第6話 コロネ、チョコレートを味見する
「コロネさんの能力が『食べ物を出す魔法』だということは聞いていたのです」
冒険者ギルドを離れたあと、道すがらピーニャがそう教えてくれた。
だから、ピーニャ自身は感心こそすれ、そこまでびっくりはしなかった、って。
狼さん経由で、オサムさんにはわたしがチョコレートを生み出す魔法が使えることが伝わっていたそうだ。
いや、そもそも、今はわたしの身体もきれいになっているけど、町に運び込まれた時は身体中がチョコ塗れで、それをきれいに取り除いてくれたりもしたのだとか。
あー、そういえば、気絶する直前に大量のチョコが降ってきたっけ。
要は、オサムさんの言葉にあった『魔法の使い過ぎ』というのも、そこに付随しているわけだね。
「ピーニャ、その、『食べ物を出す魔法』ってめずらしいの? 何だか、冒険者ギルドにいた周りの人たちもみんなびっくりしてたみたいなんだけど」
「なのです。ピーニャ自身、能力が偏っていますので、魔法については知識としてしかわからないのですが……本来、魔法は現象を引き起こすものがほとんどなのです」
何でも、ピーニャによると、この世界の魔法って、そういうものらしい。
いや、魔法が普通に存在しているってのも驚きだけど。
『チョコ魔法』ってスキルを見て、それが自分で使えたことだけでも、ものすごくびっくりしたしね。もっとも、狼さんに襲われていると思っていたから、正直、そっちのことを意識している余裕はなかったけどさ。
ともあれ、この『チョコ魔法』。
ピーニャ先生の解説によれば、かなり特殊な魔法に分けられるらしい。
いわゆる、分類困難なめずらしい能力として、だ。
「基本属性と呼ばれるのは『火』『水』『風』『土』『光』『闇』の六つなのです。普通の魔法……特にレベルが低い状態でも、生まれながらに使える魔法というのは自然の『属性』に依った魔法がほとんどなのです。ピーニャの場合は『火魔法』なのですよ」
「えっ? ピーニャって、火を使うのが得意なの?」
「なのです。『火』の妖精ですから」
「――――うわっ!?」
説明の途中で、ピーニャの身体が真っ赤な炎に包まれて。
すぐに火だけが消えた。
にもかかわらず、ピーニャの身体や服が燃えたり火傷したりしていないのも、炎に対する耐性があるからなのだそうだ。
へえ、ちょっと意外。
見た感じ、穏やかそうだし、ピーニャに火のイメージがなかったしね。
でも、種族としては『火の妖精』に当たるのだとか。
話を戻すと、魔法の多くは何らかの『属性』に帯びており、普通は自然界の力を魔素……魔力と引き換えに行使するのが、いわゆる『魔法』と呼ばれる能力なのだそうだ。
『火魔法』なら火を生み出し、『水魔法』なら水を利用した現象を発生させる。
その場にある、自然の力を借りる、ってのがわかりやすい理屈かな?
もしかすると、わたしの認識も少し違ってるかもしれないけど、大まかな感じではそれで合っているぽいのだ。
さて、ここでわたしの『チョコ魔法』について。
これ、その名の通り、チョコレートを生み出す能力だ。
この場合、どの属性にあたるのか、判別するのが難しいらしく。
だから、みんなにびっくりされた、と。
「そもそも、水や土ならまだしも、特定の『食べ物』を生み出す魔法なんて、ピーニャもあまり聞いたことがないのですよ。『召喚系』の魔法なら、まだ納得なのですが」
そもそも、オサムさんに聞いていなければ、さっきの塊が食べ物ということもわからなかったのです、とピーニャ。
……って、あれ?
「あれ? もしかして、こっちってチョコレートがないの?」
「少なくとも、ピーニャは初めて目にしたのです。料理と言えば、オサムさんなのですが、そのオサムさんの料理でも、今の今まで登場したことがない食材なのです」
「いや、食材っていうか、さっきので完成形だよ?」
「そうなのですか?」
「うん」
もし食材しか出せないのなら、カカオの状態で出てくるはずだものね。
あれ……?
そういえば、これ、本当にチョコレートだよね?
スキル名が『チョコ魔法』になっていたからチョコだと思っていたけど、そもそも、わたしは自分が出したチョコを食べたことがない。
うーん、そうだよね。
ぽんぽん、と連続で魔法を発動させると、また一口大のチョコレートが中空から現れたので、今度は地面に落ちる前にそれをキャッチする。
そのうちの一個を味見してみた。
……うん?
美味しい……けど、これって。
味わってみると、やっぱり間違いない。
これ、店長が作っているお店のチョコレートの味だ。
一番ベーシックなチョコレート本来の風味を楽しめるタイプの。
「コロネさん、それは美味しいのですか?」
「うん。食べてみたけど、平均的なチョコよりも美味しいと思うよ?」
わたしは食べ慣れているけど、店長のチョコレートって間違いなく誰もが認める美味しさのチョコレートだもの。
少なくとも、これを超えるレベルのチョコには、わたし自身出会えていないというか。
そう伝えながら、興味深々の表情のピーニャにもうひとつのチョコを食べてもらう。
一拍、口にした直後の沈黙のあと。
ピーニャが驚き震えているのに気付いて。
「――――っ!?」
「ね?」
「何なのですか!? これ!? ものすごく美味しいのです!?」
それを聞いて、どこか誇らしげな気持ちになる。
うん。
やっぱり、店長の味はすごいよね。
だからこそ、わたしも弟子入りして、この味を目標に頑張ってきたんだもの。
ただ甘いだけじゃなくて、深い味わい。その風味。鼻に抜ける香り。口の中で溶けていく、その食感。単なるチョコレートなんだけど、単なるチョコレートとは間違いなく一線を画す味。
一口食べただけで、思わず頬がゆるんで幸せになってしまう。
そんなチョコレートなのだ。
ただ、一点だけ微妙なのは、そんなチョコレートが、ぽんぽんと魔法で生み出せることだろうか。
それだけはちょっと釈然としないものがあるけど。
でも、興奮気味のピーニャに聞いてみたけど、このゲームの世界にはチョコレートを作るための元の食材がないのだそうだ。
あるいは、未発見か。
要は、カカオがないってことだよね?
つまり、こっちでチョコレートを食べようと思ったら、今のわたしの魔法で生み出す以外には方法がない、と。
「間違いなく、この味でしたら、大評判になるのですよ!」
「うん、そうだよね」
だから、売り出してみたら、ってピーニャの提案に苦笑しながら頷いて。
もうちょっとだけ、この中の世界の情報を知りたいと感じた。
甘いものがどのぐらい普及しているのか、ということも含めて、だ。
オサムさんの話だと、あまり広まってないって言ってたけど、さすがにまったくないわけじゃないよね?
そんなことを考えながら。
引き続き、ピーニャの後をついて町を巡るのだった。