閑話:オサムとレーゼの会話
「では、そういうことでよろしくお願いします、レーゼの婆さま」
「はい、こちらこそ。しばらくは様子観察とさせて頂きますがね。わたしの影響がゼロのまっさらな子たちですから」
「ええ、それで問題ないです。お任せしますよ」
「わかりました」
「いや、正直、引き受けて頂いて助かりましたよ。数が数だけに秘密裏に事を運ぶのがかなり難しかったですから。『町』の中で、かつモンスターの扱いに慣れているとなると、やはり、『果樹園』しか浮かびませんからね」
「ふふ、そうですか? あといくつかは候補があると思いますよ?」
「あるにはありますがね、俺は構わないんですが、周りが色々とうるさいんですよ。『教会』に貸しを作るな、とか、これ以上『魔族』の息がかかるのは勘弁してくれ、とか」
やれやれ、と肩をすくめるオサムに対して、目の前の女性が穏やかに微笑む。
「成程、バランスですか?」
「ええ、その通りです。何だかんだ言っても、まだこの『町』も歴史が浅いですからね。少しばかり、急に発展しすぎたツケが今回ってきているんですよ」
「ふふ、わたしたちもその原因のひとつでしょうから、オサムちゃんたちには申し訳ないとしか言えないのですけどね」
「いやいや、レーゼの婆さまたちが移ってくれたおかげで、かなり安定まで持って行けたんですよ?」
助かります、と頭を下げるオサム。
『サイファートの町』の食糧自給率を高めているのは、『果樹園』の存在に他ならない。
リディアなどの有能な冒険者たちが狩ってくる食材も大事だが、やはり、土から育てるたぐいの食材を『町』の中でまかなえているのは大きいのだ。
そういう意味で、オサムも目の前の人物には十二分に感謝をしていた。
もし仮に、今『果樹園』がなくなれば、『塔』で出している料理の値段を大幅に引き上げる必要が生じてしまうからだ。
今、オサムと対峙して話を聞いてくれている女性こそが『果樹園』の頂点。
レーゼ・グリーンリーフ。
オサムにとっては、知り合ってからの付き合いだが、その存在はこの世界の中でもかなりの有名人に名を連ねている。
リディアが冒険者やそっち関連の稼業の中での有名人だとすれば、レーゼの婆さまは一般人の間でも語り継がれているような存在なのだ。
今の見た目こそ、緑髪の若奥様といった印象だが、オサムが初めて出会った時は確かに、命の灯が尽きるか尽きないかというところのお婆ちゃんの容姿をしていた。
だから、その時の癖で、オサムも『レーゼの婆さま』と呼んでしまう。
女性に対して、そういう言い方は失礼なのかもしれないが、今更、若返ったからと言って、呼び方を変えるのも何となく違うような気がしたから、ということもあるが。
少なくとも、婆さまと呼ばれるだけは長生きしているのは間違いない。
この『町』でもトップクラスの高齢なのだから。
さすがの『教会本部』といえども、レーゼの婆さま相手だと静かになるので、かなり存在自体に助けられていると言えた。
「ふふ、それにしても」
「何です?」
「オサムちゃん、あなたに続いて、また面白い子がやって来ましたね? やはり、『幻獣種』の方々がおっしゃるように、あちらの世界とこちらでは相性が良いのでしょうか?」
「さて、どうでしょうね? 俺自身のことはよくわかりませんが、まあ、確かにコロネのやつは馴染むのが早かったようですな」
その辺はオサムも感心しているところだ。
コロネは、こっちの世界に対する偏見が少ない。
ほとんどないと言ってもいいだろう。
ファンタジーに関する一般常識以上の知識が乏しかったようだが、それを差し引いても、この世界のことをそのまま素直に受け入れているように見えた。
ゲームをやったことがない、と言っていたから、逆に偏見がないのかもしれない。
ピーニャのような可愛い感じの妖精などなら、特に問題なく受け入れられるだろうが、リアルな感じの魔獣が町を闊歩していて、普通にパン屋に客としてやってくるこの『町』で、特に怯えや嫌悪を見せずに、フラットに接することができる、というのは実はすごいということに、当の本人が気づいていない。
「何せ、こっちの世界の住人でも、まだ怖がってるやつもいますしね」
「でしょうね。誰もが未知というものが怖いのだと思います。ふふ、わたしなどはすっかりお婆ちゃんですから、怖いものなどありませんが、わたしの子供たちでも、やはり『魔族』と聞けば、怖がる子もいますよ」
「まあ、その辺は仕方ないでしょう。そもそも、交流がなかったわけですから」
「『中央大陸』と『東大陸』の関係ですね。ふふ、この『町』は、その間と取り持つ形になっていますからね。わたしは非常に良いことだと思いますよ。お互いを知る、ということは大事なことです」
「そう言ってくださる人が増えるとありがたいです。ぶっちゃけ、美味いもんが食べたければ、手を結ぶのが一番手っ取り早いということをみんながわかってくれれば、余計ないさかいが減るんですがね」
「大事ですね、美味しいものは」
「まったくです」
食は力なり。
冗談ではなく、『東大陸』の食材は重要なのだ。
そっちとの流通が止まれば、作れなくなる料理も数多くある。
『塔』の常連客は、その辺の事情もわかってくれているからいいのだが。
変に欲の皮が突っ張った連中がやってきて、トラブルを起こすのだけは勘弁してもらいたいものだ。
「ちなみに、今回の件は『はぐれ』の子たちとの付き合い方を見直す意味もあるのでしょうか?」
「ええ。どちらかと言えば、『虚界』の研究について、ですね。未だにわからないことだらけですから。レーゼの婆さまもそうでしょう?」
「そうですね。『グリーンリーフ』では魔素の循環はきちんと行なっていましたから、周辺を含めて、スタンピードに至る機会がほとんどありませんでした。もっとも、立地的に『空虚の海』から離れていたことも原因でしょうが」
「『中央』と『東』を遮るようにあった『虚界』。その穴が大きくなってきている理由。それは世界が広がっているためなのか、それとも……」
「あるいは、元々、この世界は島状にぽつぽつと実体化していって、今はその『大陸』同士が繋がり始めている最中なのかも知れませんね」
詳しくはわかりませんが、と小首を傾げるレーゼに対して、オサムも内心で嘆息する。
オサムが『ツギハギ』へやってきて約十年。
まだまだ、この世界に関してはわからないことだらけなのだ。
だからこそ、自分にできることをできる範囲でするしかない、と。
「コロネに関しては、レーゼの婆さまからも目をかけて頂けると助かります。見てる分には面白いですが、危なっかしい部分もまだまだありますからね」
「ふふ、わかりました。ええ、それにね、オサムちゃん」
「……? 何です?」
「それはね、前から決めていましたよ。そういう波長が合いましたから」
「波長ですか?」
「ええ。ふふ、今からまた会える日が楽しみですね」