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第28話 コロネ、バウムクーヘンを振舞う

『美味いのじゃーー! なんだこれーっ!?』


 その小さなお口で、はむはむとお菓子を口にした直後。

 建物全体に響くんじゃないかって感じの大声で叫ぶエリさん。


 おおぅ。

 声? というか、羽音だったと思ったんだけど?

 それで、こんな絶叫みたいな感じの声も出せるんだね?

 というか、言葉遣いがちょっと崩壊してない?

 そんなどうでもいいことに感心するわたし。


 一方のエリさんも黙々とお菓子を食べ続けて。


『確かにハチミツの風味もするのぅ! 使っておるのはルドラサウラの蜜じゃな!?』

「あ、はい。そうみたいですね」


 ルドラサウラというのは、『サイファートの町』の近くの森で生息している花の名前なのだそうだ。エミールさんのお店で売っているハチミツの中でも、ちょっと割高な蜜で、微量だけど魔力の回復効果があるとかないとか。

 今回のクエストのために、エミールさんに分けてもらっただけなので、詳しいことは知らないけど、そんな感じの蜜らしい。

 でも、さすがはエリさん。お菓子を食べただけで、それに使っているハチミツの種類をピタリと当てられるんだね?

 やっぱり、ハチミツ造りの専門家なだけはあるね。


『コロネよ、これは何という料理なのじゃ?』

「バウムクーヘンです。ハチミツ仕立ての『年輪焼き(バウムクーヘン)』ですね」


 オサムさんのお店の厨房にあった、豚の丸焼きを作るオーブン。

 それを少し転用して作ったのが、この『はちみつたっぷりバウム』だ。

 ベーキングパウダーはなかったので、先輩から教わった、ドイツの伝統的な製法でバウムクーヘンを作ってみた。

 いわゆる日本人好みのふわふわな食感ではないけど、しっかりと焼きあがった生地からはこんがり焼けた香ばしさと、噛みしめるほどにじわっとハチミツの風味が広がるのだ。

 ハチミツを使っているので、甘さが強すぎることもなく。

 試作したお菓子の中では、わたしにとっても満足のいく出来になっているので、今回、クエスト用に持ってくることになったのだ。

 実は、今使える小麦粉の質を考えると、満足の行くレベルのお菓子ってそれほどは多くないから。

 どうしても、お店売りでの品質を考えると、小麦粉の質の向上は必要なんだよね。


『ふむ? 『年輪焼き』とな?』

「はい。切った時の断面が、樹を切った断面に似てますよね? そこから名付けられた名前ですね」

『なるほど。樹を模した料理ということじゃな?』

「はい」


 美味いのぅ、と付け加えながら、感心したように言ってくるエリさんに頷きを返す。


『お菓子というのは、そういうものなのかの? そもそも、お菓子とはどういう意味なのじゃ?』


 あ、と思う。

 その問いは、わたしが日本人だと知った時、店長と交わした言葉と似ていたから。


「お菓子の『()』は果物のことです。果物、その子供。つまり、果物を始めとする『自然にある甘いもの』を親として生まれた甘い料理が『お菓子』です」


 そうそう。

 それを聞いて、店長が笑いながら頷いていたのを思い出す。

 同時に、わたしに『甘くないお菓子もあるぞ』って言ってきたことも。

 苦み渋みもお菓子作りにとっては重要な要素だから、って。

 『にがうまい』お菓子も店長のレパートリーの中には普通にあったからねえ。


『ふむ、自然の甘みのぅ』

「はい。それを活かしたものを作るのが、わたしたち菓子職人(パティシエ)です」

『それはハチミツも、じゃな?』

「もちろんです」


 うん。

 エリさんにも、その点はわかってもらいたいから、しっかりと押しておく。

 何だかんだ言っても、これは依頼(クエスト)だから。

 依頼者に満足してもらえるかは大事なんだよね。


「それと、こちらはクエストと関係ありませんけど、もし良かったら皆さんで召し上がってください」

『これは?』

「同じく『年輪焼き(バウムクーヘン)』ですが、ハチミツではなくて、今後わたし絡みで売り出そうとしているお菓子を使ったものです。チョコレートでコーティングをしています」


 エミールさんに、ここが孤児院だと聞いていたから、それならクエストとは別にお菓子を持ってきた方がいいかなあ、って思ったんだよね。

 もっとも、わたしが想像してた子供たちとはちょっと違ってはいたけど、まあ、ショコラの例もあるし、エリさんも美味しいって言ってくれているから、魔獣(モンスター)さんでも普通にお菓子が食べれそうな気がするし。


 だから、バウムクーヘンだ。


 ハチミツ仕立てと糖衣を施したもの。そして、チョコをまぶしたバージョンに、バウムを小分けしてクーベルチョコでコーティングしたもの。

 ほとんど同じような製法だけど、だからこそ味の違いがはっきりと現れる。

 お店ではあまり売ったりしなかったけど、ドイツ出身の先輩から色々と教えてもらったので、割と得意な部類に入るしね。


 この『町』で今後チョコレートを売っていくための戦略。

 ハチミツ系統の甘味が主流であるこの『町』で、チョコレートという存在がどこまで通用するか、その試金石。

 まず、信頼できそうな人に味を見てもらって、その感想を集めていく。

 そこから、お店で売れそうな商品を絞っていく作業だね。


 そういう意味では、ハチミツに精通しているエリさんは打ってつけの存在だよ。

 ちょっとチョコレートのお菓子を持っていけば心証が良くなるかな、って思惑を差し引いても、純粋にどういう反応をされるか興味があるものね。


『ふむ、チョコレートと言うのじゃな?』

「はい」

『色は黒系統の蜜を煮詰めたものに近いのぅ。そのチョコレートも蜜の一種なのかの?』

「いえ、原材料は豆の一種ですね。正確には種子ですけど。それを砂糖などで甘くしたものです」


 たぶん、と心の中で付け加える。

 何せ、このチョコレート、わたしの『チョコ魔法』で出したものだから、ベースのカカオに砂糖を入れる工程が丸々省略されているんだもの。

 だから、この甘さが本当に砂糖由来のものかまでは、わたしにもわからないのだ。

 うーん。

 ある意味、『チョコ魔法』って、砂糖も一緒に出しているようなものだよね。

 もっとも、分離できないから、ここから砂糖だけを取り出すのは難しいだろうけど。


『なるほどのぅ、ではいただくぞ』

「はい、どうぞ」


 自分にとっては、気軽に使える『チョコ魔法』。

 だから、わたしはチョコレートを食べてもらうことを気楽に考えていたのだ。

 この時も、エリさんに味見してもらおうと、ただそれだけのつもりで。


 だから、興味津々でチョコレートを見ながら、それを口に運ぼうとするエリさんの言葉に頷いただけで、何も考えていなかった。


 エリさんという存在が、どういう存在で。

 彼女がわたしの出したチョコレートを食べることでどういう影響を及ぼすか。

 そのことを前もって知っていたら、もう少し違う展開になったかもしれない。

 うーん。

 まあ、もっとも、みんなにもっともっとチョコレートの美味しさを伝えたいという自分の欲求を抑えられたかどうかは疑問なので、それは言っても意味のない話なのかもしれない。


『これは――――っ!?』

「ん、どう、エリ?」

『美味いのぅ! リディアはこの存在を知っておったのか!?』

「ん、コロネが来た日に食べた」

『ずるいのじゃ! ずるいのじゃ!』


 リディアさんに詰め寄りながら、興奮気味に羽を羽ばたかせるエリさん。

 ただ、このチョコバウムの味を気に入ってくれたのは間違いないようで、周囲に花が咲いたような喜びが伝わってきた。

 えーと?

 違う――――本当にエリさんの周囲の空間に花が咲いてる!?


 ……こういうのも魔法の一種なのかな?

 そのことに少しだけ驚きながらも。

 わたしは喜んでくれている、エリさんを微笑ましい気持ちで眺めるのだった。

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