第30話 コロネ、帰り道に変なことに巻き込まれる
「ふふっ♪」
「コロネ、ごきげん」
「ぷるるーん♪」
「ええ。エリさんにハチミツをいっぱい分けてもらえましたからね」
『町』への帰り道、リディアさんの言葉に笑顔で頷き返すわたし。
うん。
町の外に出てきたのは初めてだったし、こういう感じの依頼も初めてだったけど、結果として大成功じゃないかな?
何といっても、エリさんと仲良くなれたってのは大きい。
これで、お菓子作りもまた前に一歩前進できたしね。
もちろん、こうやって、歩きながらものんびりと話をしていられるのもリディアさんが一緒についてきてくれたからだってのはよくわかっているよ?
何せ、こうして歩いている間も、最低でも数分に一度のペースではぐれ魔獣に襲われているような状態だもんね。
今も話しながら、リディアさんがぽちょんと魔獣を倒して、瞬く間に持っているアイテム袋へとしまってしまったし。
結局、わたしとショコラは周辺警戒の訓練だけしかしなくて済んでいる状態だ。
まあ、オサムさんからも今のわたしじゃ戦えないって言われたし、だからこそ、リディアさんに護衛をお願いしているから、これでいいのだろうけど。
それにしても、こっちの世界って、本当に物騒なんだねえ。
『はぐれ』の魔獣さんたち、本当に好戦的すぎるもの。
こんなのがぽこぽこと湧いてくるんでしょ?
町とか集落が『結界』の中じゃないと維持できない、ってのがよくわかるよ。
そして。
「ぷるるーん♪ ぷるるっ!」
「ん、ショコラ上手」
「ぷるっ♪」
今回の『外出』で、ショコラがリディアさんの真似を覚えたのだ。
リディアさんが『しょっと』って言っている、例の見えない空気の弾丸のような攻撃? それを真似して、ショコラがぺっぺっと遠距離攻撃のようなことをできるようになったのだ。
まあ、ショコラが出しているのはチョコの弾丸だけどね。
たぶん、わたしがやっていたボンボンチョコを飛ばす練習もきちんと見ていたのだろう。結果として、いつの間にか、ショコラの能力に、『チョコ生成』ってのが追加されていたし。
うん。
その能力からして、やっぱり、ショコラってチョコレートの『食魔獣』で間違いないようだ。
前から何となくそうじゃないかなって思っていたけど、これで確信が持てたというか。
まあ、わたしの『チョコ魔法』で生まれたから、それも当然なのかも知れないけど。
さておき。
ショコラが出せるチョコの弾丸は、射程が十メートルから二十メートルぐらいかな?
硬さは元がチョコだからお察しの通りだけど、リディアさんの真似をしているせいか、かなりスピードが速そうなので、当たったら結構痛いかもしれない。
わたしが飛ばす時はかなりゆっくりなので、何だかんだでショコラの方が攻撃手段としては有効かもしれないね。
うん。
本当にわたしのは、ぽーんと飛んでいくだけだから、魔獣さんを狙っても、あっさりとかわされそうだし。
当たっても痛くもないだろうしね。
そんなこんなで、ショコラの射撃の練習をしながら、『町』を目指して戻っていたわたしたちだったのだけど。
その途中で。
「あれ……? 向こうからこっちに近づいてくるのって?」
武装した人たちの集団がこっちにやってくるのが見えた。
そういえば、『町』の外で他の人と遭遇するのって、これが初めてかな?
『サイイース地区』にたどり着くまで、一度も人らしい人を見かけたことがなかったものね。ほとんど全部が魔獣の襲撃だったし。
でも、そうだよね。
別の他の人がいないってわけじゃなくて、単純に、この辺って気軽に出歩くには物騒だってだけなんだろう。
「リディアさん、あの人たちって、町の人ですかね?」
「ぷるるーん?」
「ん? あれはたしか……」
リディアさんの返事が返ってくる前に、その全身を鎧などで身を固めた人たちはわたしたちの方へと近づいてきて。
声が届くかな? という距離になったあたりで、開口一番。
「おい! そこな娘! 貴様が持っている――――」
「『しょっと』」
「ぐわっ!?」
「「「「ぎゃっ!?」」」」
ええっ!?
何か、その集団の先頭にいた人がわたしに声をかけようとしたのとほぼ同時に、リディアさんが攻撃して。
攻撃を受けた人がそのまま後方に飛ばされたかと思うと、後ろを走っていた人たちを巻き込んで、数メートル後方へと転げまわるのが見えた。
……えーと? 何が起こったの、今?
――――じゃなくって!?
「リ……リディアさん、死んでないですよね……? あの人たち」
さっきまで、大型の『はぐれ』魔獣もほとんど急所一撃で仕留めていたリディアさんの『しょっと』攻撃だ。
そんなもの、人間相手に使えばどうなるか。
想像するだけでも恐ろしい。
そんなわたしの不安を払拭するかのように。
「ん、大丈夫。手加減したから殺してない」
「そうですか。良かったです」
へえ、同じ『しょっと』でも殺傷能力がない攻撃もできるんだね?
やっぱり、リディアさんって凄腕の冒険者さんだね。
「ん、食べても美味しくないから、意味もなく殺さない。『はぐれ』と違う」
……えーと。
ぽこぽこ湧いてくる『はぐれ』魔獣じゃないから殺さないんですよね、リディアさん? 食べても美味しくないから、じゃないですよね?
…………うん。
あんまり深く考えないようにしよう。
冗談だろうけど、リディアさんの無表情で言われるとあんまり笑えないもの。
いやいや、そうじゃなくて。
「そもそも、どうしていきなり攻撃したんですか?」
「うん? だって、盗賊だもの」
「――――えっ!?」
盗賊!? この人たちが!?
というか、そもそも盗賊なんているの?
目の前で、意識こそあるものの死屍累々という感じで、痛みにうめいている人たちを恐る恐る見ながら、リディアさんに尋ねる。
「盗賊さんなんですか?」
「さんはいらない。人のものを力づくで盗ろうとする連中。だから、こっちも力で痛めつける」
「そうなんですか?」
「ぷるるーん?」
「…………ち、違う……我々は――ふぎゃっ!?」
「違わない。どこの所属だろうと、人のものを盗ろうとしたら盗賊」
何か弁明しようとした男の人に、容赦なく追撃をするリディアさん。
どうやら、リディアさんはこの人たちが何者なのか、わかっているようだ。
「正直、王妃が放置してなかったら、こんなものじゃ済まない。王妃に感謝すること」
「え? 王妃?」
どういうこと? と戸惑うわたしに対して。
「ん、これ、『町』の隣の領主の子飼い」
「へっ!?」
「たぶん、どこかからコロネの噂を聞いたか、今、エリのハチミツを大量に持ち帰っているのを知ったか、それで狙ってきた馬鹿」
「き……貴様、そこまで知って――――ぐはっ!?」
「もう黙る。いい加減、王妃に文句を言う。面倒だって。いつも回りくどいことばかりするせいで、こっちが迷惑」
えーと?
リディアさんの話からわかることは、だ。
本当に、この人たちはわたしたちを狙って襲ってきたらしくて。
でも、実は盗賊って言いながら、お隣の領の兵士? 騎士団? そんな感じの人たちらしくて。
それでもって、この国の王妃様もその領地については今は様子を見ている状態らしくて、何も手を打ったりしないでいるらしくて。
わたしたちが狙われた理由は、サイファートの『町』の『青空市』などで、わたしがこっそりと流しているお菓子の噂が広まったことが原因らしくて。
だから、リディアさんが叩きのめした、と。
もうすでに、この人たちの鎧もぼろぼろで穴だらけになってるし、何度も何度も飛ばされたり、地面にたたきつけられたりして泥まみれになっているので、本当にただの盗賊に見えなくもない。
「つまり、これってわたしが原因なんですか?」
「違う。コロネは頑張ってるだけ。たまたま馬鹿が釣れただけ」
「はあ……」
だから気にしなくていい、というリディアさんの言葉に生返事をする。
と、ひとつ気になったことがあったのでリディアさんに聞いてみる。
「この国の王妃さんって悪い人なんですか?」
「ん、質が悪い。面倒なことが好き」
「そう……なんですか? リディアさんとはお知り合いなんですね?」
「そう。長い付き合い。最初に会った時、連れ合いに首を飛ばされた」
「――――はい?」
「びっくりした。だから、しっかり覚えてる。腐れ縁」
「そ、そうですか」
え? 首? 首が飛ばされたってのは何かの比喩?
うん。
きっと、仕事を奪われたとか、そういう話だよね、うん。
リディアさんって、言い方が簡潔だから、たまに言っていることがよくわからない時とか、怖い時があるんだよね。
――――と。
「そんなことより」
「はい?」
「おかげで町に帰るのが遅れた。間に合わないので、ここからが本番」
「えーと?」
「ぷるるーん?」
「大丈夫。コロネたちは護る。それがお仕事」
一体、何が?
そう戸惑うわたしとショコラの前でリディアさんが雰囲気を変えたのを感じて。
次の瞬間、その場の空気までもが一変した。