第5話 コロネ、冒険者ギルドを訪れる
内心びくびくしながら、建物の中へと足を踏み入れると、そこに広がっていたのは、どこか現実世界でもよく見かけたことがある風景だった。
先程、ピーニャが役所に近いと言っていた通り、複数の受付のカウンターのようなものがあって、お客さんのような人がそこで話をしている光景。
手前の方には、椅子に座って順番を待っている人たちがいて、受付の上に置かれた電光掲示板のようなものに番号が浮かび上がって、その番号を呼ばれた人が受付へと向かっていく、という感じの。
うん。
確かに、銀行とかお役所っぽい雰囲気だよね。
病院の待合室とか、そういう感じにも近いような気がする。
ただ、大分違うかな、って思うのがやってきている人たちの姿だ。
まず、現実では明らかに見たことがないような容姿の人。
横にいるピーニャみたいに、背中から羽が生えたおばさんとか、まるで動物さんから進化したんじゃないか、って感じの二足歩行の犬っぽいお兄さんとか。耳が尖っているぐらいは当たり前で、手のひらサイズの緑っぽい毛玉がぴょんぴょん飛び跳ねていたりとか、ふわふわと幽霊っぽい感じの人が半透明なままで宙に浮いていたりとか。
わたしの背丈の倍はありそうな痩せ型のおじさんもいれば、小人みたいな人もいるし。
うん。
とにかく、普通のお役所とは大分イメージが違う感じであるのは間違いないね。
これがゲームの中のお役所かあ。
それぞれの人が着ている服装も様々だし。
中世を舞台にした映画とかで来ているような貴族っぽい服を着ている人、そこから更に時代を遡ったような感じの古代ギリシャにでもいるんじゃないかって服装の男の人。
あっ! 金属の鎧みたいなのを全身に着込んだ人もいるね。
それに、なぜか日本の着物みたいなのを着てる人もいれば、逆に受付の中の人たちは現代風のスーツみたいなのを着てるし。
何となく、すっごく時代背景がちぐはぐというか。
あ、もしかして、だから『ツギハギ』っていうのかな?
何となく納得できる世界の名前ではある。
ただ、この空間全体の雰囲気としては、不思議なまとまりがあるというか。
様々な文化が入り混じっていることで安定してる町なんだなあ、って何となく感じる。
と、わたしが感心している横で、ピーニャが微妙な表情を浮かべて。
「うーん……ちょっと混んでるのです。これだと、大分待つ感じなのです」
「そういうのも現実のお役所と同じなんだね?」
「コロネさんの故郷もそうだったのですか? なのです。『冒険者ギルド』はいつも人でいっぱいなのですよ」
お仕事の起点になったりするので仕方ないのですが、とピーニャ。
そのため、昼夜を問わずに人が詰めかけるのだそうだ。
「夜も営業してるんだ?」
「なのです。夜行性の種族の人も多いのです。もちろん、清掃とか、事務処理の都合などの休憩時間もあるのですが」
基本はいつでもやっている、と。
一日のうちに平均で3時間ぐらい休憩時間があって、それ以外は営業を続けるのが、この『冒険者ギルド』のスタイルなのだそうだ。
「まあ、そんなことをやってるのはこの町の『冒険者ギルド』ぐらいなのですが」
「そうなの?」
「なのです。普通は多種族がここまでひとつの町に集まることが珍しいのですよ」
普通は同一種族で固まっているため、それに合わせた営業時間なのだそうだ。
多くは、昼間の時間帯で固定されているのだとか。
ふーん?
この町って、もしかして、ゲームの中の世界でも変わっているのかな?
何となく、ピーニャの説明からそういう風にも聞き取れる。
ともあれ、わたしの手続きが終わらないと話が進まないので、ピーニャに促されて、番号札を取りに行こうとしたところ。
「おっ? ピーニャじゃねえか。うん……? そっちの連れは誰だ?」
横から無精ひげを生やした男の人に声をかけられた。
ピーニャの知り合いかな?
あっ……ちょっとお酒の匂いがするね。
そういえば、奥の方の部屋って……あー、なるほどね。お隣の酒場と繋がっているんだ? どうやら、このおじさんは酒場でお酒を飲んでいたようだ。
「トライオンさん、いいところに来てくれたのです。こちらはコロネさんなのです。オサムさんのお店の新しい従業員さんで、何でも、オサムさんの故郷と同じところの出身なのだそうですよ」
そこまで、そのおじさんに説明して、今度はわたしの方へと向き直るピーニャ。
「コロネさん、こちらはトライオンさんなのです。実力のある冒険者としても有名で、『三羽烏』っていう名のギルドをまとめている人なのです」
え? え? 冒険者?
……って、そもそも何?
ピーニャの口調だと、すごい人っぽいけど、わたし、あんまりゲームとかしたことがないので、そもそも『冒険者』がどういう人なのかがわからないんだけど。
ただ、さすがに、そのトライオンさんを前に、『冒険者って何?』とも聞きづらかったので、この場はきちんと挨拶だけ済ませることにする。
「料理人のコロネです。どうぞよろしくお願いします」
「おっ、ご丁寧にどうも。俺はトライオンだ。まあ、見ての通りパッとしない親父だが、冒険者の間じゃあ、それなりに顔が利くからな。冒険者として働くことがあったら、声をかけてくれ。色々と相談に乗るぜ」
「なのです。頼りになるのですよ。見かけと違って、なのです」
「おいおい……一言余計だぜ、ピーニャ」
やれやれ、と肩をすくめるトライオンさん。
でも、ピーニャも笑いながら言ってるから、半分は冗談なんだろう。
へえ、やっぱり、すごい人なんだね。
――――と。
ピーニャがここに来た経緯をトライオンさんに話すと。
「ふーん……なるほどな。迷い人の冒険者登録か」
「なのです。今、ちょうど、コロネさんに町を案内していたのです。本当はそのついでだったのですが……」
「まあ、今は混んでるからなあ。そうだな……身元引受人はオサムなんだな?」
「なのです。それは間違いないのですよ」
「よし。そういうことなら、俺の権限で仮手続きを済ませてやるよ。そうすれば、『果樹園』にも出入りできるようになるだろ」
「お願いできるのですか?」
「ああ、任せな。それに新しい料理人なんだろ? ここで縁を結んでおくのも悪い話じゃないしな」
ふーん?
何だか、話が少し変わった方向に進んできたのかな?
「あの、その『仮手続き』ですか? それはトライオンさんならできるんですか?」
「まあな。正式な身分証はまた改めてだが、そっちはピーニャと町を巡ってる間に作っておいてやるよ。あんまり時間を無駄にしたくないんだろ?」
「なのです。オサムさんからおつかいを頼まれているのですよ」
「って、おいおい……それ今晩の営業の分だろ? そっちに影響するんだったら、嫌も応もないだろうが」
呆れたようにトライオンさんが苦笑して。
「そういうことなら、さっさと済ませるぞ。コロネ、血を数滴出すか、外部発動型のスキルを使うか、どっちがいい? どっちのやり方でも構わないぞ」
「えっ? えっ?」
どういうこと?
その『冒険者登録』って、採血する必要があるってこと?
「なのです。コロネさんに流れている血には、固有魔素の情報があるのです。それを使って登録できるのです」
「あるいは、外向けでスキルを発動してくれれば、俺がそこから読み取ることもできる。痛いのが嫌なら、そっちでいいってことさ」
なるほど。
何でも、血液での登録が一番簡単らしいけど、血が流れていない種族もいるため、スキルから読み取る方法も考案されたのだとか。
うん。
痛いのは嫌だし、わたしの場合、『チョコ魔法』がその『外部発動型』のスキルに当たるようなので、それで大丈夫って。
「じゃあ、行きますよ…………『チョコ魔法』!」
わたしが『チョコ魔法』を発動させると、前と同じように目の前の中空から、ボンボンチョコが一個現れて、ぽとりと床に落ちる。
と、同時に周囲からどよめきが生まれた。
……あれ?
「これが、コロネさんの魔法なのですか?」
「物質具現化……だと? いや、あるいは召喚系か? まあ、どっちにせよ、これで簡単に手続きが済ませられるな。はは、凄ぇな、コロネ」
「えっ? えっ? ……もしかして、まずかったですか?」
「いやいや、ははは、深くは気にするなよ、コロネ。期待の新人が現れたかも、ってことで周囲がちょっと驚いてるだけだ。大したことじゃないさ――――それじゃあ、これ、預かっておくぞ。もう、今、仮手続きは済ませておいたから、後は帰りにでもカードを取りに来てくれればいい。ピーニャもいいな?」
「わかったのです。では、コロネさん、ここでの用事は済んだので、このまま、町案内の続きをするのです」
「あ……うん、わかった、ピーニャ」
そのまま、急ぐように帰ろうとするピーニャに手を引かれながら、『冒険者ギルド』の建物から立ち去るわたし。
あれ? 実戦的なこととか、そっちの話は?
そんなことが少し気になったけど。
それ以上に、少しどよめいたまま、遠巻きにこちらを見る視線から、ピーニャがわたしのことを護ろうとしてくれていることに気付いて。
そこでようやく、自分の魔法が普通でないことを知ったのだった。