第40話 コロネ、果樹園の中を駆け抜ける
「広いですね」
「ぷるるーん♪」
「ふふ、そうですね。これが『果樹園』ですから」
外側は森と城壁で包まれていた『果樹園』。
その内側へと一歩足を踏み入れると。
がらりと、その風景が変わった。
城塞の中は、ぶわーっと一気に左右に開けた草原地帯が広がっていたのだ。
見渡す限りの大平原。
その風景の中。
果てしなく離れた場所に農地らしき場所が広がっていて。
更にずっとその奥の方に、深い森やら、山やらが連なっているのが見えた。
うん。
思わず、びっくりしてしまったよ。
――――左右の城壁の端が見えない。
普通に考えたらあり得ない広大さだ。
間違いなく、『町』の外壁までの距離がずっとずっと増えている。
そういえば、ピーニャが言ってたっけ。
ここって、ダンジョン仕様だったっけ? 確か、そういうのになっていて、びっくりするほど広くなってるって。
『塔』の建設にも使われているみたいだけど、結局のところ、その『ダンジョン仕様』ってのが何なのかは、わたしもよくわからないんだよね。
こっちの世界特有の謎技術なんだろうけど。
「だから、乗り物が必要なんですね?」
「はい。普通の足ですと、あの子たちがいる区画に着くまでに日が暮れてしまいますから。ふふ、日が暮れるぐらいで済めば早い方ですね」
『クエッ――――!』
「ぷるるーん♪」
そういうわけで、わたしたちは既に足となるモンスターさんの背中に揺られている。
歩き始めてすぐ、レイさんが呼んでくれたのだ。
カールクンの『1号』さん。
見た目は巨大なカルガモにも似た容姿で、背中には鞍がつけられている魔獣さん。
『カールクン』っていうのが、その種族名で、『1号』さんって言うのがそれぞれの役職名になるのだそうだ。本当の名前はまた別にあるんだけど、『1号』っていうのが一番偉いということらしくて、それでそのまま呼んで欲しいってことのようだね。
レイさんに教わっている横で、誇らしげに胸を張っていたものね、『1号』さんも。
それを聞いて、ちょっとびっくりした。
その『カールクン部隊』で一番偉い鳥がわざわざ来てくれたってことで。
ただ、こちらの都合で無理を言っているだけに、ちょっと申し訳ないね。
とは言え、助かっているのも事実だよ。
隊長さんだけあって、スピードもめちゃくちゃ早いし。
『影狼』さんと比べると、少しゆっくりめだけど、逆に言うと、乗っているわたしたちに配慮してくれているってことでもあるみたいで。
風景が一瞬で過ぎ去っていくのではなくて、駆け抜ける途中で、同乗しているレイさんから色々と『果樹園』について教わることができて助かったりもしているんだよね。
ちなみに、この辺りでは野菜を作っているらしいね。
一面の畑とはこのことだよ。
その中央を真っすぐ突っ切っていく道をひた走っているんだけど、本当、わたしが見ただけでも何種類の野菜が育てられているのか、全然わからないぐらいだもの。
やっぱり、向こうとは植生が違う野菜も多くって、何を育てているのかさっぱりわからない畑もあったしね。
土じゃなくて、地面いっぱいの巨大なスライムみたいなところに植えられている作物もあったし。
やっぱり、ゲームの世界の農業って一味違うって思ったよ。
その奥の方が森になっている場所で、そっちで果物を育てたり、魔獣さんたちの住処になっていたりするらしいね。
それは山のエリアも同様らしい。
そして、その連なる山々を越えたエリアもあるそうで、そっちではまた別のものを作っていたりもするのだとか。
「ふふ、コロネちゃん。いいかしら? こちらの方角を遠くまでまっすぐ見てもらえますか?」
「え? あ、はい」
「ぷるるーん?」
「そろそろ、あなたの眼でも見えると思うのですが……緑色の山のようなものがわかりますか?」
「……あ、はい。見えました。手前の山よりもずっと高い山ですよね? ……うん? あれ……? 山にしては、随分と細長いような……」
レイさんに言われて、目を凝らすと、その方角のずっと遠くの方に緑色の高い山が確認できた。
ここからかなり遠い場所にあるようだけど。
ただ、山というには随分と縦に長いような気がした。
富士山が横に広いなら、その真逆。
どちらかと言えば、大きなクリスマスツリーのような。
そんな感じの山だ。
そう、わたしが言うと、レイさんがころころと笑って。
「ふふ、クリスマスツリーは良かったですね。ええ、コロネちゃんが言う通りです。実はあの山みたいに見えるものは一本の樹なんですよ」
「えっ!? あの山が一本の樹!?」
ちょっと待って!?
他の樹と全然規模が違うんだけど!?
周囲を見ても、そこまで巨大な樹は他になさそうだし……。
ゲームの世界って、樹まで大きいのかと思ったけど、他はそこまで極端なところはなさそうなんだけど。
「はい。あれが『果樹園』の中央に生えている樹ですね。皆さんからは『千年樹』と呼ばれていますね」
「そうなんですね」
「ぷるるーん♪」
「ふふ、もっとも、生まれてから千年以上経っていますがね。愛称が『千年樹』だと思ってください。ちょうど、真ん中に生えていますので、目印にもなるんですよ」
どこか誇らしげにレイさんが微笑む。
うん――――!
確かに、あれは人に自慢したくなるかも。
レイさんによると、そこまで年月を経ている樹は少ないらしくて、もうちょっと奥のエリアに行けば、大きめの樹がいっぱい生息している場所もあるようだけど、全体の目印になるほど成長した樹は、あれひとつなのだとか。
『千年樹』かあ。
すごいね。
いや、その年月もそうだけど、向こうだと千年杉とかでも、あそこまで育つことはないので、そういう意味では向こうの世界よりもずっと成長が早いってことなんだろう。
よくよく考えると魔獣さんたちも、向こうの世界の動物よりも大型化してるしね。
「すごいですね、レイさん」
「ふふ、ありがとう、コロネちゃん」
そう言って、レイさんはにっこりと微笑むと。
「そうですね。これで簡単な説明は済みましたしね。今のままですと『1号』に頑張ってもらってもかなり時間がかかってしまいますので、少し距離を短縮しますね」
「――――えっ? 距離を?」
「ええ。『1号』もそれでいいですね?」
「クエッ♪」
えっ? どういうこと? とわたしが戸惑っていると。
「では行きますよ――――『領域循環』」
「――――えっ!?」
そう、レイさんが口にした途端。
『1号』さんが勢いよく走って、流れるようになっていたはずの風景が一変して。
「はい、着きましたよ」
「…………ええっ!?」
気付いた時には、わたしたちは辺りが森で囲まれた盆地のような場所に移ってしまっていた。