第22話 コロネの日常その6、ドワーフさんとゴーレムさんの工房
「コロネさん、頼まれてた魔道具の改造ができあがったよ」
『――はい、これをどうぞ――』
「ありがとうございます! あっ、これ、コードレスになってるんですね?」
「うん、そうだよ。そのための改造だからね。ほら、ここを開けると、魔石を入れられるでしょ? ここに蓄魔がされてる魔石を入れれば、それが動力源になるから」
『――カッティングがされていれば、弱めのくず魔石でも動くようになっているからね。お財布に優しいのが、うちの工房のモットーだよ☆――』
「ありがとうございます、ジーナさん、グレーンさん」
「ぷるるーん♪」
渡されたアイテムを確認しながら、ふたりに笑顔で感謝の意を示す。
うん。
一週間前に預けた時と少し違って、電源コードの代わりに魔石ボックスの空間が付け替えられているけど、これは間違いなくハンドミキサーだね。
今、わたしがいるのは『職人街』にある、とある工房の中だ。
工房の名前は『ジーナ・グレーン工房』。
オサムさんの伝手で、お菓子作りのためのハンドミキサーの改造をお願いすることになった職人さんたちのお店だね。
その名の通り、お店を切り盛りしているのは、女ドワーフのジーナさんと男ゴーレムのグレーンさんという、ちょっと変わり種なふたり組。
まあ、ふたり組というか、夫婦なんだけど。
見た目は、ジーナさんがわたしよりも小柄で頭に付けた大きめなリボンがよく似合う感じの女の子。一方のグレーンさんがキラキラと輝くメタリックなボディをした、ちょっと見、人型の二足歩行ロボット風味の姿をしている、という感じ。
なので、最初に出会った時、結婚してるって聞いてえらく驚いたのを思い出す。
まず、そもそも、結婚できるの? って感じだったし。
ジーナさんはジーナさんで、どこからどう見ても幼女って感じだし、向こうの常識から考えると結婚ってことにはそぐわない印象を受けるし、グレーンさんに至っては人型をしてるとはいえ、普通に身体が金属なんだもの。
うーん。
こういうのも国際結婚っていうのかな?
人種とかそういう壁よりも更に大きなものを乗り越えちゃってる気がするよ。
一応、補足として、ドワーフさんとゴーレムさんって、相性がいい種族だってことはふたりから教わったけどね。
出身地も同じで、ドワーフさんが女性限定の小人種で、ゴーレムさんが男性限定の鉱物種ってやつなので、それで帳尻が合っているらしいのだ。
もしかしたら、進化の過程で同一種族がこのふたつに分かれちゃったのかも? とかいう話も後でドロシーから聞いたりもした。
なぜか、あの魔女さんってば、この手の話が得意なんだよね。
見かけによらず、かなり知識が豊富だし。
まあ、何にせよ。
このふたつの種族は金属加工のプロフェッショナルであり。
特に、ジーナさんとグレーンさんは職人として一目置かれる存在なんだって。
だからこそ、オサムさんも信頼を寄せているし、今回の発注も、たったの一週間で終わらせてくれた。
わたしの『パティシエール』のスキルで呼び出したハンドミキサー。
これで、ようやくお菓子作りに使えるようになるね。
「本当に良かったです。やっぱり、手作業だけですと結構な労力なんですよ」
「ぷるぷるっ♪」
「ふふっ♪ 喜んでもらえるとうれしいよっ♪」
『――うんうん。純粋にお客様の笑顔。これが一番だね――』
「あの、それで報酬なんですけど……本当にこれで良いんですか?」
「もちろんだよ♪」
『――今回の作業では、それほど素材を必要としなかったからね。僕らの技術料の方が大きいから、その辺は、ふふ、ね?――』
わたしの問いに、お茶目な感じで答えるふたり。
というか、グレーンさんは口で言葉を発するんじゃなくて、いわゆる『以心伝心ボード』なるアイテムに言葉が浮き上がってくるんだよね。
ゴーレムさんたちは特殊言語を話すらしく、わたしみたいにその翻訳能力を持たないお客さんには、この板状の翻訳アイテムを使って、相手をしてくれるんだって。
何となく、カンペを持ってるADさんっぽくも見えるけど。
『次でボケて』って感じで。
さておき。
今回のお仕事の報酬について。
一応、わたしの方も、少しづつアルバイトやその他でお金が溜まってきたので、そちらで払おうと思ったんだけど、最初に工房にやって来た際に、ジーナさんたちに言われてしまったのだ。
◆◆◆◆◆◆
『あー、お金より、コロネさんが作ってるお料理がほしいかな? なんかすごいんでしょ? オサムさんが自慢してたから』
『――うんうん。あのオサムさんの言葉だからね。興味があるかも――』
『だよねー、旦那様』
『――でも、僕、あともう少し経たないと『人化』できないから。今回の報酬はジーナに向けてお願いするね――』
『うーん……今の姿だと普通の食事がとれないもんね、旦那様ってば』
『えっ? グレーンさん、人間っぽくなれるんですか?』
『うん、もちろんだよ、コロネさん。そうじゃなかったら、色々と困るじゃない♪』
きゃあ恥ずかしい、とポッと顔を赤らめて言うジーナさん。
うん。
何となく、何が言いたいか、よくわかったよ。
そして、グレーンさんも続けて。
『――真面目な話をすると、僕ら『鉱物種』には、『繁殖期』があるんだよ。その時は、今よりもずっと人間っぽくなれるんだ――』
『つまり、季節によって姿が変わる種族ってことですか?』
『――そういうこと☆――』
『ちなみに、ゴーレムさんって、この姿の時は普通の食事はとれないんですか?』
『うん。お酒と鉱石ぐらいかな?』
『――一応、吸収できるものはなくもないけど、味覚の方が変わっちゃうみたいなんだ。純度の高い石が一番美味しく感じちゃうから――』
『なるほど』
それはちょっと難しいかな。
さすがに石の味なんてわからないし。
なので、今回はひとまず。
『ジーナさんに向けてのお菓子、ということでよろしいですか?』
『うん、仕方ないよね。旦那様が食べられるようになったら、またお願いするね♪ ふふ、『繁殖期』の旦那様ってかっこいいんだよ? コロネさんも見たらびっくりするよ?』
『――ジーナ……さすがに恥ずかしいよ――』
『いいのっ! わたしが自慢したいのっ!』
◆◆◆◆◆◆
そんなこんなで。
報酬として、お酒に漬け込んだフルーツとナッツを使ったケーキを持ってきた。
ジーナさんの要望として、もしかしたら次の『繁殖期』まで間に合うかも知れないから、日持ちがするもので、かつ、お酒を使ったもの、という希望があったからだ。
なので、あちこちを巡って、お酒を分けてもらったり、漬け込むのに最適なお酒と果物の組み合わせを確かめたり、色々と頑張ってみたよ。
こっちの世界で生活を始めて、そろそろ一か月が経過するし、おかげさまで大分知り合いも増えてきたものね。
まあ、ほとんどがオサムさんからの紹介だけど。
「ありがとっ! 良い香りがするね。コロネさん、これってお酒?」
「そうですよ。すぐ食べてもいいですけど、少し寝かせると風味がより馴染んで美味しくなるタイプのケーキですね」
お酒を塗り込むタイプのしっとり系だからね。
おまけに、入手できたお酒が何というか、『薬草酒』に近いタイプのものが多かったから、この手のお酒を使う場合、少し寝かせて苦みを飛ばした方が美味しくなるのだ。
ブランデーケーキを養命酒を使って作った感じと言えばわかりやすいかな?
「どのぐらいもつの?」
「常温で一か月ぐらいは大丈夫ですね。できればそれまでに食べてもらった方が良いとは思いますけど」
一応、保存食タイプの製法にしてあるから、もっと長くても大丈夫だとは思うけど、こっちの世界でのチェックが済んでないから、保証ができないんだよね。
きちんとお店売りをする前に、消費期限などに関してもきちんと調べておく必要はありそうかな。
だからこそ、一か月経った今でも、試作のみを続けているんだけど。
基本的に、わたしのお菓子の販売についてはエミールさんのお店に少しずつ卸している分のみで、後は周囲の人に味見をしてもらったり、今日みたいな感じで裏取引風の報酬って形で渡すようにしてある。
というか、オサムさんが知り合いにそれとなく伝えたり、あと、変な噂が流れているらしくて、それで、なんだけど。
なので。
「うん、わかった。それなら、旦那様の『繁殖期』に間に合うかな? ふふっ、じゃあ、楽しみに待つことにするね」
『――コロネさんのお料理って、報酬としてしか出回ってないものね――』
ジーナがここまで喜んでるのが嬉しい、とグレーンさんも身体を光らせて。
『――ある意味、お酒と同じカテゴリーかな? 特殊通貨に近いというか、特別報酬に近いというか――』
「あー、そうだね、旦那様。ふふ、やっぱり、良い香り♪ ……それにしても、コロネさんもよく、個人でお酒の購入ができたよね? お酒の販売に関しては色々と制限があるから、『青空市』とかだと出回ってないと思うんだけど。薬師ギルド経由? それとも、どこかのうちの自作のお酒でも分けてもらった?」
「オサムさんの紹介で、ドムさんの酒場から譲ってもらいましたよ。お金じゃなくて、お菓子と交換でしたけど」
「あ、なるほどね。『教会』ルートだったんだ。だよね。良いお酒は入手が難しいもんね」
だから、薬草酒なんだ、とジーナさんが笑う。
どうやら、匂いだけでどんなお酒を使ったか何となくわかったらしい。
「ジーナさんもお酒がお好きなんですか?」
てっきり、グレーンさんのためかと思ったんだけど。
そう尋ねると、ジーナさんもにぱっと笑みを深めて。
「まあね。わたしだけじゃなくて、ドワーフはお酒に対しては一家言あるんだよ。何せ、小さい頃からたしなんでるからね」
「そうなんですか?」
「うん。ちょっとした特殊鍛冶の条件でね。火の神に酒精を奉納するってやり方があるのね。ふふ、アルミナ秘伝だから、これ以上は教えられないけど」
『――それによって、できあがりの品質が向上したりするからね――』
「そうでしたか」
へえ、知らなかったよ。
お酒の入手が難しいってのは痛感してたけど。
こっちの世界だと、お酒って嗜好品としての……どちらかと言えば、献上、贈答品かな? あと、上位者から与えられる報酬とか。そちらの側面が強いらしくて。
酒造や販売に関して、色々と制限があるらしいのだ。
酒場で飲むのはいいけど、資格なしでの売買は厳しい、とか。
着付け薬とか消毒などのお酒は『薬師ギルド』が扱っているらしく、そちらとの兼ね合いもあるみたいだけど。
だから、わたしの場合も譲ってもらったという形を取っているし。
「うん。良いお酒ほど、入手が難しいからね。『教会』とか、『薬師ギルド』とかと仲良くしておくとか、後は国や組織に仕えておくとか、かな? そうすれば、定期報酬とかで良いお酒がもらえたりするし」
『――ドワーフとゴーレムの多くが、アルミナに属したままの理由のひとつだよね――』
「そうそう、お酒は大事だよっ!」
という感じらしい。
ちなみに、『アルミナ』ってのはジーナさんたちの故郷で、こっちの世界でも有数の職人集落なんだって。最初に聞いた時は、何かの金属の名前かと思っちゃったけど、単なる地名なのだとか。
「だから、コロネさんもお酒を使ったお料理をもっともっと作ってくれると嬉しいかな。それだったら、今後も格安でお仕事を受けてあげるよ」
「はい、今後ともよろしくお願いしますね」
たぶん、わたしの能力で取り寄せたアイテムは、ジーナさんたちの改造が必須だろうしね。そのためにも、お酒を使ったお菓子の品質を向上させていかないとね。
あと、独自のお酒入手ルートの開拓も。
いっそ、自分でお酒を造るのも挑戦した方がいいのかな?
そんなことを考えながら。
ハンドミキサーを受け取った後も、しばらく工房での談笑の時間が続いた。