第24話 コロネ、クエストを受ける
「クエスト、ですか?」
「そうね」
ここは『青空市』のエミールさんのやっているお店の前だ。
今日も今日とて、試作品のお菓子を届けにやってきて、いつものようにエミールさんに販売をお願いした後で、その話を持ち掛けられたのだ。
「その……クエストって、具体的には何をすればいいんですか?」
「ぷるるん?」
「私のお店ではハチミツを売っているでしょ?」
「はい」
エミールさんの、知ってるわよね? という感じの問いかけに頷く。
うん、それはもう。
エミールさんのお店の目玉商品みたいなものだものね。
個人的には、つい向こうの世界と比較してしまって、ちょっと単価が高いかなあとは思うけど、砂糖自体が入手困難な『サイファートの町』の場合、少々高めでも甘味の元となるハチミツは嗜好品として人気なのは間違いない。
「そのハチミツの作り手……正確にはうちの店の卸し元ね。そっちの担当者がコロネちゃんのお菓子に興味を持っているみたいなの」
「そうなんですか?」
ふうん?
よくよくエミールさんの話を聞いてみると。
ここ一か月ほど、わたしがこっそりと流していた試作品。それにハチミツ作りの専門職の人たちが興味を持ってくれたのだそうだ。
甘い料理だったら、自分たちのところのハチミツを使っても作れないか? って。
「コロネちゃんは、ハチミツを使ったお菓子も作れるのよね?」
「はい、大丈夫ですよ。単価が少し高いからほとんど使っていなかっただけですから」
正確にはお砂糖の方が高いんだろうけど、わたしの場合、オサムさんからの協力もあるし、『パティシエール』のスキルでグラニュー糖が当たったりもしてるからね。
一週間に一回ぐらいのペースで、お砂糖が当たるのだ。
それも少しずつ当たる量も増えてきたし。
この調子で行けば、自前で賄えるようになるかもしれない。
もっとも、試作には使えても、まだまだお店で売るには量が少なすぎるけどね。
ただ、試作品に関してはお砂糖を使うのも理由があった。
まずはこっちの世界で、どこまで元の世界の常識が、調理法が通じるかのチェックが必要だったからね。
採算を度外視してでも、使い慣れている砂糖から試すのは仕方ないと思うんだよ。
まあ、ぶっちゃけ、『塔』の在庫だと、お砂糖の方が多かったから、というのも理由のひとつだけど。
オサムさんが料理で使うのも、お砂糖が主流だものね。
おかげで、食材そのものの差はあっても、調理法自体は向こうのものが大体通用するということがわかったので、それが収穫だろう。
でも、確かにそうだ。
ずっとはオサムさんを頼りにできないと考えれば、わたしの足を使って手に入る甘い物として、ハチミツを活用していく必要があるよね。
試作を始めてから、何だかんだで一か月以上経っている。
そろそろ、エミールさんのお店のハチミツも試してみて、商品として、費用対効果の適切なものを目指す必要があるだろう。
そういう意味では、このエミールさんの『依頼』はちょうどいいのかも知れない。
何せ。
「このお願いを引き受けてくれたら、それでもし満足できる料理を作ってくれたのなら、コロネちゃんと直接取引をしてもいいって言ってくれてるのよ」
その生産者の人たちが、とエミールさん。
うん。
その話を聞いたら、乗らない手はないよね?
エミールさんからハチミツを卸してもらってもいいけど、近くに作っているところがあるというのなら、直接話をしてみるのも大事だもの。
できうる限り、生産元を直接目で確認するのは売り手の義務だものね。
そこをないがしろにしちゃいけない、ってのは店長から何度も教わったことだ。
ただ、それを聞いたエミールさんが困ったように苦笑して。
「あら? もしかして、コロネちゃん、ハチミツを作っているところに行きたいの?」
「はい。あの……もしかしてまずかったですか?」
「そういうわけじゃないけど……今回のお願いは、私がお菓子を受け取って、そっちに届けようと思っていたから。何せ、そのハチミツを作っているところは、この『町』の外にあるのよね」
「えっ? そうなんですか?」
あっ? 町の外だったんだ?
まあ、そこまでおかしな話でもないかも。
だって、ボール君たちスライムさんも、この『町』から少し離れたところにある、『スライムさんたちの村』から、わざわざ『青空市』まで来てるって話だったし。
「ええ。でも、コロネちゃんの気持ちはわかったわ。確かに商品を扱うものとして、売り手元を確認するのは大切だもの。元値がわからないと、どれだけごまかされていても気付けないわよね」
うんうん、と頷くエミールさん。
いや、あの。
どちらかと言えば、どういう人がどんな風に作っているのか興味があったからなんですけど。大分、商人寄りの視点で解釈されてしまったような。
もちろん、そういうことも大事なんだけど。
さておき。
「そういうことなら、場所を教えてあげるから行ってみる? 誰かに護衛を頼むのが必須だけどね。この辺、結構物騒だから」
「やっぱり、護衛は必要ですか?」
「もちろんよ。コロネちゃんぐらいのレベルの子がひとりで出歩けば、あっという間にはぐれモンスターの餌食になっちゃうわよ?」
「ぷるるーん!」
「あ、ごめんね、ショコラちゃん。でも、コロネちゃんとショコラちゃんのふたりでも危険なことには変わりないわ。そもそも、ふたりともモンスターとの戦闘経験はあるの?」
「……ないです。遭遇したことはありますけど」
「この町にやってきた時でしょ? でも、あの時もうーちゃんが近くにいなかったら危なかった、って聞いたわよ?」
「うーちゃん……あ、もしかして、ウーヴさんのことですか? 黒くて大きな狼さん」
「そうそう、そのうーちゃんよ」
そんなうーちゃんなんて、可愛らしい感じかなあ? とわたしが首を捻っていると、エミールさんが続けて。
「どちらにせよ、行きたいのならオサムさんに相談した方がいいわ。本当は私が連れて行ってあげた方がいいんでしょうけど、私もこのお店があるから、夕方以降にならないとそっちに戻れないのよね。でも、夜だとリスクも跳ね上がるし、そもそも、コロネちゃんって、『塔』でアルバイトもしてるんでしょ? だったら、雇い主の許可をもらってこないとね」
「わかりました」
うん。
エミールさんの言うことももっともだよね。
とりあえず、ハチミツを使ったお菓子作りについては引き受けるとして。
それを依頼主さんに届けるかどうかは、オサムさんに相談してからだね。
そんなこんなで。
『依頼』に関して、エミールさんと更に話を詰めてから。
オサムさんに相談するために、『塔』へと向かうことにした。