閑話:噂と裏話3
「ふーん……なるほどなるほど。あれがカウベルが言ってた奴か」
その光景を遠くから眺めていた少女は言いながら、口元に笑みを浮かべる。
「正直、驚きだな」
「はは、能力としては、カウベルのそれに近いか?」
「粘性種の方も要注意って話だったが……どうしてどうして、あいつ本人も面白そうな感じのようだな……っと」
「リディアのやつ、この距離で気付くか――――ああ、大丈夫だって。あたしもただ見てるだけだから心配するなって」
「え? 何? 『引き取る気あるか?』って? それこそ、エリの確認待ちだろ。あいつが引き受けるって言うなら、それでもいいが」
「あー、まあ、そうだろうな。確かに能力は隠した方がいいだろ。まあ、今はもうオサムの保護下にあるんだろ? てか、リディアがついてるってわかれば馬鹿やるやつも……あー、そっか、いたな、さっきの馬鹿ども」
「てか、あいつら、リディアのこと知らないのかよ? 普通はその格好を見りゃあ一目瞭然だろうにな。あんまり、外のことに興味なさそうだしなあ」
「『最近はお淑やかにしてる』って? 嘘つけ! おい、こら。リディア、あんた、また立ち入り禁止のとこに入ったろ? 苦情があたしんとこにも来てるんだが」
「『コロネのお菓子のためだから仕方ない』? だからな……はぁ、まあいいや。あんたに関しては言っても無駄なところがあるしな」
「ああ。はは、酒の入った料理もあるんだってな? だから、あたしも黙認だ。個人的にちょっと楽しみだしな」
「ああ。心配するな。『本部』には言うつもりはないさ。何か知らんが、ルビーナ以外からも変な催促が多くなってるからな。頭来たから、全部無視してる。まったく……自由にさせるって言っておきながら、このざまだからな。うんざりするよ」
「ああ。了解だ、そのうち、接触する機会もあるだろ。ああ、じゃあな」
「やれやれ……にしても」
「あいつ、こういうやり方の方が饒舌だよな」
遠距離での唇読みでの会話を終えて。
少しだけ、その先の展開を見つめた後、少女はその場から立ち去った。
◆◆◆◆◆◆
「そろそろ、頃合いかしら」
「はい。じきに『サイファートの町』より話が持ちかけられると思われます」
「ひめさまー。どうするのー?」
「ふふ、そうね。ああ、やっぱりやめましょう。もうしばらくは何もしなくて良いわ」
「まだ、ほうち?」
「ええ。あの土地はあの土地で役割があるの」
「大分、領民の不満が蓄積しているようです」
「くくく、そうね。本当に、本当に悲しく思うわ。だけれども、それがあの子たちの役割なの。私としては、どちらかが気付いてくれるか、それを待っていたのだけれど」
「此度の『寵愛』は失敗ですか?」
「ふふ、結論を下すのは早いわ。もちろん、時間切れは近いけど、もしかすると才能のある子が気付いてくれるかもしれないでしょう?」
「……難しいと思われますが」
「あら、何かが何かに進化する時は、本当に紙一重のところじゃないかしら? ねえ、貴方もそうだったでしょう?」
「否定はしません」
「ふふ、そう。例え、気付くのが死ぬ間際だとしても、ね。それでもまだ手遅れじゃないの。そして、『心残り』があるからこそ、私の言葉に耳を傾けてくれる余地が生まれるのよ?」
「わー、ひめさま、悪い顔してるー」
「あら、そう? くくく」
「その態度を改めなさい。それに『ひめさま』ではなく、『王妃さま』です」
「えー? だって、会った時からひめさまだったもの」
「そのあと、おうひさまになって、ひめさまになって、おうひさまになって……もう、めんどうくさいから、ひめさまでいいのー」
「いいのよ。私はこの子たちの、そういうところを好いているの」
「ですが……」
「あー、そっちの方がふけいじゃない?」
「そうそう。ひめさまの言葉にはすなおにしたがわなきゃだめじゃないー」
「ふふ、それも良いのよ? 私を諫めてくれるのだから。ふふ、『役割』は重要よ?」
「「『やくわり』ー」」
「では、まだ動かさず、ということでよろしいのですね?」
「ええ、よろしいのですわ――――ああ、そうそう」
「何でしょう?」
「それとは別件で、あの子たちを『演習』に出かけさせて。場所は――――」
「それは――――つまり、そういうことですね?」
「くく、そういうことね」
◆◆◆◆◆◆
『まったく……少しばかり範囲が広すぎるのではないか? 予兆なしでこれか』
「仕方ありませんわ。『町』ができてから、周囲の魔素濃度が以前もよりも濃くなっておりますもの」
『でも、面倒だよねー、お姉ちゃん。もう! 今日はせっかくの新しい衣装合わせだったのに!』
『おい、フェン……貴様、まだ、『みゅーじかる』とやらにうつつを抜かしているのではないだろうな?』
『あっ! やばっ!? 逃げるが勝ちっ!』
『おい! 待たんか! ふん、貴様の足で逃げおおせると思うな!』
「……お父様、まだお仕事が終わっていませんよ? フェンのあれはいつものことですから、放っておいてくださいませ」
『ふん、ここまでやれば十分であろう? 後はフィオナひとりでも』
「――――お父様?」
『……わかったわかった。そう、笑顔で睨むな。まったく……そういうところは似なくても良いのだぞ?』
「血ですから」
『にもかかわらず、人型の方が得意と言うのが惜しいな』
「わたくしは、この姿の方が好きですけどね。さて、お父様、お仕事の残りを終わらせてしまいましょう。残滓のチェックと、発生個体数の確認です」
『わかったと言っている。心配せずとも役割は果たす』
「ええ。ふふ、美味しいごはんのためですものね」
『……それを言うな。威厳が無くなるではないか』
◆◆◆◆◆◆
「ふんふん……なるほどなあ、はは、そういう風になったか、ダンテ」
『ああ。先遣隊からの報告だから間違いない。一応、嬢ちゃんにも聞き取りをしたいところだろうが、それはリディアが拒否ってるらしい。だから俺んとこに連絡が来た』
「わかったわかった」
『どうする、オサム?』
「そうだな……俺としては、隠せるものなら隠したいとこだが……俺の意見より、お前さんたちの考えはどうなんだ?」
『とりあえず、あっちのギルマスは頭を抱えてるな。うちとしては『まあ、別に』ってとこだな。ウーヴのやつの話から、そういう可能性も考慮してたしさ。うちの大将は相手が迷い人ってだけで大分甘くなるから、その辺は許容範囲だろう。いざとなれば、うちの方で預かってもいいぞ、って話だ』
「そこだな……はは、で? 何匹だって?」
『全部で135だ。それだけの数の『はぐれ』が嬢ちゃんにテイムされてる。いや、俺も知り合いに腕のいいテイマーはいるがな、ありゃ、ちょっと常軌を逸してるぜ?』
「はは、大したもんだ」
『笑いごとじゃねえって。下手をすれば、この世界の事情すらがらりと変えちまうレベルの能力だぞ? 確実な『はぐれ』のテイムスキルなんて聞いたこともないからな』
「まあな。ウーヴのやつも一瞬、制御を持っていかれたんだろ?」
『ああ。最初に門で聞いた時は、随分と食いしん坊になったもんだな、って笑い話で済んだんだが、こうなるとさすがになあ』
「まずいか?」
『魔獣系統には天敵みたいな能力だからな。いや、むしろ相性が良すぎると言うべきか? まったく何なんだ、あの『チョコ』ってのは』
「向こうだとただの食べ物だったぞ? だから、コロネのやつも当然そういう認識だな」
『はあ……で、どうする?』
「ひとまず、いくつか心当たりに確認してみるさ。第一候補はレーゼの婆さまのとこだな」
『まあ、確かに、あそこなら『町』の中でも大丈夫って言えば、大丈夫か』
「そういうことだ。それにしても……」
『何だ?』
「ついこの間、家族が増えた、って喜んでいたばかりなのにな、コロネのやつ。どれだけ新しい家族を増やすつもりなんだ? ふふ、まったくもって大したやつだよ」
『だから、笑いごとじゃねえっつーの』