第23話 コロネの日常その7、教会でのお手伝い
「はい、よしよしよしー、気持ちいい?」
『モーっ♪』
「ぷるるーん!」
『ブモっ♪』
せっせとわたしが背中をブラシでなでてマッサージをすると、銀色の牛さんが嬉しそうに返事をしてくれた。
うん。
気持ちいいみたいだね。
そして、ショコラもわたしを真似て、牛さんたちの背中に乗っかっては、魅惑のぷるぷるボディを擦り付けたりしている。そうすると、スリスリされた牛さんの銀色の毛並みが艶々になって。
それでとっても嬉しそうにしてくれるのだ。
なので、一頭の牛さんが終わると、次の牛さんへと移って。
わたしとショコラで、せっせとその場に集まってくる牛さんたちのマッサージを続ける。
今、わたしたちがいるのは教会の敷地内にある畜舎の奥の部屋だ。
『神聖教会』のサイファート支部。
その施設の一角だね。
ちなみに、この『教会』、こちらの世界ではかなりの広範囲に知れ渡っている宗教組織らしくて、少なくとも、この『町』がある『中央大陸』では、ほぼすべての都市に支部が存在しているのだそうだ。
わたしも聞いた時は驚いたんだけど、この『教会』の権限は絶大らしくて。
各地の冠婚葬祭を取り仕切ったり、孤児院などを建てて苦しんでいる人たちを救済したりするのはほんの小手調べで。
『教会』の横のつながりを利用して、大小様々な国同士の裏のパイプ役を担ったりもしているらしく、ある意味、この世界のバランサーのような役割を果たしているのだそうだ。
何せ、モンスターの討伐などで実績のある『冒険者ギルド』も、元はその『教会』の下部組織だった、って話だからびっくりだよ。
うん。
だからこそ、『教会』とは仲良くしておく方がいいらしいね。
そういう理由もあって、わたしもショコラを連れて、『教会』での『ご奉仕』のお手伝いをしているってわけ。
今、わたしたちがせっせとマッサージをしている牛さんは、友好的なモンスターの『ホルスン』って言って、その見た目、その名の通り、牛乳をはじめとする乳製品を生み出してくれる存在なんだよね。
「ご精が出ますね、コロネさん、ショコラさん」
本日もご奉仕ありがとうございます、とそう言いながら近づいてきた女の人。
この支部の責任者でもあるシスターのカウベルさんだ。
牛の獣人さんで、妙齢のシスターさん。
真っ白な肌と艶やかな銀色の髪がまぶしい感じの人で、いつも笑顔を絶やさないため、目元にも、笑い目? そんな感じの表情が浮かんだままになっている、というか。
何となく、お母さんと呼びたくなるような雰囲気なのだ。
まあ、向こうの世界でもシスターさんには、マザーって敬称もあったから、そういう意味ではみんなのお母さん的な存在なのかもしれないけどね。
何といっても。
牛の獣人さんだけあって、身体の一か所が……うん、うらやましくないよ? あそこまで大きいと肩が凝りそうだなあ、とか思ってないよ?
まあ、身体がそこまでふくよかでもないのに、びっくりするほどおっぱいが大きな人である、ってことだけわかってもらえればいいかな。
いや、清純そうなシスター服がどこからどう見ても……うん、まあ、これ以上は言わない方が花だろう。
少なくとも、自分がそういう発想に至ること自体、自己嫌悪に陥るような、そんな感じの良い人だから。
「ふふ、コロネさんたちがお手伝いに来てくださってから、ホルスンたちもとっても喜んでくれていますよ。おかげ様で健康状態も良いですし、前よりも多くのお乳を出してくれるようになりました」
「こちらこそありがとうございます」
「ぷるるーん♪」
カウベルさんがいつも通りの穏やかな笑みのまま、お辞儀してくれたけど。
お礼を言いたいのはこっちの方だよ。
このお手伝いだけで、報酬として、ホルスンたちの新鮮な牛乳をもらえるようになったのだ。
やっぱり、新鮮な牛乳はお菓子作りには必需品だからね。
『教会』のお手伝いを始めて以来、作れるクリーム類の種類も増えて、わたしとしても願ったりかなったりの状態だもの。
「それにしても、ショコラさんの能力には驚かされました。粘性種さんにはこのような特殊技能があったのですね」
「そう……みたいですね」
「ぷるるっ!」
感心したように頷くカウベルさんに、わたしも苦笑を返す。
当のショコラはどこか誇らしげに、牛さんの背中でぷるぷるしてるけど。
そうなんだよね。
生まれてから、ショコラの成長って目覚ましくて。
わたしとおんなじぐらいか、それ以上のペースでレベルがあがっているんだよね。
もう、レベルが10を超えちゃったし。
それで、その際、『食べる』のスキルから新しいスキルが生まれたのだ。
『きれいきれい』っていうスキル。
★きれいきれい
目標物の老廃物、不純物、毒素などだけを食べることができる。
ターゲットが生き物ならデトックス効果でぴっかぴか♪
要は、『何でも食べる』スキルから、『悪い部分やいらない部分だけを選んで食べることができる』スキルが生まれたらしい。
試しにわたしも腕に『きれいきれい』をしてもらったら、本当に肌艶がびっくりするほど良くなってしまったのだ。
お肉まで食べないでね? って、最初は本当にドキドキだったけど、そんな不安はいっぺんに吹っ飛んでしまったというか。
あんまり、わたしは行ったことがなかったけど、エステとかで施術をされるとこんな感じになるのかな?
ショコラのこの能力を使えば、本当にお風呂いらず、って感じだったもの。
いや、もちろん、お風呂も大事だけど。
『塔』にもシャワールームもあるし、ちょっと離れたところに温泉旅館みたいな施設もあるしね。もちろん、お風呂も入るけど、それはそれとしても、美肌効果がものすごいみたいだしね。
そして、これはわたしのような人間だけに効果があるわけじゃなくて。
目の前の牛さんたちに使ってもばっちりなわけで。
ショコラが乗っかって、全身のデトックスを行なった牛さんの身体の輝きといったら、凄まじいものになっているのだ。
このお手伝いも、ショコラが牛さんの老廃物を食べて、毛並みを艶々にして、その後でわたしがマッサージをすることで精神的にリラックスしてもらうという二段階のシステムになっている。
その結果、出してくれる牛乳の量が大幅に向上。
増えた分に応じて、上乗せで報酬として新鮮な牛乳などを頂ける。
うん。
みんなが嬉しいシステムだね。
ほんと、ショコラさまさまだよ。
まあ、さすがにこの手の情報が知れ渡るとまずいことになるだろうという、オサムさんやドロシーの助言を受け入れて、本当に信頼できそうな人以外には、ショコラの能力については伝えていないけど。
『これ、極秘! 極秘にしないとダメなやつだよ、コロネ! だって、私だってやってもらいたいもん! 何これ!? 生活魔法の清浄系の上級より性能いいじゃない!』
というのがドロシーの談だ。
ちなみに、魔法にも身体をきれいにする魔法があるらしい。
でも、ドロシー曰く、生活魔法も決して簡単な魔法じゃないようで、それなりに使い手を選ぶ魔法なのだとか。
普通は生活魔法じゃなくって、『水魔法』で洗い流して、『風魔法』で水を吹き飛ばしたりするのが主流の使い方なんだって。
そのため、この『教会』でのお手伝いも極秘扱いで、このシスターのカウベルさんぐらいしか知らないことになっている。
もちろん、わたしとショコラもこっそりとやってきて、お手伝いをして、こっそりと報酬をもらって帰る、という流れだね。
こっそりやらないと色々と大変なんだもの。
「ふふ、そうですね。弱っていたホルスンも元気になりましたし。むしろ、病院などで重宝されそうな能力ですよね」
「あの……カウベルさん、このことはないしょでお願いします。あんまり使いすぎると、ショコラがふにゃってなっちゃうんですよ」
「はい、もちろんです。私自身、そういうことに巻き込まれて迷惑を被った側ですので、ショコラさんのことは護りますよ」
ご心配なく、と微笑むカウベルさん。
細かい事情は知らないけど、ショコラの境遇についても心配してくれているようだ。
その辺は、オサムさんも『カウベルなら大丈夫だ』と太鼓判を押してくれたしね。
「ありがとうございます。ショコラ、ミルクのためにもうちょっと頑張ろうね」
「ぷるるーん!」
カウベルさんにお礼を言いつつ。
牛さんたちのお世話を続けるわたしたちなのだった。




