第21話 コロネの日常その5、夜の厨房
「はい、コロネ。食材持ってきた」
「ありがとうございます、リディアさん」
夜の『オサムさんのお店』での給仕のお仕事を終えた後。
ここからがわたしの日課でもある、お菓子の試作の時間だ。
『塔』の倉庫にある食材。
わたし自身が『町』の中で足を使って集めた食材。
そして、リディアさんが持ち込んでくれる食材。
それらを使って、色々とお菓子を作ってみる、という試みだ。
どちらかと言えば、こっちの世界の食材に慣れて、味とかに関する微調整をしている、といった方が正しいかも知れないね。
向こうの野菜や果物とほとんど変わらないものもあるけど、見た目はそっくりでもまったく味が違ったりする食材なども多いのだ。
『じゃがいも』っぽい芋が『さつまいも』みたいに甘かったりとか、見た目は『みかん』っぽい果物がなぜか肉々しい食感だったりとか。
味は変わらないけど、今日、リディアさんが持って来てくれたバナナみたいに、何でこんなに大きいの? ってぐらいのサイズのものもあるし。
ちなみに、リディアさんが食材を持って来てくれるのは不定期だ。
大体、二日か三日に一度ぐらいの頻度だろうか。
で、食材を持って来てくれた夜は、お菓子の試作品をたいらげ……じゃなくて、味見して帰っていくんだよね。
作ったお菓子を食べてもらう代わりに、もってきてくれた食材はただで譲ってくれるのだ。
これは本当にありがたいことで。
リディアさんが採ってきてくれる食材って、『町』の市場とかでは出回っていないものも多いんだよね。
このわたしの腕よりも大きなバナナも、『青空市』でも『果樹園』でも販売していないものなのだ。
だから、何となく、希少品の食材に的をしぼって持って来てくれる感じかな。
うん。
色々と、こっちの世界にあるものがわかってうれしいよ。
「じゃあ、お菓子作りを始めますね……とその前に」
一日一回だけの運試しの時間だ。
「『パティシエール』っ!」
その言葉と共に『パティシエール』のスキルを発動させる。
すると、くるくるくる、と見えない何かが回転するような音が響いたかと思うと。
ぽんっ! という音。
そして、白い光と共に、わたしの目の前に今日もまたひとつの『何か』が現れた。
「あっ! 今日はお砂糖だね……袋に詰まったグラニュー糖が1㎏だね」
「ぷるるっ♪」
「ん、コロネ、今日の『ガチャ』は当たり?」
「そうですね。お砂糖はいくらあっても良いですから、嬉しいですよ」
そう。
何もない空間から現れたのは、グラニュー糖が詰まった袋だ。
これがわたしの『パティシエール』のスキル。
使えるのは一日一回だけ。
正確には、一度使うと24時間使用できなくなるって感じらしいけど、魔力と引き換えにランダムで、パティシエに関するアイテムや素材が召喚できるらしいのだ。
ちょうど最初に使ったのが夜だったので、今ぐらいの時間に再使用できるようになるってわけだ。
ちなみに、リディアさんが口にした『ガチャ』。
これ、最初にわたしのスキルを見て、オサムさんが『なんかそれって、ガチャを回してるような能力だな』って言ったことで定着した言葉なんだよね。
わたしもよく知らなかったんだけど、似たようなものがゲームなどではよくあるのだそうだ。
お金を払ってくじを引くような感じでアイテムをゲットできる、って。
それを聞いた時、変な能力、って思ったけど、この変な能力が思った以上にすごいものだって気付かされてから、考えを改めることにした。
今まで、『パティシエール』のスキルで呼び出したものといえば。
ネットに入ったみかん10個。
ゴムベラがひとつ。
ミックスナッツ500g。
製菓用カード1枚。
バニラビーンズ10本入り1袋。
ボンボンチョコひとつ。
そして、ハンドミキサーひとつ。
などなどだ。
何となく当たりはずれはあるけど、それでもお菓子作りに役に立つという意味では、すべてが当たりとも言えるかな。
特に、ナッツとバニラビーンズなどは、オサムさんに確認したところ、流通が制限されている希少品らしくて、今のままのわたしでは本来なら入手不可能な代物らしいのだ。
『いや……正直驚いたとしか言いようがないな。ナッツ類ならまだ条件次第で何とかなるが、バニラの方はなあ……とある国で抱え込んでるおかげで、俺も見せてもらうだけで終わったぐらいだからな。はは、すごいな、コロネ』
うん。
そういうわけで、ありがたいスキルであることは間違いないみたい。
ちなみに、ハンドミキサーが出てきた時は嬉しかったんだけど、これ、電源が必要なタイプだから、魔石対応型に改造しないと使えないってオサムさんから言われてしまった。
なので、今はオサムさんの知り合いの職人さんの手が空くのを待っている状態だね。
ちょっと残念というか。
まあ、でも、電化製品の類も当たるってことは、もうちょっと複雑な機械とかも当たってくれないかな、とは思ってる。
この厨房にない製菓用の器材とかあるとうれしいな。
まあ、そういうものはもっと身体のレベルをあげて、スキルの能力を向上させないといけないのかもしれないけどね。
ともあれ。
「お砂糖って、『塔』の倉庫には普通にありますけど、高価なんですよね?」
「ん、採れる場所が限定される。私も勝手に持ってくると怒られる」
「あ、リディアさん、産地の場所は知ってるんですね?」
「ん、東大陸の港町」
「ということは海を渡らないといけないんですね」
あー、それは希少になるはずだよ。
『東大陸』って、この町がある『中央大陸』から東の海を越えたところにある大陸だよね?
前に確か、ピーニャが『ヴェルーガ大陸』とも呼ぶって教えてくれたのだ。
『なのです。『東大陸』は大陸のほぼ全土が一国の支配によるのです。なので、その国名がそのまま大陸の名前として使われているのです』
ヴェルーガ王国、って。
この『町』とも交易を結んでいる数少ない国で、この国が『魔石通貨』を用いている国だってことは教わったよ。
電化製品の電源にもなれば、お金としても使える、魔石って便利なものだよね。
おっと。
それよりも試作試作っと。
「コロネ、今日は何を作るの?」
「ぷるるーん?」
「今日はリディアさんが持って来てくださったバナナを使ってエクレアを作ってみますね」
内心でたぶん使いきれないだろうけど、とは付け加える。
うん。
フレッシュなエクレールがいいよね。
パータ・シューにもちょっと工夫してみようかな?
上に黄色みをしたマッセ生地を乗せて。
あ、クリームにもバナナのコンフィチュールを埋め込んでみようかな。
その方が果実の風味が豊かになるものね。
「ふふふ、今日も頑張るよっ!」
「………………」
「…………」
「………………」
「…………」
「えっ? 何か言いました?」
「ん、別に。コロネ、かわいい」
「ぷるるーん♪」
何となく、誤魔化された気がするけど。
まあ、いいや、と気を取り直して、そのまま調理を続けて。
今日も無事、試作品の調整を進めることができた。
そして、その完成品はリディアさんとショコラのお腹へと収まりましたとさ。
「コロネ、これ、美味しい。おかわり」
「ぷるるーん♪」
「いや、もうありませんからね!?」
うん。
何となく、リディアさん相手だと作る量が増えて、ペースも早くなってる気がするよ。
これがオサムさんの言っていた必要に応じて、ってことなのかな?
そんなことを考えながら。
今日も今日とて、厨房の夜は更けていくのだった。