閑話:噂と裏話4
『ここ、ひろいね』
『すごしやすい』
『かいてき』
『でも、おしごとしなきゃ』
『ここ、おしごとする』
『おしごと、めんどう』
『でも、ごはんもらえる』
『おいしい!』
『ごはん! おいしい!』
『おいしい、けど』
『うん、あれがまたほしいね』
『ほしいね!』
『あれって、なんだろ?』
『なんだろね?』
『わかんない!』
『また、あいたいね』
『うん、あいたい』
『だから、おしごとがんばる!』
『おしごとがんばると、あえる?』
『そう、いってた』
『だれが?』
『だれが?』
『おおきなきのひと』
『おおきなきのひと!』
『おおきなきのひとがいってた』
『なんて? なんて?』
『たましいがふるえるあじ。たましいがゆさぶられるあじ。だから』
『だから?』
『だから?』
『ていちゃくできたって』
『ていちゃく?』
『ていちゃくってなに?』
『わかんない』
『わかんないの?』
『でも、なんだかうれしいひびき!』
『きもちいいおと!』
『なんでだろうね?』
『わかんない』
『だから、おしごとがんばる!』
『うん! おいしいごはん!』
『そして、あれもたべたいね』
『うん! たべたい!』
◆◆◆◆◆◆
「ねえねえ、ルナル。コロネがまだ道に迷ってるみたいなんだけど」
「そのようですね、お嬢様」
「いや、そのようですね、じゃなくってさ。一応、私が招いたんだから、そういうことだと困るんだけど」
「わたくしにそう言われましても困ります」
「えー、なんで? ここって、ルナルの管轄じゃないの。ルナルがきちんと通達すれば、みんなも、もうちょっと、こう、ね? すんなりと受け入れてくれるようになるんじゃないの?」
「……お嬢様、勘違いしておられるようですが、わたくしめの役目はこの『森』を安定して維持することですよ? 『幻獣種』にとって、『世界を創ること』と『創った世界に干渉すること』はまったく別である、ということはお嬢様もよくご存じかと思いますが?」
「うん、それは知ってるよ。『創るだけなら簡単』だけど、それを『運営するのは難し』くて、更に『思い通りに誘導するのはなお困難』なんでしょ? それはサニュ爺からも聞いたよ」
「でしたら」
「それはわかっているけど、今のコロネをサポートするのはどうしてダメなのさ? 『夜の森』に出入りする条件は満たしているんでしょ?」
「満たしてはおられますよ? ですから、お嬢様を通じて『鍵』をお渡ししたわけですから」
「だったら」
「ですが、まだコロネ様のことを認めていない種族の方々がおられます。そうである以上は、わたくしの立場としましては、一方に干渉するのは難しいのです。それは『幻獣種』として、公平さを欠く判断となりますゆえ」
「……コロネが人間だから?」
「それもあります」
「でも、オサムさんが料理を振舞ってから、大分印象が変わったんじゃないの?」
「変わりましたよ。少なくとも、『試してみよう』と皆様が考えを改める程度には、ですね」
「うーん……やっぱり、試さないとダメなの?」
「その過程は避けられないかと。かのオサム様もそのお力をお見せした経緯があったかと思われます。そういった過程を経て、認められたわけですから、一足飛びに料理を作っただけでは、かの方々から認められるのは難しいと思いますよ」
「むー……コロネの作ったお菓子を食べさせれば一発だと思うのに!」
「…………お嬢様、そこまでの味なのですか?」
「そうだよっ! 少なくとも私は初めて食べた時、衝撃が走ったよ! これだっ! って! 私が求めていたのはこういう味だって! だから、お店の近くに招いたのに……」
「……完全にお嬢様の私情ではないですか」
「いいじゃないの! 絶対、『お茶会』に出したら、他の『魔女』もみんな味方になるって! 間違いないよっ!」
「何と言われようとも駄目です。認められません」
「ケチっ! この、ルナルの石頭っ!」
「では、お嬢様はコロネ様が信じられないと仰るのですか?」
「えっ……? いや、そうは言わないけどさ」
「でしたら、コロネ様を信じて、温かく見守るのも大事なことではないですか?」
「そうだけど……」
「そもそも、無理を通せば、後々悪い影響となって返ってきます。その方がコロネ様にとって、不利益となるのではないのですか? お嬢様はそれをお望みですか?」
「…………」
「聡明なお嬢様でしたら、どうすることが最善か、お分かりですよね? そのような子供のわがままのようなことを言われても困ります。大丈夫ですよ。お嬢様がそこまで思われるということは、信じるに足る方である、ということです。自分の眼を信じることも大切ですよ。信じて待つ、ということも、です」
「……もう」
「なんです?」
「でも! もっと堂々と! コロネのお菓子を食べられるようになりたいんだよ! だから私もそのためにお手伝いをしたいのっ!」
「――――ふぅ。まだまだ修行が足りませんね、お嬢様」
そう言って、やれやれと肩をすくめるのは『猫の幻獣』。
彼はややあって。
「興味があることは否定しませんが、我々にできるのは『見』の一手のみです。依怙贔屓は『夜の森』を壊します。所詮、ひとつの我が身。神の真似事をするのには、荷が勝ちすぎているのですよ」
◆◆◆◆◆◆
「あれっ!? エミールさんのお店で売ってた『果物のおいしいやつ』、もう売り切れちゃったのか?」
「販売中止だって」
「えー、あれ、パンにぬると最高だったのにな!」
「うん、とってもおいしかったよね」
「いいなあ……わたしもラビたちから聞いて、食べたいと思ってたのに」
「あ、ミキは食べそこなっちゃったのか」
「うん、残念だよ」
「だったらさ……」
「うん?」
「えっ?」
「オサムさんとこだったら、何か知ってるんじゃないのか? 俺んち、母さんがパン工房でクエストしてるから、ちょっと聞いてみるよ」
「あっ! そっか! ピーニャなら何か知ってるかも」
「ピーニャさん、でしょ? ナズナちゃん」
「違うぞ、ミキ。ピーニャはピーニャって呼ばないと機嫌が悪くなるぞ? 俺たちこどもの場合でも」
「うん、わたしもそう言われたよ?」
「ダメだよ。うちのおばあちゃんたちは『それでも礼儀が大事』って言ってるもの。怒るとこわいんだよ? うちのおばあちゃん」
「……知ってる」
「……うん。ミキのおばあちゃん、普段はとってもやさしいのにね」
「この前は変な貴族が丸焦げになってたもんな」
「妖怪さんたちによってたかって、ボコボコにされてたもんね」
「まあ、命を取らないだけ、やさしいよね。うちのおばあちゃんも」
「……俺、ミキのその発想がこわいんだけど」
「そんなことより! わたしたちでももうちょっと探してみようよ! あの『果物のおいしいやつ』を作ってる人を!」
「できれば、お店とか見つけられるといいよな」
「うん、エミールさん、『ちゅうかい』だって言ってたもんね!」