第19話 コロネ、新しいチョコ魔法に挑戦する
「では、いきますよっ! まずは基本形から! 『チョコ魔法』!」
わたしの発した言葉と共に、ポンと目の前の中空からボンボンチョコが現れる。
これが基本形。
こっちの世界に来てから、何度となく繰り返している魔法だ。
それによって、店長お手製のチョコとほぼ同じボンボンチョコが生み出される。
うん。
今日も問題なく使えるね。
フィナさんの前で『チョコ魔法』を使う時の手順。
それは最初は必ず基本形から始める、というものだ。
フィナさんによれば、魔法というのは実は結構デリケートなもので、その時の術師の体調や残存魔力、その時点でのレベルなどによって、同じように使ったつもりでも威力に差が出ることなど、よくあることなのだそうだ。
だからこそ、その日の調子を確認する意味でも、必ず最初は基本形の『チョコ魔法』から始めることにしている。
実際、こっちの世界に来て最初に使った時よりも、今のわたしの方がボンボンチョコを多く生み出すことができるようになっていたしね。
今、わたしが生み出したのはボンボンチョコ4個。
大きさについてはあまり変わらないけど、一度の『チョコ魔法』で同時に4つのチョコレートを生み出せるように能力が変化していたのだ。
「おや、またひとつ数が増えたねえ。今のは基本形でいいんだろう?」
「はい。それ以外何も考えずに出しました」
「ふふ、だったら、コロネの『チョコ魔法』はレベルアップに合わせて、一度に生み出せるチョコの数が増えるってことで間違いなさそうだねえ」
頷きながら、フィナさんが手に持っていた板のようなものを確認して。
「うん、やっぱりね。消費魔力は同じなのに、生み出せる量そのものが増えてるよ。おそらく、コロネの『チョコ魔法』は強化されることで、どんどん燃費が良くなるタイプの魔法のようだねえ」
「そうなんですね」
あれはフィナさんお手製の魔道具なんだって。
それを使い、わたしの身体から魔力量を読み取って、魔法一回当たりに消費された魔力の量を逐一チェックしているというわけだね。
うん。
やっぱり、『研究』っていうだけあるよね。
この手のデータの蓄積によって、色々と気付けることがあるんだって。
そういう意味では、フィナさんが扱っていることって、『魔法』というファンタジーっぽい内容だけど、れっきとした学問でもあるってことだ。
あっちで店長が味の数値なんかをひとつひとつメモしてたのとおんなじだね。
だから、何となく向こうの科学に近いというか。
そう考えると、魔法も科学も扱うものが違うだけで、根っこの部分では似ているのかも知れないね。
そんなことを考えつつ。
使用する『チョコ魔法』を少しずつ切り替えて微調整していく。
板状のチョコ、パウダー状のチョコ、カカオマスにカカオリカー。
そして、素材そのもののカカオ。
これは、チョコレートの形状変化のみにしぼった調整だ。
ベースの店長のチョコレートということは変えず、同質のチョコの工程手順を逆転させる形で、次々とチョコレートを生み出していく。
「ふうん、何度見ても不思議な魔法だよ。何を元に生み出しているのかが、少しばかり揺らいでいるよ」
「ええ。わたし自身もすごく不思議です」
「コロネ、あんたからチョコレートについては教わったけどねえ……少なくとも、あんたが異常なほどに、そのチョコレートと親和性が高いってのはわかったね。魔法の質が、何かひとつの種に限定されるってのは、まあ……まったく類を見ないわけじゃないけど、それにしても極端な能力だとは思うよ」
まあ、今はその話は後だねえ、とフィナさんが促してくる。
「まだ魔力に余裕があるうちに、『新しい魔法』ってやつを試してごらんよ」
「わかりました」
とは言ったものの、『新しい魔法』ってどうやって使うんだろ?
「フィナさん、具体的にどんな風にすればいいかわかりますか?」
「解説文から推測するなら、『召喚系』の魔法だろうからね。何かを呼び出すことを意識してみるんだね」
「『何か』?」
「ああ、たぶん、あんたの中で何となく形になりそうなものがあるはずさ。それが例えば、物であったり、人であったり、動物であったり、現象であったり、だね。一口に『召喚』といっても、使い手によって、多種多様な『召喚』が存在するんだよ。ふふ、言ってみれば、あたしらが火魔法で炎を呼び出すのも『召喚』って言えなくもないからねえ」
なるほど。
だから、わたし自身の中にある『何か』が大事になってくるんだって。
うーん。
『何か』……『何か』……。
でも、わたしにとってはチョコレートのイメージが強いよ。
というか、今使っている『チョコ魔法』自体が、向こうの世界で店長が作ったチョコレートを呼び出しているんじゃないかって、そう想像したこともあるし。
でも、この基本形は『召喚』じゃないみたいだし。
「まあ、難しく考えないで、何となくでやってごらん。案外、そっちの方がうまくいくかもしれないよ?」
「わかりました」
フィナさんの言葉に頷いて。
『何となく』浮かんだもやもやをそのままつかみ取るように、魔法を使う。
――――おいで!
「『チョコ魔法』っ!――――あっ!?」
目の前の空間が光ったかと思うと。
サッカーボールぐらいの大きさな丸いチョコレートが現れた――ので、慌てて、それが地面に落ちる前にキャッチする。
ふぅ。
危ない危ない。
というか、この魔法、空中にチョコが現れるのって何とかできないかな?
受け止め損なうと地面に落ちちゃうんだもの。
今の、結構危なかったよ?
だって。
「これって……チョコレートでできたたまご?」
「へえ、随分と面白そうなものが出てきたじゃないかい? 確かに卵型をしてるねえ」
本当に、チョコたまご、って感じのものだ。
きれいな球体っていうよりも、たまごっぽい形をしているしね。
「重さは結構重いですね。でも、中までずっしりというより、ゆるゆるした感じのものが詰まってる風ですよ」
「コッコのたまごみたいにかい?」
「はい、そうですね」
持ってる感覚は生卵だね。ふるふるとゲル状のものが詰まってる感触だもの。
となると、これってやっぱり、見た目通りのチョコのたまごなのかな?
わたしとフィナさんで、このたまごを色々と調べていると。
突然、たまご本体がまた光りだした。
「わわっ!?」
「落ち着きな、コロネ。やっぱり、たまごで終わりじゃないねえ。このまま産まれるみたいだよ?」
「えっ? 生まれるって何がです?」
「さあねえ、何だろうねえ?」
うん。
フィナさんってば、どこか面白がってるね。
チョコレートのたまごから産まれるものってなんだろう?
そうわたしが考えている目の前で、ピシピシッとチョコたまごにひびが入って。
中から『何か』が飛び出した。
「ぷるるーん!」
……って、これって。
「えーと……これは? もしかして、スライムさん?」
「おやおや。ふふふ、そうみたいだねえ。たまごからスライムが産まれるってことは……なるほどねえ」
「フィナさん?」
「ぷるるっ?」
「ふふ、まあいいかい。それよりもコロネ、あんたが呼び出したんだ。せっかくだから、この子に名前を付けてあげな。そうすれば、より、あんたに懐くだろうしね」
「えっ? 名付けですか?」
「ぷるっ!」
「そうだよ。たぶん、この子は魔獣の一種だろうけど、その場合、名無しより、名前持ちの方が格があがるんだよ。たぶん、今のこの子にだったら、コロネがすんなりと名付け親になれるはずさ。この子もそれを望んでいるだろうしね」
「ぷるるーん♪」
あっ! 今のフィナさんの言葉にこの茶色いスライムっぽい子が反応した。
見た目は、ボールくんと初めて会った時にそっくりで、色だけチョコ色だから、たぶん、この子も『粘性種』なんだろうね。
へえー、『チョコ魔法』って、こういうのも生み出せるんだ?
いよいよ、謎な魔法になってきたような。
ともあれ。
そういうことなら、名前を付けなくちゃね。
うーん、何がいいかな?
あ、そうだ。やっぱり、チョコレートのたまごから産まれたチョコレート色のスライムだもんね。そういうことなら、良い名前があるよ。
「ショコラ」
「ぷるっ?」
「あなたの名前はショコラだよ」
うん。シンプルイズベスト。
わたしにとっても、かわいくって好きな響きの言葉だしね。
「ぷるるーん♪」
「あっ、喜んでもらえるの?」
「ぷるっ♪」
ぴょんぴょんとその場で飛び跳ねながら、喜びを表現するスライムさん。
改め、ショコラ。
しばらく、ショコラが喜ぶ姿を見つめるわたしたちなのだった。