第39話 コロネ、果樹園を訪れる
「ふふ、それじゃあ、わたしについて来てね、コロネちゃん」
「はい、よろしくお願いします、レイさん」
「ぷるるーん♪」
「いってらっしゃい……」
『果樹園』の受付で、『案内人』のレイさんを紹介されたわたしたちは、そのまま、『果樹園』の中へと入ることになった。
何でも、『はぐれ』魔獣ちゃんたちがいる場所って、ちょっとわかりづらい場所にあるらしくて、わたしとショコラだけだと絶対に迷子になっちゃうから、と言われてしまったからだ。
というか、そもそも、受付にいたツバサさんは、『はぐれ』魔獣ちゃんたちが『果樹園』にいることも知らなかったので、後でレイさんに説明されて驚いていたけど。
歩きながら、ちょっと前のことを思い出す。
◆◆◆◆◆◆
『ふふ、久しぶりにやってきたよ、『果樹園』。ショコラは初めてだよね?』
『ぷるるーん♪』
『ここで、この『町』の食料の多くを作っているんだって。と言っても、わたしも中まで入ったことがなかったんだけどね』
『ぷるっ!』
ぷるぷると楽しそうに飛び跳ねるショコラ。
最近はわたしの頭の上がお気に入りらしく、そこでも器用にぴょんぴょんと飛び跳ねたりするんだよね。
ショコラって、運動神経がいいのかな?
そうやっていても、めったに落っこちたりしないもんね。
そして、最初の頃は、ショコラが頭の上に乗ってくると結構重かったんだけど、そのことをショコラに言ったところ、いつの間にかショコラが新しいスキルを覚えていたのだ。『伸び縮み』ってスキルと『軽量化』ってスキル。
★伸び縮み
大きくなったり小さくなったりできる。
★軽量化
自分の重さを調整できる。今のところ、他者の重さはいじれない。
うん。
相変わらず、説明文がシンプルだよね。
『伸び縮み』の方は、ショコラが大きくなったり小さくなったりできる能力だね。大きくなるのも小さくなるのも限界があるみたいで、そこまで極端に『伸び縮み』はできないみたいだけど。
ちなみに、頭の上にいる時のショコラが最小で、手のひらサイズぐらいになっている。
最初はそれでも首が疲れるぐらいは重かったんだけど、そうしたら、今度は『軽量化』っていうスキルを覚えたのだ。
重さを重くしたり軽くしたりできる能力。
おかげで、わたしの頭の上でぴょんぴょん飛び跳ねても全然へっちゃらなぐらいにショコラが軽くなったので、すっかり頭の上が定位置になっちゃったんだよね。
粘性種って、自分の身体だったら、ある程度自由に調節できるんだね?
成長が早いことといい、前にドロシーたちが言っていたように侮れない種族ではあるようだよ。
今はまだ無理だけど、ショコラもそのうち、ボール君たちみたいに人型になれるようになるかもしれないし。
本当、不思議な存在だよ、粘性種って。
それはそうと、前に来た時はピーニャのおかげで『影狼』さんたちに送ってもらったから、あっという間に着いたけど、『果樹園』って、『塔』から思っていた以上に離れていたんだね。
町中の循環馬車を乗り継がないと着けない場所にあったのだ。
おまけに、『果樹園前』の停留所から、大分歩かないと『果樹園』の門のところまでたどり着けなかったし。
今度は、また『影狼』さんたちに送ってもらおうかな?
あの背中の乗り心地は気持ちよかったし。
――――と。
そんなこんなで『果樹園』の入り口まで到着すると。
――――そこに天使がいた。
『いらっしゃいませ。『果樹園』に何か御用ですか?』
うわっ、声も綺麗。
本当に、天使のような人だ。
白のワンピースを基調とした服に、きらきらした金髪。
そして、背中に生えた純白の大きな羽。
見た目はわたしより、ちょっと年上かな?
そんな穏やかな笑みを浮かべた綺麗な天使さんが、受付のところに座っていた。
前に、ガネーシャのガーナさんがいたところだね。
だから、たぶん、この人も『果樹園』の受付嬢なのだろう。
それにしても、本当に天使みたいだよ。
もしかして、そういう種族の人もいるのかな?
『町』で鳥系統の獣人さん――――鳥人さんを見かけたこともあったけど、そういう人たちって、両手の部分に羽があったりすることが多かったから、背中から生えている人に初めて会って、びっくりしたのだ。
『あの? ――――もし?』
と、受付嬢さんが少し心配そうな表情を浮かべたので、慌てて弁明する。
『あ! すみません! 目の前にとっても綺麗な人がいらっしゃったので、びっくりしてしまいまして』
『あら……ふふ、ありがとうございます』
お世辞でも嬉しいです、と受付嬢さんが微笑む。
いや、お世辞じゃないんだけどなあ、とわたしも内心で苦笑する。
だって、本当に天使さんみたいだったんだもの。
『はじめまして。『果樹園』の受付嬢をしております、ツバサと申します』
『あ、はい! こちらこそ、はじめまして。料理人のコロネと言います。こちらはわたしの家族のショコラです』
『あら、料理人ということは――――オサムさんのところに来られた方ですね?』
『はい、そうです』
どうやら、ツバサさんもわたしのことを耳にしたことがあったようだ。
どうも、オサムさんのお店の新しい料理人って話が大分、町の人たちにも知られているらしくて、初対面の人でも『ああ、あの』と言われることが多いのだ。
たぶん、オサムさんがこの『町』の有名人だからだろうけど。
まだ、ほとんど料理を作っていない身としては、ちょっと恥ずかしい。
『ガーナから聞きました。ああ、ガーナとはお会いしていますよね?』
『はい。前に訪れた時にここで会いました。ツバサさんとガーナさんは同僚さんなんですね?』
『そうです。私たちは『果樹園』の広報担当です。その業務の中に、受付嬢のお仕事も含まれるわけですね』
そう言って、ツバサさんが微笑む。
ああ、確かガーナさんも同じことを言っていたよね。
看板娘としては、大分印象が違う気がしたけどね。
『あの、ツバサさんは天使さんなんですか?』
『あら……ふふ、いえ、違います。私は鳥人種のハーピーです』
『そうなんですか? どこからどう見ても、天使さんなんですけど……』
『たぶん、本当の天使の方々はもう少し機械的な魔道具を身に着けてらっしゃると思いますよ?』
『え……? 機械……?』
『はい。ああ、そういえば、コロネさんは『迷い人』さんでしたね? ですから、おそらくイメージが私たちと異なるのだと思いますよ? そういえば、オサムさんからも似たようなことを言われた記憶がありますし』
『そう……なんですね』
つまり、こっちの世界の天使さんは、わたしたちの世界の天使さんとはイメージが大分違うってことかな。
向こうの天使さんは、たぶん、こっちのツバサさんたちハーピーさんたちに近い感じなのだろう。
『ところで、今日はどのようなご用件なのでしょうか?』
『あ、はい、ごめんなさい。あの、オサムさんから『果樹園』に、わたしに懐いていた子たちが預けられているって聞いたんですけど、そちらまで会いに行ってもいいですか?』
『あら……? 預けられている子、ですか? 少々お待ちください』
そう言って、パソコン型をした端末を使って確認するツバサさん。
横にある電話機のようなもので、どこかとも連絡をしているようで。
『――――はい。ええ、はい、そうです』
『――――えっ!? はい……わかりました』
『――――あら、そうでしたか……となると困りましたね』
『――――さすがにそうなりますと……』
あれれ?
ちょっとツバサさんが困っているようだ。
あ、もしかして、アポイントメントを事前に取っていなかったからかな?
オサムさんに言われて、そのまま来ちゃったのは失敗だったかもしれない。
というか、社会人としてはあまりよろしくないよね、うん。
と、わたしが反省していると。
『ふふ、わたしが案内しますよ、ツバサちゃん』
奥の方から、もうひとりの女性が現れた。
……って、あれ?
この人、どこかで見覚えが……あっ! そうだ! わたしが初めて、『果樹園』に来た時に、城壁の上に座ってた人だ!
良かった……実在したんだね。
わたし、あの時のピーニャの反応で『もしかして幽霊?』とか思ってたもの。
と、電話中だった、ツバサさんもその人を見てびっくりして。
『え……えっ!? あ、はい、よろしいのですか?』
『もちろんですよ。ふふ、むしろごめんなさいね。まだ、一部にしか通達していませんでしたね。この件はわたし預かりのことですから、ここはわたしがコロネちゃんを案内しますね』
そう言って、その女性がわたしたちの方へと向き直る。
『あいさつするのははじめましてですね? コロネちゃん。あの子たちはちょっと特殊な場所で働いてもらっていますので、わたしが案内しますね。『案内人』のレイです。ふふ、よろしくお願いしますね』
『あ、はい、こちらこそ、よろしくお願いします。『料理人』のコロネです』
『ふふ、よく知っていますよ。そして、そちらが――――』
『あ、はい。こっちがわたしの家族のショコラです』
『ぷるるーん♪』
『あっ!? ショコラ! ダメだよ、初対面の人に! ――――ごめんなさい、レイさん』
レイさんにショコラを紹介しようと思ったら、突然、ショコラがレイさんに向かって飛びかかってしまった。
『ふふ、いいんですよ、コロネちゃん』
『ぷるるーん♪』
『ふふ、ショコラちゃん、ね? ………………』
『ぷるるっ!』
『ふふ、良い感触ですね』
『ぷるるっ♪』
そして、またショコラがぽーんとわたしの頭の上へと戻ってきた。
もう!
ショコラってば、自由すぎだよ!
『ごめんなさい、レイさん。ほら、ショコラも謝って』
『ぷるるーん……』
ぺこりとわたしと一緒に頭を下げるショコラ。
『ふふ、気にしないでいいですよ、ふたりとも。それじゃあ、ツバサちゃん、こちらはわたしに任せてもらってもいいですか?』
『はい、もちろんです』
◆◆◆◆◆◆
「ふふ、それじゃあ、わたしについて来てね、コロネちゃん」
「はい、よろしくお願いします、レイさん」
「ぷるるーん♪」
「いってらっしゃい……」
そして、わたしたちはレイさんの案内で『果樹園』の中へと入った。