第25話 コロネ、町の外を歩く
「それでは、リディアさん、護衛よろしくお願いしますね」
「ぷるるーん♪」
「ん、おまかせ」
何だか、あれよあれよという感じで話が進んで。
今、わたしたちが立っているのは、『サイファートの町』の東門を抜けた外側だ。
つまり、すでに町の外に出てしまっている状態だね。
ここまでの流れを簡単に説明すると。
エミールさんから受けた『依頼』を、『塔』にいるオサムさんのところまで持ち帰ったところ、『護衛をつければ問題ないだろ』という感じで、割とすんなり外出に関する許可と、その時の勤務のお休みについては了承を得られた。
なので、わたしがせっせと持っていくためのお菓子を作って。
それをおすそ分けするのを条件として、リディアさんに護衛のお仕事を依頼してついてきてもらったわけだ。もっとも、依頼品をいっぱいあげるわけにもいかなかったので、チョコレートなども報酬として上乗せはしたけどね。
それであっさりと護衛を引き受けてくれるあたり、ありがたいよね。
というか、リディアさんにとって、普通のお金より気に入った食べ物のほうが、報酬としては魅力らしいし。
そのせいで一部の冒険者ギルドの支部にはそのための食料品が貯蔵されている、ってオサムさんが苦笑をしていたのを思い出す。
◆◆◆◆◆◆
『まあ、コロネはまだまだ素人だからなあ。少しはこの町にも慣れてきただろうがな。ピーニャ、戦闘訓練とかはまだなんだろ?』
『なのです。フィナさんとの魔法の訓練ぐらいなのですよ』
『だよな。ちなみにコロネ、今、どういうことをやってる?』
『えーと……『身体強化』と『チョコ魔法』の応用訓練ですね。あとは『チョコ魔法』を使って、ショコラに力を分けたりとかです』
『他の属性魔法は?』
『試しに『風魔法』を教わってみましたが、うまく覚えられませんでした。フィナさんが、もしかすると『チョコ魔法』特化型じゃないか、って。それでひとまず、成長が見られるので、そちらを中心にトレーニングをしているという感じですね』
『なるほど。なら、『チョコ魔法』は成長しているんだな?』
『はい、最初に比べますと、十倍以上の量はチョコレートが出せるようになりましたよ。そのチョコレートを食べさせるとショコラも成長しますし』
『ぷるるーん♪』
ショコラの異常なレベルアップの理由がそれだ。
『チョコ魔法』で出したチョコレートを食べると、他の食べ物よりもショコラが元気になって、成長するのだ。
もっとも、普通の食べ物もたくさん食べると体のレベルがアップしたりしてたので、たぶん、ショコラにとっては、文字通り『食べる』こと自体が成長の糧になっているのだろう。スキルにも『食べる』ってのはあるし。
きっとショコラって、チョコレートでできた粘性種さんなのだろう。
『コロネさん、戦うのに使えそうなものはあるのですか?』
『うーん……ごめん、ピーニャ、ちょっと難しそう。一応、チョコレートで盾とか作れるけど、でも、チョコレートだから』
大きめなチョコレートも出せるようになってきたから、フィナさんとの訓練中に、『形状変化』の練習もしてはみた。
実際、剣とか盾とか、そういうものも作り出せはしたけど、結局のところチョコレートの強度でしかないから、役に立つとかそれ以前の問題なんだよね。
デコレーションとしては良いのかも知れないけど。
『金属でできた武器や防具とは訳が違うしね。一応、出すときに前方に飛ばしたりとかはできるようになったけど』
『うん? コロネ、お前さん、チョコレートでできたものを撃ち出したりできるのか?』
『ええ。ショコラにチョコレートをあげるのを見て、フィナさんが『少しずつ距離を遠くしてみな』って言い出して、それでトレーニングに組み込まれましたから』
『ぷるるっ!』
訓練『ボンボンチョコどこまで飛ばせるかな?』だ。
元々、『チョコ魔法』発動時に、ぽとりと落ちてくるのを何とかしたかったので、それで色々と試してみたんだけど、何だか知らないうちに、いつの間にか空中で維持したりとか、前方に飛ばせたりできるようになっていたのだ。
たぶん、『チョコ魔法』がレベルアップしたからだろうけど。
まあ、だからと言って、チョコレート以外ではそういうことができないので、結局のところ、曲芸みたいな感じでしか役に立ってないけどね。
飛んで行ったチョコをショコラがぱくりと食べる姿は愛くるしいので、これを磨いて行けば、『青空市』で大道芸とかもできるかも知れないけど。
『ふむ……現状では何とも言えないか。よし、護衛は必要だな』
『ん、おまかせ』
◆◆◆◆◆◆
……そういえば、リディアさんもどこに待機してたんだろ?
いつも、いつの間にか現れてるよね?
凄腕の冒険者とは聞いているけど、美味しい食べ物が好きだから、割とオサムさんのお店の側とかをうろうろしてるのかな?
わたしがアルバイトをしているパン屋さんにもしょっちゅう顔を出してくれるしね。
それでいて、遠くの土地の食材とかも持って来てくれたりするから、何かもの凄い移動手段とかも持っていたりするのかもしれない。
その辺はけっこう謎みたいだけど。
ドロシーやピーニャに聞いてみたけど、それなりにわたしよりも付き合いが長いにも関わらず、詳しくはわからない、って言われちゃったし。
リディアさん自身、あんまり詮索されるのは好きじゃないのかもしれない。
でも、凄い冒険者であるのは間違いない。
「ん、『しょっと』」
「うわわっ!?」
『サイファートの町』を出てから、少し行ったところで早くも巨大豚のモンスターと遭遇したんだけど、リディアさんが豚さんの方へと右手をかざして言葉をつぶやいたかと思うと、次の瞬間には、その豚さんが脳天を貫かれた状態で横倒しになってしまったのだ。
まず、数十メートル以上も離れているところにいる豚さんの存在に気付くのがすごいし、おそらく、魔法だろうけど、向こうの世界で銃を使ったような感じの攻撃をほとんどモーションとか反動なしで使えてるのもすごいし、それがきれいに命中して、一瞬で命を奪っているのもすごい。
あまりにも静かな狩りのせいで、わたしも今のがモンスターとの戦闘だって気付くのが遅れたぐらいだ。
そして、そのまま、リディアさんが右手を上向きにして手招きするような仕草を見せると、離れた場所で倒れていた豚さんモンスターが宙を浮いて、こちらの方まで飛んできて。
「ん、回収。血を分離」
リディアさんの側で宙に浮いたままになっている豚さん。
その傷跡のところから、ちゅるちゅるーと一筋状になった血が噴き出したかと思うと、いつの間にかリディアさんが取り出していた透明なパックのような袋へと吸い込まれていくのが見えた。
透明なパックというか、医療用の血液袋?
というか、袋がいっぱいになるのに合わせて、噴き出していた血液が宙に止まったままになってるし、リディアさんが左手を動かすと、袋の方もキュッと締まって、中の空気が抜けるような感じで封がされて、そのままアイテム袋の中へと消えてしまった。
同様の血の回収を数袋分。
すっかり血の気がなくなった豚さんも血液袋と一緒にリディアさんのアイテム袋へと回収されてしまった。
この間、わずか一、二分。
本当にあっという間の出来事という感じだよ。
ちなみに『アイテム袋』というのは、こっちの世界特有の魔道具の一種で、見た目はただの袋なのに、いっぱいの量のものを詰め込んで持ち運びができる優れもののアイテムだ。
中に入れた物の質量とかを無視できるし、向こうの世界でいう、猫型ロボットさんが使っていたポケットに近いものらしい。
ドロシーがそういうのに詳しいらしくて、『空間魔法を袋に付与して、それを定着させたもの』とか言っていた。
結局のところ、理屈はさっぱりだけど、そういうものがあるのはわかった。
「リディアさん、すごいですね」
「ん、この辺はジュージュートンの生息地だから。食材になるはぐれモンスターは間引きされてないから、コロネも注意」
「わかりました」
結構、町の側にもモンスターがいっぱいいる、とのリディアさんの注意に頷く。
そもそも、それなりに危険だってことは聞かされていたものね。
ただ、今の自分の服装がお店の制服のままなので、いまひとつ日常間が切り離せないというか。リディアさんはリディアさんでいつも着ている白いドレス姿だし。
まあ、もっとも、わたしの着ている、この『塔』の制服。
実はこれ、女性用の冒険者の装備としては、普通の金属鎧とかと比べても遜色のないものらしくて、結局、この姿の方が安全だという風に落ち着いたのだ。
……結構、肌とかも露出しているはずなんだけど。
その辺は、魔法的な防御が働くらしい。
もっとも、基本はリディアさんが守ってくれるから心配するなとも言われたけど。
それはそれとして、今後ひとりで町の外に行くかもしれないので、きちんと注意事項については、リディアさんから聞いて学んでおく。
だから、移動手段も徒歩で、エミールさんに言われた、町の東にある『教会の施設』へと向かっているのだ。
ハチミツを作っている人たちって、教会所属の人たちらしいしね。
そういう意味では手広いな『教会』って。
「たぶん、コロネの場合、近距離での戦いには向かない。だから、モンスターが近づくのを察知する能力を磨くこと」
「はい!」
「ほら、あそこ――――『しょっと』」
「――――えっ!?」
次の瞬間、リディアさんが指さした方向を飛んでいた大きな鳥さんが墜落していくのが見えて。
「ほら、そっちにも」
「わわっ!?」
見ると、こちらに向かって走ってこようとしている鹿のようなモンスターがいた。
いや、リディアさん、見つけるの早い早い!?
本当に距離が離れている時から発見するから、わたしの訓練にならないよ!?
こんなの先に察知できないってば!?
そんなこんなで、目的地を目指しながら。
リディアさんの元、気配察知の訓練を続けるわたしとショコラなのだった。