第3話 コロネ、『塔』の高さに驚く
「ふえっ――――!? こんなに高かったんですか!? この建物!?」
「はは、ほとんどが倉庫のスペースだけどな」
わたしが寝かされていた、このお部屋。
ここって、オサムさんが管理している『塔』の一角で、お店の従業員用の仮住まいのような部屋なのだそうだ。
なので、そのまま、ここを使ってくれ、って。
それで、改めて、気になっていた窓の外を見せてもらったのだけど。
うん。
本当にびっくりだよ。
そこそこ高いかなあ、って思ってはいたけど、わたしのいる場所は『塔』の十階辺りにあるらしくって。
だけれども、見渡した感じでは、同じぐらいの建物もなくって、眼下に『町』の様子が一望できるのだ。
うん。
さっき、ここが『サイファートの町』って教えてもらったけど、『町』というには、しっかりとした広さがあるようだね。かなり離れた場所に何とか外壁、というか、高い壁のようなものが見えるから。
一応、オサムさんから、このゲームの中の世界がどういう場所なのか、簡単に教えてもらったんだけど。それによると、文明のレベルは『向こう』と比べて、平均するとやや低めで、少し時代をさかのぼる感じらしい。
ただし、全部が全部遅れてるってわけじゃなくて、一部の技術に関しては、『向こう』よりも進んでいることもあるのだそうだ。
加えて、文明が遅れている理由。
それが、この世界特有の生態系――――つまりは怪物の存在にあるという。
それは、この『町の外壁』がそれなりの高さをしていることからもよくわかる。
他の建物が高くても、二階建てから三階建てまでなのに対して、この『塔』と『町の外壁』だけが突出して高いというか。
明らかに、別の技術で作ったんじゃないかな? ってぐらい違いがあるんだけど、それにも理由があるらしくて。この『塔』と『町の外壁』には、『魔法』……正確には『結界術』と呼ばれる力が使われているのだとか。
最優先は、『町』の外を闊歩している怪物の脅威から『町』を護ることで、そこに技術を集中している、という感じだろうか。
この『塔』が『核』で、ここを中心に『外壁』が『結界』を生み出している、と。
うん。
さすがゲームの世界。
縁が薄かったわたしにはさっぱりだよ。
今ひとつ、その説明については理解しきれなかったんだけど、そんなわたしにもわかることがひとつ。
この『塔』、びっくりするほど高い、ってことだ。
だって、今いる十階のお部屋だって、十分に高いんだよ?
にもかかわらず、窓から顔を出して、更に上を見上げると。
ずぅーーーーーーーーっと上まで『塔』が続いているんだよ!?
え? ここって、バベルの塔?
見上げると頭が痛くなる感じの。
下手をするとエッフェル塔よりも高いんじゃないかな?
なのに、上の方の階を見ても、それなりの広さが保たれているんだよ?
普通に最上階まで部屋があります、って感じで。
呆れたようにオサムさんを見ると、さっきの返事と共に苦笑が返ってきた。
俺のせいじゃない、って。
「建てる時に、一部のやつらが悪乗りして、こんな感じになったんだよ。まあ、上からの景色はいいがな。さすがにこんな『塔』を管理しろって言われても、何よりも俺が困ったって。造ったやつに言わせると、『最高難度のダンジョン様式』ってやつらしいぞ?」
「ダンジョン様式?」
「ああ。そのおかげで、『飛行系』のスキルを持ってるやつらも上や途中の階から入ることはできないし、ちょっと建物が壊れたぐらいなら、自動的に修復がかかるから、悪いことばかりじゃないがな」
防犯的には悪くない、ってオサムさん。
でも、それにしても大きすぎないのかな? この建物。
「上の階って住居なんですか? それとも他に何か使っているんですか?」
「だから言ったろ? ほとんど倉庫だって。食材関連はアイテム袋で保管できないからな。結果として、それなりの良い素材を維持するのなら、このぐらいのスペースがあった方がいい、って判断だな」
「え? え?」
アイテム袋……? は、オサムさんによると『魔法の袋』って感じのものなのだそうだ。
未来から来たロボットが持ってたポケットとか、名前を呼ばれたら吸い込まれるひょうたんみたい感じで、見た目は袋なのに、中には広大な空間が広がっていて、かなりの量を収納できてしまう感じの。
でも、食材なんかは、そのアイテム袋にしまうと品質が劣化してしまうらしく、だからこそ、広い倉庫が必要だった、ってことみたいだけど。
え? 一瞬、納得しかけたけど、でもいくらなんでもこんな異常なスペースは必要ないよね? その理屈だったら、他にも似たような『塔』が乱立してないとおかしいもの。
「えーと……あの、オサムさんって、ひとりで料理人をされているんですよね?」
「ああ。日曜と水曜以外はそうだな」
助っ人が入るのは、週に二日だけだ、とオサムさんが笑う。
ちなみに、曜日関係は向こうとほとんど同じらしい。『何とかの日』って呼び名は少し違うけど、向こうの七曜と同じ並びなので、オサムさんはそのままの呼び方をしているのだとか。
それはそれとして。
「ひとりでお店を切り盛りしているのに、こんなに倉庫が必要なんですか?」
「まあ、よく食べる客も多いしなあ。それにこっちだと、食材も大型のものが多くってな。ワイバーン系の素材でも、それだけで小部屋がひとつ埋まったりするからな。熟成のこととか考えると仕方ないのさ」
「え? え? ワイバーン?」
えーと……。
ああ、なるほど。
改めて、オサムさんが教えてくれた。
こっちの世界って、普通の生き物も大きかったりするらしい。
何せ、怪物だ。
よくよく考えたら、わたしもさっき大型バスぐらいの狼さんと会ってるしね。
だから、スペースがいるってことなのか。
……うーん。
ちょっと、常識を切り替えていかないと、大変そうな職場だってことはわかった。
普通に料理を作れるだけではダメなようだ。
うん! 頑張らないとね!
――――と。
奥の方の扉がノックされたかと思うと、ひとりの女の子が入ってきた。
「オサムさん、来たのですよ」
「ああ、そうだ。コロネに紹介しようと思っていたんだ。こっちはピーニャだ。俺の仕事を手伝ってくれる料理人のひとりだな。真名はもうちょっと長いんだが、妖精種は愛称で呼ばれる方がうれしいんだとさ。だから、周りはピーニャで通してるな」
「なのです。ピニャンタなんちゃらかんちゃら――――略して、ピーニャなのです。よろしくなのです、コロネさん」
「……あっ、こちらこそよろしくお願いします」
にっこりと微笑んでくるピーニャさん。
その可愛さに一瞬見とれちゃって、反応が遅れてしまった。
だって、だって。
小柄で、羽が生えていて、それを使ってふわふわと飛んでいる女の子だもの。
うわあ、すごいね。
まるでお人形さんみたいな可愛さだよ。
今、オサムさんが妖精さんって言ったよね?
すごい! すごい! 妖精さんもいるんだね!
「正確には半妖精なのですが、妖精って認識で構わないのですよ」
「ピーニャさんも料理人なんですね?」
「ピーニャ」
「……え?」
「愛称に『さん』を付けないでほしいのです。何となく変な感じになるのですよ」
「あ、そうだったんですね?」
「敬語もいらないのです」
なるほど。妖精さんってそういう感じの文化なのかな?
へりくだると逆に失礼に当たるかなあ。でも、ピーニャさん……ピーニャは『さん』とか『なのです』って言ってるような……あ、オサムさんからも合わせてやってくれ、って。
ピーニャのはただの口癖みたいなものだから、気にするな、って。
なるほど。
「ピーニャ。これでいいの?」
「なのです。それでお願いするのです、コロネさん」
ようやく、可愛い妖精さんが満面の笑みを浮かべてくれた。