第29話 コロネ、孤児院(養蜂場)を案内される
「へえー! こうやって、ハチミツを集めているんですか?」
「ぷるるーんっ♪」
『うむ。妾の眷属が中心となって、蜜を採取するのじゃ。そして、採取した蜜を花の種類ごとに分類したりするのが、ここの孤児たちの仕事じゃな。どの花の蜜かによっても味などが大分変わってくるのでの』
無事、持ってきたお菓子を認めてもらったわたしたちは、エリさんの案内で孤児院の施設を色々と見て回っていた。
孤児院というか、養蜂場とかそっち系なのかな?
敷地の多くはお花畑や山林になっていて、そこに生息している植物の多くは、蜜を出す花を咲かせる種類なんだって。
そして、さっきエリさんが空間の周辺に咲かせた『花』。
あれは、エリさんたち『蜜蜂』系統の固有スキルのようなもので、高揚感や感情の昂ぶりに影響されて、蜜を取るためだけの『魔法の花』を咲かせることができるのだそうだ。
蜜を採取して、しばらくすると空間に溶けて消えてしまうのだとか。
うん。
不思議花だね。
採取した蜜に関してはきちんと残るあたり、すごい能力だと思う。
まあ、それを言ったら、わたしの『チョコ魔法』も原理は謎だけど。
逆に言うと、エリさんたちは季節にほとんど影響されることなく、ハチミツを安定して採取できるため、それで『教会』からハチミツの担い手として認められているのだとか。
採取の量はエリさんたちのさじ加減、と。
だから、中々の特別待遇で権限も強めなんだって。
『妾たちの能力で採取された蜜は、そのままでも回復薬にもなるのじゃ。ゆえに、他の蜜と混ぜて薄めて、濃度の高いものは流通しないよう配慮しておるな』
特に『エリの花』と呼ばれる魔法のバラから採れる蜜は稀少で、薬としての効能も高いため、まず市場に出回ることがない、とエリさん。
『妾もこう見えて、長く生きた経験があるのでな。そうそう、心揺さぶられることもなくなっておったのよ……まあ、さっきの『花』がそうなのじゃが』
「ん、コロネのお菓子の影響」
『じゃな。ふふ、やはり、迷い人の技術というのは心躍るものが多いのぅ。長命種の多くが興味関心を抱く理由がよくわかるのじゃ』
妾も含めて、この世に飽いてくるからのぅ、とエリさんが妖艶な笑みを浮かべる。
退屈は心を殺す。
だから永い生を得たものは、常に新しい刺激を求める傾向にあるのだとか。
まあ、理由はどうあれ。
わたしが持ってきたお菓子がエリさんの興味を引けたなら嬉しいね。
これで、またひとりお客さんになってくれそうな人が増えたってことだし。
さておき。
ハチミツ作りの見学ツアーへと戻ると。
ここ、『サイイース孤児院』を中心とする集落には、エリさんたち孤児院の関係者の他に、林業を営んでいる人たちや、周囲の山で獲物を狩ったりする狩人さんたちも暮らしていたりするそうだ。
ちなみに、エミールさんの家もこの集落の中にあるんだって。
要は、お隣さんの縁で、エリさんからハチミツ販売の仲介を任されているとか、そういう関係らしい。
『エミールも元ではあるが、『教会』の関係者じゃからな』
エリさんに教えられて、びっくりしたけど。
エミールさんって、元々は商人でもなんでもなくって、『教会』の中でも武闘派系の集団にいたんだって。
確かに、引き締まった体躯を見るからに、体育会系の人っぽかったけど、そういうレベルじゃなくって、戦ったりしたらかなり強いのだそうだ。
それは、横にいるリディアさんも頷いていたので、間違いなさそうだ。
ちょっと意外。
『青空市』では穏やかで優しそうな一面しか見てないから、へえって感じだもの。
「ハチミツの採取は、主にエリさんの眷属――さんがやっているんですね?」
『そうじゃな』
さっき道案内をしてくれた武装した蜂さんたちも、その『眷属』さんだね。
「その方々はどのぐらいいらっしゃるんですか?」
『この集落では三百程度じゃな。ふふ、少ないじゃろ?』
「いえ、少なくはないですけど……」
少数精鋭じゃ、と胸を張るエリさんの言葉に驚くわたし。
思っていたよりも駐在している蜂さんの数が多かったよ。
エリさんの護衛でもある『親衛隊』さんたちに、身の回りのお世話をする『働き蜂』さんたち、その他諸々合わせて三百匹ほどいる、と。
それでも、エリさんにしてみれば、ここにいる蜂さんたちは少ないそうで。
『ここは、妾の管轄の中でも小規模なところじゃな。そもそも、目的も違うのじゃ。孤児院の運営に足る分だけ得られれば良いので、そこまでハチミツの採取に力を入れる必要はないのじゃ』
「他の地方には、もっと大きなところもあるんですか?」
『うむ。各地にな。一番規模が大きいのが『アニマルヴィレッジ』じゃがな。敷地内に山が三つ四つあるからのぅ』
「すごいですね。でも、そちらにエリさんがいなくても良いんですか?」
『任せられる者がおるからのぅ。それに『アニマルヴィレッジ』は『教会本部』の膝元じゃ。そちらからの協力者もおるでな』
「ん、ここからもう少し北に行ったところにある」
なるほど。
エリさんとリディアさんによると、その『アニマルヴィレッジ』と呼ばれる国に、『神聖教会』の本部があるらしい。
国というか、正確には『自由都市連合』みたいなところらしいけど。
主に獣人さんたちの集落が多数存在していて、それぞれの種族ごとの村がいっぱいあるので、総称が『アニマルヴィレッジ』と呼ばれているのだとか。
というか、獣人さんたちの国なんだね?
何となく、『教会』って人間種が軸となってる気がしたけど、そういう感じでもないみたいだね。
そういえば、シスターのカウベルさんも牛の獣人さんだったっけ。
エリさんも蜂の魔獣さんだし、そういう意味では種族的な偏見とかは少ない組織なのかもね、『教会』って。
『おお、そうじゃそうじゃ。『本部』の話で思い出したわ。此度のコロネの施しのおかげでのぅ、今期のハチミツの収穫量が増えそうなのじゃ。であるから、さっきも言ったが『個人としてのハチミツの取引相手』として、妾が認めるのじゃ。それは『アニマルヴィレッジ』産のハチミツについても同様じゃな』
「ありがとうございます」
『なに、本題はここからじゃ。しばらくの間、コロネよ、お主との取引において、ハチミツの売値を下げることを許可するのじゃ』
「えっ!? いいんですか?」
『うむ。此度の依頼の報酬と思ってもらえばよい。念のため、注意しておくが、そのままハチミツの状態での割り増し転売は認めぬぞ? もし、そのようなことが発覚した場合は、今後の取引は一切なし、じゃ』
わかっておるな? と念を押すエリさんに頷きを返す。
エミールさんの場合は、転売ではなくて仲介。仲卸のような立ち位置だね。
なので、販売した分はきちんとエリさんにも利が戻ってきているのだ。
そういう形ではない転売に関しては、厳しく当たるって話だね。
「はい、わかりました」
『うむ。無論、ハチミツを使った加工品に関してはそこまで厳しくはせぬ。先程のお主が作ったお菓子などものぅ。もっとも、常識の範囲の値で扱ってくれると助かるのじゃ』
「ええ、あまり高すぎるのはダメってことですね?」
『高値もそうじゃが、安値も、じゃな。その辺りについては、エミールに相談すると良い。オサムや、そこのリディアなどには相談せぬことじゃ――――物の価値というものがわかっておらんからな』
「そう言われるのは心外」
『ふん、お主らの場合、輸送や生産にかかる費用が滅茶苦茶であろうが』
「じゃなくて、エリに言われるのが心外」
『あのな、妾も多少は自覚があるがの、お主らに比べればまだマシじゃ。『千年樹』まで取り込みおって。あの女、妾がわざわざ頭を下げても、頑として譲らなかったというのにのぅ』
「知らない。それをやったのはオサムたち」
関係ない、とバッサリやるリディアさんに、それを聞いて嘆息するエリさん。
よくわからないけど、色々と複雑な関係があるようだ。
というか、オサムさんにも相談しない方がいいの?
ある意味、わたしにとって、こっちの世界で頼りにしている人なんだけど。
そう尋ねると。
『そうじゃな。あの男の店の価格は狂っておる。あれを基準にするのはやめた方が良いのじゃ』
「でも、安い方がみんな喜ぶ」
『お主もそういうことだからいかんのじゃ!』
ただ同然で素材を卸せば他が困る、というエリさんと、別にいいじゃない、というスタンスのリディアさんの戦いになってきた。
うん。
少なくとも、リディアさんが商人に向いてないのはよくわかるよ。
「でも、もしコロネのお菓子に適性値をつけたら、かなりの高額になる」
『仕方ないのじゃ。それが価値というものじゃ』
「それだと私が独り占め…………ん、いいかも」
「いや、良くないですからね、リディアさん」
思わず、リディアさんに突っ込みながらも。
結局のところ、わたしがやりたいのは王侯貴族のためのお菓子屋じゃないんだよね、と考える。
落としどころは難しいかも知れないけど、みんなに喜んでもらえるお店を作りたい、というのがわたしの夢であり、目標だから。
だから、エリさんは否定するけど、オサムさんの『塔』は、わたしにとって、決して悪いとは思わないんだよね。
少なくとも。
「エリさん、ハチミツの取引、よろしくお願いしますね」
『うむ、こちらこそ、なのじゃ。またお菓子を持って来てくれると喜ぶのじゃ』
「はい、わかりました」
これでハチミツの入手経路は得られた。
しかも、エミールさんのお店の価格よりも安く。
この調子で頑張っていこう。
改めて、そう決意するわたしなのだった。