第20話 コロネ、ショコラを連れて帰る
「はい、ショコラ。パン工房で作ったハンバーガーなのですよ」
「ぷるるーん♪」
「あ! 食べた食べた! へえ、コロネの召喚獣はかわいいねー! ほんと、うちのやかまし屋に爪の垢でも煎じて飲ませたいよ」
「ドロシー、ショコラには爪がない、よ」
所変わって、『塔』の1階にあるパン屋さんのお店の中。
魔法屋さんでショコラが産まれた後、さすがにこのことはオサムさんに報告しないといけないということになって、この日の魔法の訓練は終了させて、ここまで戻ってきたのだ。
フィナさんからも、『面白いものを見せてもらった』って喜ばれたしね。
そして、今、ショコラはと言えば、ピーニャたちに囲まれて、本日の売れ残りのパンを分けてもらっている、と。
大きさは両手で抱えられるぐらいのショコラだけど、その小さな身体にもかかわらず、どんどんパンを食べるので、あげる方も楽しくなって止まらなくなっている状態なんだよね。
それを微笑ましく思いながら、横でオサムさんに報告を続ける。
魔法屋さんでショコラが産まれた時の経緯とかね。
「つまり、コロネ、お前さんの『チョコ魔法』でこいつが産まれたんだな?」
「はい。ちょっとびっくりしました。生物を生み出す魔法もあるんですね?」
あ、生み出したというか、召喚したって感じなのかな?
ちなみに、たまごからショコラがかえって、名付けた直後に、突然何かが繋がったような感覚に襲われて。
その結果、わたしならショコラのステータスも見ることができるようになっていたのだ。
一応、ショコラのステータスを見てみると。
名前:ショコラ
性別:男?
年齢:0
種族:食魔獣
職業:なし
レベル:1
スキル:『食べる』『衝撃吸収』
★食べる
何でも食べる。でも、やっぱり美味しい食べ物のほうがうれしいよね!
★衝撃吸収
衝撃系統のダメージを飲み込むことができる。
という感じだね。
年齢は0歳だから、産まれたばっかりなんだろうね。
というか、たまごからかえった時が誕生ってことなら、それも当たり前なんだろうけど。
性別は男の子らしい。
らしい、というのも後ろにはてなマークがついているからなんだけど、フィナさんに言わせると、『粘性種』って種族は必ずしも性別が分離固定されていない種族だから、ってことのようだよ。
つまり、ショコラも今は男の子に近いけど、たまに女の子になったりもするってことみたいだね。
ちょっとびっくりだけど、そういう種族は向こうの世界にもいたしね。そこまで異常って感じでもないかな。
と、オサムさんが苦笑して。
「いや、『生成系』の魔法なら、そういうのもないわけじゃないがな……コロネの場合、生物、無生物どちらもひとつの『チョコ魔法』で、だろ? そういうケースはめずらしいと思うぞ? あ、そうだ、ドロシー。たまごを呼び出したってことは……そういうことだな?」
「うん、そうそう。これは『召喚系』だねー。だから、てっきり私もショコラが『幻獣』の一種だと思ったんだけど、ちょっと違ったよね。ね? コロネ、ショコラの種族って、『幻獣種』じゃなかったんでしょ?」
「うん、『食魔獣』だって」
「うんうん、いやー、それはそれでびっくりだけどねー。だって、食魔獣って、魔獣の中でもレア中のレアだもん。たぶんね、生きたまま捕まえたり仲良くなったりしたケースは皆無だと思うよ?」
「そうなの?」
ドロシーの言葉に少し驚く。
どうも、ショコラって、普通のスライムさんじゃないらしくて。
「そうそう。フードモンスターって、食べ物がモンスター化した種族のことなんだけど、まず、遭遇するケースがほとんどないの。おまけに倒すとただの食べ物に変化しちゃうから、生け捕りがすごく難しいんだ。だから、どういう生態をしてるかとか、まだまだ未知の生き物なんだよ。『学園』とかでも研究対象になってるけど、生存例が少なすぎて放置されてる分野かな?」
「あ、そういえば、ドロシーのお父さんって」
「うん、メイ姉。『学園』で講師をやってるよ。だから、私もそっち系の話には詳しいんだよー」
ここで話にあがっている『学園』というのは、こっちの世界での最高学府みたいなところなんだって。
魔法や戦闘術、スキルなどに関する研究と育成を行なう超国家の機関。
それが『学園』と呼ばれる場所とのこと。
と言っても、この『中央大陸』の中にはなくて、この大陸から海に出て、南に大分進んだところにある島に、その『学園』があるそうだ。
一応、ドロシーの出身地もその南の島らしいから、そのうち、一緒に行ったりもできるかも知れないね。
それはそれとして話を戻すと。
ショコラは『食魔獣』と呼ばれる種族らしい。
この種族はとってもめずらしいらしい。
倒してしまう……死んでしまうとただの食べ物になってしまうらしい。
ドロシーの見立てだと、ショコラは『粘性種』タイプの『食魔獣』らしい。
『食魔獣』の中には、多数の種族が含まれるため、類似形態によってタイプを判断しているらしい。
「細かい部分はステータスには出てこないからねー。まあ、このステータスも便利だけど、あてにならない部分もあるから、あくまでも参考程度にしておいた方がいいかもね」
「そうなの?」
「うん、条件によって見えたり見えなかったりする項目もあるし、種族スキルによって、本人の意思とは無関係で表面上は書き換えられていることもあるからね」
へえ、ちょっとびっくり。
間違ってることもあるんだ、このステータス?
「じゃあ、ショコラもただのスライムさんって可能性もあるの?」
「うん、そうだねー、というか、そうしておいた方がいいよ? ね? オサムさん?」
「えっ……?」
「まあな。はは、まったくなあ、コロネ、お前さんといると退屈しないな。だが、ドロシーの言う通りだ。ショコラを連れて歩くなら、ショコラは『粘性種』でいいだろう」
え? え?
いや、『いいだろう』はいいけど、ステータスに『食魔獣』って出ちゃってるんだけど。
「どうすればいいんですか?」
「ああ。そこでだ。ドロシー、魔女の秘薬に『種族隠蔽』ができるやつがあったろ? あれをひとつ頼めるか?」
「いいけど、高いよー? これに関してはアラディアのおばばの作だから、オサムさんといえどもまけてあげないよ?」
「わかってる。そのぐらいは問題ないさ」
「はいはーい。まいどありー♪」
そう言って、ドロシーがごそごそと持っていた袋の中から薬瓶らしきものを出して、オサムさんへと渡す。
オサムさんがそれを確認したうえで、ふたりが指輪を合わせて、お金のやり取りを済ませる。
「それじゃあ、コロネもいいか? ショコラの安全のためにもこの薬を使うぞ」
「あ、はい。ショコラも大丈夫?」
「ぷるるーん♪」
大丈夫らしい。
というか、なぜか、ぷるぷるとしか言ってないのに、何となくショコラの言いたいことが伝わってくるんだよね。不思議だ。
たぶん、これもわたしが呼んだ召喚獣だから、なんだろう。
「じゃあ、かけるぞ」
そのまま、ショコラの身体に液体の秘薬を振りかけるオサムさん。
すると、ショコラの身体が白い光に包まれて。
すぐに元に戻った。
どうやら、これでステータスが変化したらしい。
どれどれ……?
名前:ショコラ
性別:男?
年齢:0
種族:粘性種
職業:なし
レベル:1
スキル:『食べる』『衝撃吸収』
「あっ! 大丈夫ですね。『粘性種』になってます」
「よし、そいつは良かった」
「オサムさん、それでショコラは何のスライムってことにするのですか?」
「いや、その辺はぼかしておけ、ピーニャ。まあ、コロネも最近、スライムと仲良くなってるみたいだしな。そっちの知り合いを預かってるってことにしとけばいいだろ」
「わかったのです」
うん。
オサムさんには『すらいむさんのお店』に通ってることは伝えてるものね。
そういえば、わたしにとっては身近な存在だものね、スライムさんって。
「だからショコラが産まれてきたのかな?」
「ぷるるっ?」
わたしの疑問に、ショコラも不思議そうに身体をひねる。
うん、やっぱり、仕草とかがかわいいよね。
結局のところ、ショコラがどういう生き物であれ、わたしにとってはあんまり関係がなくて、かわいい家族が増えたという感じかな。
「コロネもいいな? ショコラはコロネの家族ってことで頼む」
「わかりました」
「まあ、この町なら問題は起きないんじゃないかなー?」
「モンスターテイマーでスライムを飼ってる人はめずらしいから、他の町だとからかわれるかも知れないけど、ね」
「ふふ、ほんと、認識が甘いよねー。スライムさんたちって本当はすごいのにー」
へえ、そうなんだ?
普通にかわいいだけかと思ってたよ。
でも、ドロシーやメイデンさんの話だと、成長したスライムさんって、ものすごく強くなったりもするらしい。
ふうん?
ということは。
「ショコラも強くなったりするのかな?」
「ぷるるーん?」
「うん、そうだよね、わかんないよね」
うん。
やっぱり、かわいい。
少なくとも、食べ物は何でも食べられるみたいだしね。
ある意味、今のわたしにはぴったりの相棒かな。
試作品のお菓子がけっこうな量になってきたし。
そうだ! ショコラは味見要因として頑張ってもらおうっと。
茶色くてぷるぷるした身体をなでながら、そんなことを考えるわたしだった。