第7話 コロネ、町中を歩き回る
とりあえず、ピーニャに町を案内してもらって思ったこと。
この町、徒歩で歩き回るのにはちょっと広すぎるってことだ。
いや、もちろん、『塔』の上から見たから、それなりに広いとは思ったけどさ。
実際に歩いてみると、これが結構大変だ、ということに気付いた。
だって。
遠くに見える高々とした町の外壁。
あれに向かって進んで行っても、行けども行けどもたどり着けないんだもの。
あれれ?
わたし、町の外から門を通って、『塔』まで運び込まれたんだよね?
少なくとも体感で一時間ぐらい歩いたけど、全然外壁が近づいてこないよ?
思った以上に遠近法がおかしいようだ。
振り返ると出発点であったはずの『塔』が、これはこれで少し離れた場所にそびえたってるし。
たぶん、『塔」と『外壁』の高さが錯覚を起こしてるよね。
遠くに巨大建造物があると、それを目印にすると距離感が狂うってやつ。
まあ、何にせよ、だ。
気軽に町を案内って感じだったけど、気合を入れないといけない活動量になってきたというわけだ。
ちょっとした歩け歩け大会みたいになってきた感じだよ。
少なくとも、一日や二日で気軽に巡りきれるような規模じゃないってことはよーくわかったよ。
途中で、ピーニャが『ここが教会なのです。乳製品などを扱っているのでピーニャたちもよく来るのです』とか、『この辺りから東の方に職人街が広がっているのです』とか、その都度、色々と教えてくれて楽しくはあったんだけど。
うーん。
これ、後で、仕事の合間にでも自分でも町を巡らないとダメそうだよ。
ちょっと覚えることが多すぎるもの。
普通に、案内人のピーニャがいなくなったら道に迷いそうだ。
もちろん、そこまで入り組んだ道というわけじゃないんだけど、『塔』の辺りを含めて、町の中央部は道が整備されているせいで、一本間違えると訳がわからなくなりそうなんだもの。
うん。
しばらくは、町の探検がやるべきことになりそうだよ。
あ、そういえば。
「ところで、ピーニャが目指している場所ってどこなの?」
「『果樹園』なのです」
ピーニャのおつかいの目的地がどこなのか聞いてなかったので、改めて尋ねてみた。
へえ、果樹園かあ。
ということは、果物関係の仕入れかな?
「そこって、ここから離れてるの?」
「あっ! もしかして、コロネさん疲れたのですか?」
「うん……少しね」
「ごめんなさいなのです。町を案内する時はあまり乗り物とかに乗らない方がいいと、オサムさんからも言われていたので、うっかりしていたのです」
そう言って、ぺこりと頭を下げるピーニャ。
最初から乗り物を使ってしまうと、土地勘が狂うから、それで多少時間がかかっても、歩く方法での案内を続けていたのだそうだ。
いや、だったら、ピーニャは悪くないよ?
どちらかと言えば、体力面で軽く考えていたわたしの方が悪いだろう。
それに、もう、気合を入れなおしたから大丈夫。
何だかんだ言っても、パティシエ見習いをやっていた経緯で体力には自信があるのだ。
基本、調理のお仕事って、体力勝負だからねえ。
というか、だ。
「乗り物があるの?」
「なのです。【安くてお気軽】な『町中循環便』から、【身体ひとつを運ぶならおすすめ!】の『軍馬便』、【超特急、お急ぎならこれ! ただし、高所恐怖症は無理しないで!】の『空便』などなど、用途に合わせて、色々な移動手段があるのですよ」
「ふうん、そうなんだ?」
ピーニャによると、乗り合い馬車っぽいものから、足の速いモンスターを呼び出して、その背中に乗せてもらうものなど、多種多様な乗り物があるらしい。
というか、ちょっと独特のキャッチコピーみたいなのが気になったんだけど、その辺はそれぞれ業者が違うらしくて、それなりにライバル商社が火花を散らしている結果らしい。
ちなみに、『町中循環便』って呼ばれる乗り合い馬車には、ただで乗れるものもあるのだとか。
町に住んでいるお年寄りとか、足が不自由な人とかも気軽に使えるように、って。
意外と行政サービスみたいなものがしっかりしているんだね?
その辺はちょっとびっくりした。
あ、そうだ。
ただで乗れるで気付いたよ。
「ピーニャ、わたし、お金が一銭もないよ?」
「それはそうなのですよ。コロネさんは迷い人なのですから。心配しなくても、今日のところはピーニャに任せるのですよ」
心配ご無用、とばかりに胸を張ってピーニャが頷いてくれた。
何でも、オサムさんのお店の先輩として、いいところを見せたいのだとか。
うん。
ありがたいような、申し訳がないような。
ただ、今日のところはご厚意に甘えておこう。
見た目だけを比べると、何となく、わたしよりもピーニャの方が若く見えるんだけど、その辺は妖精さんだから、のようだね。
意外と、年上でびっくりしたもの。
そうこうしていると、ピーニャが笛のようなアイテムを吹いて、町中移動用のモンスターを呼び出してくれた。
モンスターのタクシー屋さんみたいな感じなのかな?
見た目は、さっき会った狼のウーヴさんに近くて、でも、それよりはもうちょっと小柄な狼さんが二頭だ。
どうやら、わたしとピーニャで一頭ずつ、ということらしい。
「はい、どうぞなのです。コロネさん、こっちの狼に乗って欲しいのです。【呼び出し上等! 町中どこでも駆け付けます!】の『影狼便』なのです」
「ガウ♪」「ガウ♪」
「背中に乗っても大丈夫なの?」
「なのです。背中からおぶさるように抱き着いてもらえれば、ベルトが締まるようになっているのです。そうすれば、初心者の人でも安心なのです」
子供でも乗れるのですよ、とピーニャが微笑む。
あっ! ピーニャが先に試してくれたけど、しがみ付いた途端に、背中の方へとひゅんひゅんって黒いベルトが自動で締まるんだね?
なので、わたしも狼さんに背中に乗ってみる。
うわあ!
すごいね! この毛並み、ふかふかだよ!?
それにちょっといい匂いもするし。
全然、獣臭くないんだね。
そもそも、こんなに大きな動物さんの背中に乗るのって初めてだからドキドキするよ。
でも、何となく安心できる感触というか。
「なのです。乗り心地目当てで利用している人も多いのですよ。この狼たちは数も多いので、呼べばすぐ来てくれるので、それも人気のひとつなのです」
その分、割高なのですが、とピーニャが最後にぼそっと言ったのを聞き逃さなかったよ、わたしは。
とりあえず、この『影狼便』が人気の乗り物だということはわかったよ。
「じゃあ、一直線に目的地へと向かうのですよ――――ピーニャとコロネさんのふたりを、『果樹園』の北口までお願いするのです」
「「ガウ♪」」
ピーニャの言葉に、二頭の狼さんが頷いたかと思うと。
そのまま、『果樹園』を目指して、ものすごい勢いで走り始めた。