第2話 コロネ、料理人と出会う
「……あれ? ここは……」
わたしが再びを意識を取り戻すと、また知らない部屋のベッドに寝かされていた。
さっきまで、森の中にいたはずなのに。
一瞬、また現実に戻されたのかな? って思ったけど、どうやら違うようだ。
ちょっと試してみたけど、手も足も普通に動く。
身体に力を入れると普通に起き上がることができた。
ふぅ……良かった。
やっぱり、目を覚ました瞬間、身体の自由が利かなくなっているのは、わたしにとってもあまり気持ちのいいものじゃないし。
ドクンって、心臓が激しくなるもんね。
……それよりもここはどこだろう?
壁とか天井は石造りなのかな?
こじんまりとした部屋の中に、ベッドやテーブルと椅子、それに申し訳程度に木でできたタンスに似た、収納のための家具が置かれていて。
窓は大きめのものがふたつ……って、あれ? 窓の向こうに空が見えるんだけど、何か大きな生き物が飛んでいるような……鳥、じゃないよね?
「おっ? ようやく気付いたか?」
わたしが思わず、窓の外の光景に戸惑っていると、窓の反対側にあった扉を開けて、ひとりの男の人が入ってきた。
真っ黒い服を着た中年の男の人。
あれ? もしかして、黒いコックコートなのかな? 普通は白とかだから、黒ってのは珍しいけど、この目の前の人は料理人なのかもしれない。
うん。
細マッチョな体形で、普段から力仕事をしています、って感じの雰囲気がするよ。料理を作るのって、肉体労働だものね。
と、そんなことよりも。
目の前の男の人は何者なんだろうか?
そして、ここはどこなんだろうか?
わたしがそんな疑問を抱えているのに気付いたのだろう。
その料理人っぽい男の人は笑って。
「ああ、あんまり、警戒しないでもらえるとありがたいな。俺の名はオサム。一応、この『塔』で料理人として働いているものだ」
「オサムさん……ですか?」
「ああ。そうだ。ちなみに、お前さんの名は? 何が起こっているかわかるか?」
「ええと……コロネって言います。正直、状況についてはまったく……」
「だろうな。お前さん、森で倒れたんだよ。たぶん、魔法の使い過ぎだろうがな」
「はい……?」
えーと……。
本当にどういうこと?
今、目の前の男の人……オサムさんは何て言った?
『魔法の使い過ぎ』?
「ちなみに、倒れる前のことは覚えているか? 例えば、変な狼に会ったとか」
「あ、はい。黒くて大きな狼さんには会いましたよ?」
このゲームの世界にやってきた直後の出来事だ。
さすがにそれについては覚えている。
ああ、そういえば、『スキル』ってものを試してみて、その時に『チョコ魔法』っていうものを使ったんだっけ。
「ああ、そいつだ、そいつ。その狼な、名前をウーヴっていうんだが、そいつが気絶したコロネをここまで運んできてくれたんだよ」
「そうだったんですか?」
「ああ。はは、いきなり、目の前で倒れたから焦った、って言ってたぞ?」
「……あれ?」
いきなり……? でも、わたし、あの狼さんに押し倒されたような……?
うーん。
よくわからないけど、少なくとも、このオサムさんのところまで狼さんが運んできてくれたのは間違いないらしい。
「あの、ここってどこなんですか?」
「ああ、ここは『サイファートの町』だ。その町のちょうど真ん中ぐらいに立っている『塔』の中の一室だよ。まあ、一応、この部屋はうちの店で働く従業員用の部屋ってことになってるがな」
そう説明しながら、にっこりとオサムさんが笑って。
「念のため、確認なんだが、コロネ、お前さん、『外』から来た迷い人だな?」
「『外』……? 迷い人……? ああ、はい、そういうことになりますかね」
一瞬、何のことかと思ったけど、ここがゲームの中の世界だということを思い出す。
『外』ってのは現実世界から、ってことだろう。
迷い人ってのがよくわからないけど、この話ぶりだと、たぶん、オサムさんもわたしと同じで『外』から来た人だろう。
このゲームをプレイしている人。
あっ、そっか。
それで料理人ってことは。
「もしかして、わたしのアルバイト先の方ですか?」
「お前さん、涼風のやつに頼まれたか?」
「はい、そうです」
「はは、やっぱりな。ああ、そうだ。ちょっとばかり、料理ができる人手が足りなかったもんでな。ダメ元で頼んでおいたんだが……俺が思っていたよりも早く動いてくれたようだな、涼風のやつ」
そう言いながらも、満面の笑みを浮かべるオサムさん。
一方のわたしも、涼風さんの名前が出てきたことで、少しほっとする。
何か不手際でもあって、変なことに巻き込まれてしまったのか、不安だったんだよね。
何せ、いきなり、森の中でひとりぼっちだったし。
少なくとも、涼風さんもそれなりには対応をしてくれていたのだろう。
……だったら、初めからこのお店まで飛ばしてくれれば良かったのに。
内心でそうぼやく。
ひとまず、改めて、自己紹介だ。
わたしが何者で、どういう経緯でここに来ることになったかをオサムさんに説明する。
「なるほどな……お前さんも大変だったんだな……」
「悲しんでいても仕方ないです。それよりも生きていたことに感謝ですよ」
割とすんなり次のお仕事も決まったしね。
そう、わたしが言うと。
「ふふ、強いな、コロネは。まあ、そういうことなら大歓迎だ。パティシエの経験もあるってのは好都合だしな。何せ、こっちの世界、菓子作りとかに関してはかなり遅れてるからな」
「そうなんですか?」
「ああ。恥ずかしい話だが、俺ひとりじゃ、手が回らなくてな。『塔』の運営に関しても、ようやく軌道に乗ってきたところだ。正直、お前さんが手伝ってくれると俺としてもすごく助かるんだ」
えっ!? ひとり!?
えーと……もしかして、このゲームの中で料理人として働いているのって、今まではオサムさんひとりだったの!?
わたしも、このゲームの規模がどのぐらいか知らないけど、さすがにそれは少なすぎる気がするよ。
……もしかして、プロの料理人を厳選してたのかなあ、涼風さん。
「もちろん、こっちでも手伝ってくれるやつは多いんだが、いかんせん、『外』での経験がないとな……そういう意味ではコロネが来てくれて、すごく助かるのさ」
一から教える必要がないからな、とオサムが笑う。
少なくとも、わたしのことをとても喜んでくれているのが伝わってきた。
「じゃあ、改めて、よろしく頼むな、コロネ」
「はい! こちらこそ、よろしくお願いします、オサムさん」
笑顔で握手を交わして。
わたしは、オサムさんのお店で働くことになったのだった。