまで作ってくれた最期の時間を無駄にはしない。無駄には出来ない……だから私は、こうして星を見ているの」


「……せめて、最期に美しいものをみたいから――等という性格ではないだろう、キミは」


 私とリザの会話に割り込んできたのは若い男の声。

 第二王子。

 テオドール。

「キミは美しきよりも勇ましきに価値を見いだす存在だと私は理解しているが、もし見当違いであるならば指摘してくれたまえ」

「まあ。指摘することなどありませんわ……ご慧眼の通り、私は美しいものよりも勇ましいものが好みですもの。私がクリス様との婚約を受け入れたのも、それが理由ですわ」

「ふむ。兄上は確かに勇ましかった。……もっとも、その兄上を殺したのがキミなのだから、なんとも言えないがね」

 テオの言葉に悪意はない。

 かといって侮蔑や憐憫ですらもない。

 そこに残っている感情の色は、疑問だ。

「すぐに死ぬつもりはないのだろう。……そうやって星を眺めたいだけならばリザの言葉さえ届くまいに、キミは私にも反応してくれている。ダメ元ではあるが、試さぬ理由もない――つまりだ。ルシエ。私はキミが考えている事と、キミが考えていた事を知りたい。そしてそれによって私の中に残った疑問を晴らさねばならぬような気がしているのだ」

 勇ましさではなく美しさを内包した王子。

 武勇ではなく知謀によってその才を輝かせた(テオ)らしい言い草ね。

「では、少しばかり語りましょうか。グェン様も、そのままで構いませんわ」

「……あきれた。キミはこっちを一瞬たりともみていないのに、なぜ母上がここに居ると看破したんだい。呆れるしかない洞察力だな……」

「あら。気配がダダ漏れですもの」

 肩をすくめて、一区切り。

「そうですわね。どこから話すべきか……、順序立てて話すべきかとも思いましたが、分かりやすいように。即ち、リザ。あなたと出会った頃の話から、しましょうか」

 新月の夜、満天の星。

 弾劾の後、断崖の淵。

 ようやく振り向けば、テオの横にはやはりグェンドリュンヌ王妃が佇んでいた。

 静かに。

 ただ、静かに。

登場人物:

 ルシエ/リュシエンヌ・ニ・アンタンシフ……『悪役令嬢』。主人公。

 リザ/エリザベス・オース・フォンデシオン……『ヒロイン』。

 クリス/クリストフ・ロワ・エパーニュ……『第一王子』。

 テオ/テオドール・ロワ・エパーニュ……『第二王子』。

 ニコラ/ニコラ・ロワ・エパーニュ……『国王』。

 グェン/グェンドリュンヌ・エパーニュ……『王妃』。

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