第32話 コロネ、あることに気付く
「あれっ?」
更なる異変に気付いたのは、チョコレートを生み出す作業を始めて、しばらく経った後だった。
ショコラが飛ばしたチョコレートのうち、いくつかが明後日の方向へと飛んで行ってしまい、リディアさんが食べられなかったんだけど、その欠片が飛んで行ってしまった方向で、『はぐれ』魔獣の動きに変化が現れたのだ。
ちなみに、周囲のほとんどの『はぐれ』たちについては、リディアさんの攻撃によって生まれた直後に仕留めてしまっているケースが多いけど、さすがに遠くの方では、すぐに討伐できたものばかりじゃなくて、そのまま生まれたままになっている魔獣も結構いたんだけど。
その生き残っていた魔獣たちが、ショコラの飛ばしたチョコレートに向かって、一斉に向きを変えたのだ。
――――あ、食べた。
そして、一体のモンスターがチョコレートを食べたかと思うと、ふにゃあ、って脱力したかと思うと動きを止めてしまったのだ。
あ、そうそう、生まれてくる『はぐれ』も多種多様で、何かの動物に似たのもいれば、虫とかに似た感じのいれば、ゴーレムっぽい感じやスライムみたいなのもいて、次々と新しく生まれてくるんだけど。
一体一体は、行きで遭遇した『はぐれ』とそう変わらない感じだった。
生まれてすぐ成体になっているあたり、やっぱり、『はぐれ』って普通の生き物とはちょっと違うみたいだけど。
そんな、『はぐれ』なのに、チョコレートに向かっていくのは少し不思議な光景に思えた。
以前出会ったことのある豚さんっぽいモンスターや鳥さんみたいなモンスターもそういう動きを見せたことは驚きだった。
「リディアさん、『はぐれ』って、食べ物に興味があるんですか?」
「無くはないけど。普通は食べ物より、生き物に執着するはず」
おかしい、とリディアさんも小首を傾げたような仕草をする。
何でも、『はぐれ』魔獣は食べ物などでは釣れないそうだ。
どちらかと言えば、生き物、それも大きな生き物であればあるだけ、そちらへと指向が向くため、人型の生物がいれば、食べ物を投げても、そっちを無視して生物の方へと攻撃してくるのだとか。
「でも、ショコラの出したチョコレートには飛びつきましたよね?」
「ん、もしかすると、チョコレートは特殊なのかも」
「そうなんですか?」
「ん、『はぐれ』にとって、生き物以上の好物なのかも」
詳しいことはわからない、とした上にリディアさんがそう答えてくれた。
ふーん?
そういうことなら、もしかして、わたしの『チョコ魔法』って。
今までは攻撃手段としては使えないと思っていたけど、別の意味で役に立ったりするのかもしれないって、そう思ってしまった。
――――と。
『GUAAAAっ――――!!』
「えっ!?」
「ぷるるっ!?」
スタンピードの歪みの奥。
ここから大分離れたところから、何かもの凄く大きな声が聞こえた。
離れているにも関わらず、空気を震わせるような轟音。
何か、猛獣の唸り声のようなものが辺りに響いた。
「リディアさん、今のって?」
「ん、大丈夫。あれは問題ない」
「え? そうなんですか?」
「ん。本来の担当が動いてるだけ」
「担当?」
「そう。『町』の周囲で発生したスタンピードは闇狼の一族の担当。だから、今のもウーヴたちの咆哮。あれでどんどん『はぐれ』を散らしていく」
えっ!? ウーヴさんって、確か以前わたしをオサムさんのお店まで運んでくれた狼さんだよね? あの狼って、スタンピードの担当なの?
というか、あんな凄い吠え方、聞いたことがなかったよ?
「正確には、『町』の周辺警戒が役割。今日のは規模が広範囲なのに前兆の現象がほとんどなかったから、たぶん慌てて動いてる」
「そうなんですか?」
「ん、凪の状態だったから、気付くのが遅れた。ちょっと予想外」
リディアさんにしてみれば、わたしたちを『町』まで送り届けるまでは余裕があると考えていたそうだ。
なので、今日のスタンピードはかなり変則的に生じたものだったらしい。
「普通は毎日の天気予報でわかる」
「えっ!? あの天気予報って、そんなことまでわかるんですか!?」
びっくりだよ。
サイファートの町では、専門の部署が毎日天気を予報してるのは知ってたけど、あっちの予報と一緒で、晴れたり曇ったりがわかるぐらいのものだと思ってたもの。
まあ、比較的、よく当たる天気予報だなあ、とは思ってたけど、まさか、こういうスタンピードも天気に含まれるなんて驚きだよ。
確かに魔獣の大量発生なんて危ないだろうから、予測できるならそれに越したことがないものね。
ある意味、バイオハザードだし。
もうすでに、リディアさんの手で数百以上の魔獣が倒されているにもかかわらず、まだポコポコと空間から産まれる現象は続いているのだ。
リディアさんの話だと、有志による討伐は始まっているらしいけど、これ、放っておいたら、『はぐれ』魔獣の海みたいな状態になる気がする。
「この程度なら、『町』の結界は破れないから問題ない」
『町』まで行けば戦力十分、と胸を張るリディアさん。
まあ、確かに。
わたしが魔法を教わってるフィナさんとかも強そうだし、オサムさんやピーニャも口癖のように『強くないとお話にならない』って言ってるから、たぶん、『町』で暮らしている人たちって、それ相応の実力者がそろっているのだろう。
何となく、辺境なのに『町』が異常に栄えている理由を垣間見た気がするよ。
「うん……わたしも強くならないとダメなんだね」
「ぷるるっ♪」
「ん、そう……やる気があるなら、コロネ、少し今やってみる?」
「え……? リディアさんの代わりを、ですか?」
「そうじゃなくて」
と『みだれうち』を続けながらもリディアさんがわたしの方を向いて、首を横に振って。
「コロネの武器は『チョコ』。だったら、それを活かす」
どうやら、リディアさんはわたしにショコラみたいなことをやれ、って言ってる?
でも、弾丸みたいに飛ばしても、ゆっくりとしか飛ばせないんだよね。
だから、リディアさんみたいには倒せないと思うけど……あ! ちょっと待って!?
さっきのショコラのチョコレートを思い出す。
うん、と頷く。
「わかりました、ちょっとやってみますね。リディアさん、援護お願いします」
「ん、もちろん。なるべく遠くに飛ばして」
「はい!」
生み出したチョコレートを遠くへと飛ばすようイメージ。
今、同時に出せるのは四個だから――――!
「『チョコ魔法』――――っ!」
生き残った『はぐれ』魔獣の群れがいる場所へと、ゆっくりと弧を描いて飛んでいくボンボンチョコ。
一直線に飛ばすのではなく、山なりにしたのは――――。
「あっ! やっぱり!」
「ん、周囲の『はぐれ』がチョコに向かってまっしぐら。間違いない」
「どうです、リディアさん? これ、お役に立ちますか?」
「立つ。ダメージは与えられない。でも、食べた『はぐれ』が喜んでる……ん? もしかして、『はぐれ』が正気に戻ってる?」
「え……?」
何かに気付いたように、リディアさんが真剣な表情でわたしの方を見て。
「コロネ、可能な限り、今の攻撃を繰り返して。もしかするともしかする」
「はい? あ、はい、わかりました」
うん。
わたしにやれるのは、『チョコ魔法』を使うことだけだものね。
リディアさんに言われた通り、今と同じことを何度も何度も繰り返す。
それは、わたしの魔力が切れるところまで続いて――――。
◆◆◆◆◆◆
「……えーと」
「ん、コロネ、すごい」
「いや、あの、リディアさん、これどうすればいいんですか?」
気が付くと、周囲で起こっていた異常な現象は収まっていた。
いや、収まっているというか――――。
異常気象のような現象は落ち着いたけど、それによって現れた『はぐれ』魔獣たち。
その数、百匹以上。
もう、途中でわたしも数えるのを止めてしまったんだけど。
そのいっぱいの『はぐれ』たちが、なぜか、スタンピード現象が収まった後にもかかわらず、他の生き物に襲い掛かるでもなく、どこかへ立ち去るでもなく。
「ん、たぶん、コロネに餌付けされた」
「いやいや、待ってください。『はぐれ』って生物として何かおかしいって話でしたよね?」
「ぷるるーん?」
「ん、美味しいは正義」
「いや、それでいいんですか、リディアさん?」
「良いか悪いかじゃない。コロネに懐いていることが重要」
「まあ……」
少し離れた場所で、尻尾を振っている子もいれば、地面に伏せた状態でじっとこっちを見ているだけの子もいる。
でも、その仕草に共通するのは、どの魔獣も、『もっとチョコレートちょうだい!』という強い意思だ。
言葉が通じないのに、何でわたしにわかるのかは不明だけど、そういう感情が何となく伝わってきたというか。
そういう感覚はショコラでも感じていたので、何となく理解できてしまったのだ。
少なくとも、はっきりと言えることは、わたしの『チョコ』を食べた子はみんな、他の『はぐれ』と違って、むやみやたらにけんかを吹っ掛けてくるような雰囲気がなくなってしまった、ということだろう。
その点についてはリディアさんも驚いているようだ。
「ん、エリのとこの孤児たちみたい」
「……ですよねえ」
さっき、『孤児院』でハチミツを作る作業を手伝っていた子たちに似ている、というか。
たぶん、この子たちも『孤児』たちに近い存在になってしまったのだろう。
いよいよ、自分のチョコレートが何なのか、わからなくなってしまったよ。
ともあれ。
「リディアさん、どうしましょう?」
「ん、もうすぐ『町』から手伝いが来る。それに相談」
「わかりました」
ひとまず、魔獣さんに囲まれた状態のまま、もうしばらく『町』からの応援が来るのを待つわたしたちなのだった。