第38話 コロネ、『はぐれ』魔獣たちの現状を聞く
「コロネ、どうだ? 例の場所の開店準備は順調か?」
「あ、オサムさん。それが中々進まないんですよ」
「ぷるるーん!」
『塔』でパン屋さんのアルバイトがひと段落したわたしにオサムさんが声をかけてくれたので、思わず、内心を吐露した。
結局、昨日も『森』の中を歩いているうちに日が暮れてしまったので、ドロシーからもらった『鍵』を使って、『夜の森』から脱出したのだ。
このほうき型の『鍵』、『森』で迷った時の安全装置も兼ねているらしくて、一方通行ではあるけど、『昼の森公園』の井戸のところまで連れ出してくれる効果があるんだよね。
もしこれがなければ、わたし、たぶん遭難してるよ?
逆に言えば、これのおかげで時間ぎりぎりまで迷路に挑戦できるんだけどね。
「見た目はとってもきれいな場所なんですけどね。メルヘンチックな雰囲気とは打って変わって、意固地と言いますか、すんなりとは受け入れてはくれない場所と言いますか」
「はは、コロネでもそうか」
「え? わたし以外もそうなんですか?」
「まあな。もしかしたら……とも思っていたから、あえて不安を煽るようなことは言わなかったんだがな。そんな感じの場所なのさ」
えー。
びっくりだよ。
いや、たぶん、ドロシーが特別待遇すぎて、それで気付けなかったんだろうけど。
あの森って、そんな場所なの?
「そもそも、あの場所の存在を知らないやつも多いんだ。たぶん、コロネも聞いたとは思うが、あそこはドロシーの使い魔が管理をしている場所でな。そのおかげで大っぴらにできないんで、結果として今みたいな使い方になったんだよ」
「はあ……今みたいな使い方?」
「ああ。気難しい連中の保護区だ」
「……えっ!?」
今、オサムさん、何て言いました?
『気難しい連中の保護区』?
「気難しい人たちがいるんですか?」
「いや、まあ、どう取るかは人それぞれだな。今となっては俺もそうでもないし。だが、一般論としては、そういう捉え方をされる種族が多く住んでいる場所ってことさ」
隠棲地だな、とオサムさんが頷く。
それを聞いて、あ、と思い出す。
初めてドロシーに連れられて行った時に出会った、小柄なピーニャよりも更にずっと小さい妖精さんとか。あの森の住人さんたち。
つまり。
そういう人たちがひっそりと暮らしている場所ってことか。
『夜の森』って。
えーと……そんな場所にお店を構えて、やっていけるのかな?
そういうことは最初に気にするべきことなのかも知れないけど、今回の場合、予想外の形でお店を持てることになったから、選択の余地はほとんどなかったんだけど。
ただ、苦労している理由はよくわかったよ。
むしろ、そういう事情があるのなら、慌ててどうこうするより、長い目で見て、少しずつ馴染んでいく努力をした方が良さそうだね。
もしかすると、あの『森の迷路』も誰か、お店を望まない人がやっている可能性もあるってことだろうし。
「まあ、俺としては頑張れとしか言えないがな。それとは話が変わるんだが、コロネ、お前さんから預かった『例の件』、ちょっと進展があったから伝えておくぞ」
「『例の件』……あ、はい」
オサムさんが言っているのって、『はぐれ』魔獣ちゃんたちの件だよね? あっちはあっちで、わたしに懐いてしまったからねえ。
何せ、一時的とは言え、別れるときに泣き出す子もいたぐらいなのだ。
まあ、その時にチョコレートを食べさせてあげたら、素直に笑顔で場所を移ってくれたんだけど。
「どうなりました? あの子たちは」
「ああ。結局、『果樹園』預かりってことになった。それが一番無難だからな」
「へえー……『果樹園』ですか?」
そういえば、最初にピーニャに連れられて行ってから、それっきりになっていたような気がする。
一応、夜のお店でのアルバイト中に、オサムさんに頼まれて、端末から『果樹園』に向けて追加発注をしたり、『果樹園』の配送スタッフさんから荷物を受け取ったりとかはしたことがあるけど、わざわざ、あの場所まで足を運ぶことはなかったかな?
あ、そうだ。
ちょっと一度、中に入ってみたいとは思っていたんだよね。
どういう風な感じの施設で、どういう風に食材が作られているのか興味があったから。
「だからな。ちょうど、コロネが色々と悩んでいるのなら、いい機会だからそいつらに顔を見せに行ったらどうだ? ちょっとした気分転換になるだろ?」
「……そうですね。わたしも気になっていましたから」
あの子たち、ドナドナされないかな? とか。
何せ、あの日、リディアさんが狩った『はぐれ』魔獣って、『冒険者ギルド』の担当者がチェックにうんざりするぐらいの数だったからねえ。
百匹も千匹もおんなじだー、って一緒にされちゃったら、どうしようかと思ったもの。
さすがに自分に懐いてくれた子たちには情が湧くもの。
「はい、わかりました。あの子たちが元気にしているかどうか、会いに行ってみることにしますね」
「ぷるるーん♪」
「はは、頼むな。それにショコラもやっぱり、あいつらには思うところがあるのか」
「ぷるるっ!」
オサムさんの問いに、飛び跳ねながら頷くショコラ。
うん。
ショコラも、わたしにとっては似たような関係だものね。
もし、ショコラがいなくて、もっと懐いた数が少なかったら、わたしも別の子を連れていたかも知れないしね。
もちろん、今はショコラはわたしにとってなくてはならない存在だけど。
一緒にいるだけで癒されるんだよね。
まあ、そんなわけで。
オサムさんの勧めで、わたしたちはそのまま、『果樹園』へと向かうことになった。




