第33話 コロネ、魔女に相談する
「ふうん? それでどうなったの?」
「とりあえず、リディアさんたちがどこかへ連れて行っちゃったみたい。オサムさんも、安心して暮らせる場所を探してみる、って」
「ぷるるーん♪」
パン屋さんでのアルバイトの休憩時間。
昨日は大変だったよ、という話をドロシーに聞いてもらうわたし。
うん。
やっぱり、ちょっとした好奇心だけで気軽に考えるとダメだね。
ほんと、『はじめてのおつかい』ならぬ『はじめての外出』でここまで大事になるなんて思ってもいなかったから。
いや、エリさんと『孤児院』で出会って、依頼を済ませたところまでは何も問題はなかったんだよ。
ただ、『冒険者ギルド』で初心者向けに貼ってある標語のひとつでもある、『ギルドに帰るまでがクエストです』という文言の意味を痛感したというか。
最後の報告を済ませるまでは気を抜いちゃいけない、ってことだよ。
もちろん、あのスタンピードはわたしのせいじゃないし、その前に現れた変な人たちもわたしたちが悪いんじゃないから、ある意味、運が悪かっただけなのは知ってるよ?
あ、そうそう。
あの、リディアさんがぼこぼこに転がしちゃった人たち。
『盗賊』だっていうのに、リディアさんがどうしてスタンピードから護ってあげていたのか不思議だったんだけど、あの人たちも生かしておくことで、今後の交渉材料に使えるとか、そういう話だったらしい。
十数人全員がすっかりぼろぼろになってたけど、門のところで『町』の『自警団』の人たちに引き渡されていたから、そっちはそれで問題ないらしい。
というか、わたしには詳しい事情は教えてくれなかったし。
まあ、オサムさんも笑っていたから、そっちは何とかしてくれるようだ。
そういうわけで、むしろそっちより大きな問題になってしまったのが、わたしが『餌付け』をしてしまった『はぐれ』魔獣ちゃんたちだ。
リディアさんの提案で、戦闘中に敵の戦意喪失を狙うだけのはずの攻撃が、なぜかチョコレートを食べた魔獣ちゃん全員を懐かせてしまうという結果に終わってしまって。
その結果、困ったことになったというわけだ。
そもそも、わたしが『チョコ魔法』で出したチョコレートで、こんな効果があるなんて初めて知ったし、一応、親しい人だけとはいえ、チョコレートを使ったお菓子の味見などはお願いしたこともあったけど、こんな変な効果が出ることなんてなかったもの。
『魔獣系統』……普通の動物よりも魔素による進化が著しい魔獣さんたちには、より効果があるんじゃないか、って推測も聞いたけど、でも、それを言ってしまえば、粘性種のボール君にも食べてもらったし、他にも『魔獣系統』の人たちにも味見してもらったことがあるから、そういう時にはどうして効果が出なかったのか、とか謎が多いんだよね。
「ドロシーにも味見してもらったことあったよね?」
「うん、美味しかったよー!」
「その時はどうだったの? 何か変な違和感とかなかった?」
「うーん……違和感というか、身体が打ち震えるほど美味しいとは思ったよ? 思わず、幸せでふにゃあ~ってなっちゃったりとか」
「あれ? もしかして、『脱力』?」
食べた人を脱力させちゃう効果がある、とか。
えー。
だとしたら、この『チョコ』、向こうで店長が作っていたのとは別の成分が含まれてるんじゃないの?
このままだと、危なくて、お店に出せないよ。
最初に狼のウーヴさんが食べた時、ちょっとおかしくなったのも、もしかして、こっちの世界でも犬系統の動物にはカカオが危険物だからかな? とも思って色々試してみたんだけど、結局、その後は特に別に変な影響が出ないから安心してたのに。
「いやいや、コロネ、そういう感じじゃないと思うよー? 私が感じたのも、こんな美味しいものを食べられて幸せっ♪ って感じで、多幸感の渦に飲み込まれちゃったみたいな気持ちだったから。不快な感覚はなかったよ?」
「……そうなの?」
「そもそも、毒系統なら、私気付けるもん。そっちは魔女の修行の時にも散々実験台にされたし、『学園』でもメルさんに色々と飲まされたおかげで、かなり『耐毒』の能力は高いからねー。そういうのとは違うと思うよ」
「ふうん、だったらいいんだけど」
「むしろ、そうじゃないから、問題なのかも知れないけどね」
「……えっ?」
ホッと胸をなでおろしかけたわたしに対して、ドロシーが苦笑して。
「だって、幸せに感じるってことはプラスの効果が大きいってことだもの。マイナス作用に関する耐性は数多くあるけど、プラスに対する耐性スキルって、ほとんど聞いたことがないもんね。たぶん、コロネの『チョコ』って、食べた人のコロネに対する好感度とかそういうのをプラスする効果があると思うんだ。永続効果なのか、一時的な効果なのかはまだわからないけどね」
「えぇ……」
それって、何だか嫌な話だよ。
人の気持ちをコントロールするみたいで、何となく自分でも気持ちが悪いもの。
……憧れていた店長のチョコって、そういう感じのじゃないよ。
「あー、ごめんごめん、ちょっと言い方が悪かったねー。そうじゃなくて、『もし、コロネのチョコが攻撃だったら』って話。防ぎようがないタイプの攻撃だってこと。だから、問題かもって言っただけで、少なくとも私はそうじゃないと思ってるよ?」
「そうなの?」
「まあね。食べるのって普通の生き物にとっては不可欠じゃない? だから、『自分に美味しいものを与えてくれる相手』に対しては、それだけで好感を持ってしまうってのは研究結果にもあるんだよ。いわゆる、『好きな人を落とすなら胃袋をつかめ』ってやつ。だから、コロネのお菓子は、それが顕著に現れたってだけだと思うよ?」
だから、そんなに心配しないで、とドロシーが笑う。
「確かにまた食べたいとは思うけど、『中毒性』の作用があるなら、さすがに『耐毒』系統の能力に引っかかるから、そういうのでもないしね。単純にもの凄く美味しかったってだけだと思うよ?」
「ならいいけど」
「ただ、『はぐれ』たちにも効果絶大ってのは面白いよねー。もしそれがどんな『はぐれ』にも通用するのなら、今までは素材を得るために狩るしかなかった『はぐれ』も、育てることができるかも、ってことだもの。そりゃあ騒ぎになるよ」
大発見だよー、とドロシー。
なるほど。
そういう側面もあるんだね。
だから、昨日もわざわざ『冒険者ギルド』の偉い人がやってきたんだね。
この『町』の支部の責任者で、確かドラッケンさんって言ったっけ。
頭を剃っていて、髭がダンディな感じのおじさんだったよ。
最終的には、昨日は色んな人がやってきたので、結局どうなったのかはわからなかったけど、その偉い人たちで色々と話し合っていたのは覚えている。
オサムさんのお店の常連さんでもある、門番のダンテさんも来てたかな?
夜のアルバイトでよく会う人は、さすがに顔を覚えているものね。
でも、これって、大分大事だよね?
うーん。
「これだと、お菓子を売るお店を出す、ってのも大分先の話になりそうだね……」
「あれ? コロネ、お店出したいの?」
「もちろん。そのために、アルバイトしながら、試作を繰り返してるんだもの」
とりあえず、ここ一か月で、色々な食材の調達に関しては目途も立ってきたし。
一番のネックが甘味の根本だったけど、それも昨日解決したしね。
砂糖を使うと売り物にならないぐらいの値段になっちゃうから、当面はハチミツを軸にやっていく感じで、あとはわたしの『パティシエール』のスキル頼みかな。スキルで出したお砂糖は原価がただみたいなものだし。
それを使えば、普通に『町』で暮らしている人たちでも手が届く価格帯にできるだろう。
いざとなれば、限定販売とかでもいいしね。
ただ、それも今回の『はぐれ』騒動が落ち着くまでは動かない方がいいかも、だ。
変に動くと注目されちゃうかも、って言われちゃったしね。
「ふうん……秘密なら良いんだ? だったら、コロネ、いい考えがあるよ?」
「―――えっ?」
どういうこと? とドロシーに尋ねると。
先程、お菓子の味について語ってた時以上に、ドロシーが良い笑顔を浮かべて。
「私のお店の側に空いている土地があるから、良かったら使ってみる?」




