第18話 コロネの日常その4、魔法屋さんで頑張る
「それじゃあ、コロネ、今日も訓練を頑張っていこうかねえ」
「はい! よろしくお願いします、フィナさん!」
「いい返事だねえ、それならおさらいからだね。『身体強化』だよ。身体をうすーくうすーく、魔力で包み込むようなイメージで発動してごらん」
「はいっ!」
毎日の隙間時間を使って、わたしは『魔法屋』さんで、魔法のトレーニングを受けている。
ここは、『塔』から見て、西側のエリアにある『フィナさんの魔法屋さん』だ。
実はこの町でも魔法を教えてくれるお店って少なくって。
お金を払うだけで伝授してくれるのって、このお店の店主でもあるフィナさんだけなのだそうだ。
魔法を使える人はそれこそいっぱいいるみたいだけど、他の人に教えられるレベルまで修めている人ってのは数えるだけしかいないんだって。
ピーニャから『魔法屋』について聞いた時に、そう教えてもらった。
『なのです。ピーニャは火魔法を使えるのですが、コロネさんが使えるように教えるのは難しいのです。『ただ使う』のと、『それをかみ砕いて、感覚を流し込む』のでは天と地ほどの差があるのですよ』
ということらしい。
要は、自分がつかんでいる感覚的な部分を、相手に直で伝える必要があるらしいのだ。
それができるようになるかは、年月ではなくて資質の問題とのこと。
あと、覚えられるかは個人個人の適性にも影響されるみたいだけどね。
ピーニャ自身、火魔法に特化してるから他の属性魔法は覚えられなかった、ってぼやいてたし。
そういう意味では、目の前にいるフィナさんはすごいよ。
見た目は恰幅のいい女将さんタイプの人だけど、よくよく見ると、耳がとがっていることに気付く。
そう、フィナさんってはエルフさんなのだ。
さすがにわたしがゲームに無頓着だったと言っても、エルフって存在については知っていたよ。イメージとしては美形ぞろいの『森の人』だ、って。
うん。
そういう意味では、フィナさんは普通のエルフさんとちょっとイメージが違うかも知れないね。
迫力のある体型というか、肝っ玉お母さんって感じの雰囲気だもの。
というか、フィナさん自身が、自分のことをそうだって笑ってたし。
『ふふ、あたしはあんまりエルフっぽくないだろう? 耳も短いしね。どうも、『森』の外の種族は、あたしらがあんまり歳をとらないから、きれいだって先入観を持ってるみたいでねえ。でも、だからこそ、あたしは今の自分が好きだね。ほら、『つかみ』もばっちりだろう?』
本当にからからと豪快に笑う感じはすごいと思った。
何だか、かっこいいものね。
それに、フィナさんの凄さはオサムさんたちからも聞かされていたし。
職業が『魔術師』である人の中でも、フィナさんは抜きんでていて、ほとんど全ての属性を網羅しているのだとか。
『魔を統べる術師』。
だから、『魔統師』って呼ばれているらしい。
もっとも、そう言ったら、フィナさん本人からは嫌な顔をされたけど。
『あんまり大仰な呼び名はやめとくれよ。あたしは『魔法屋』ってだけさ。それ以上でも以下でもないんだよ』
そんな、見た目は肝っ玉お母さん、中身は魔法のエキスパートのフィナさんから、定期的に魔法を教えてもらっている。
うん、本当にありがたい話だよ。
最初、おそるおそる『魔法屋』さんの門をたたいてみたけど、まさかここまでとんとん拍子で話が進むとは思わなかったもの。
わたし、お金もあんまり持ってなかったしね。
なのに、すんなりと魔法を教えてもらうことができたのには訳がある。
わたしの『チョコ魔法』のスキルだ。
わたしがフィナさんから新しい魔法を教わる代わりに、この『チョコ魔法』について研究させてほしい、って。
つまり、魔法を売ってもらう対価として、わたしがフィナさんの目の前で『チョコ魔法』を使うことで合意がなされたんだよね。
なので。
今もわたしは先日教わったばかりの『身体強化』の魔法のトレーニングをしている。
まずは、魔法を使うということに慣れること。
そういう意味では、『身体強化』の魔法って、かなり重要なのだとか。
ちなみに『身体強化』自体は、フィナさんがわたしの頭に手をかざして、『付与』を施してくれただけで簡単に使えるようになった。
いや、簡単に、じゃないか。
『付与』を受けた瞬間、頭からエネルギーのような、波のような何だかよくわからない感覚が全身を駆け抜けたかと思うと、うまく表現できないような激痛とともに、スキルとして習得できた、という感じかな。
そう。
激痛だ。
魔法を覚えるのって、もの凄く痛い。
片頭痛と全身筋肉痛が一緒に来たような痛みが走り抜けて。
それで、脱力して座り込んでいたら、『ふふ、どうやら覚えたみたいだね』ってフィナさんから頭をなでられたんだよね。
ふと、『身体強化』を使いながら、フィナさんに尋ねる。
実は話しながら使うのも、慣れるためには大事な要素なんだとか。
「フィナさん」
「なんだい?」
「魔法を覚えるのって、毎回、あんなに痛いんですか?」
「物によるねえ。『身体強化』は身体の使い方にも影響するからね。だから、全身の使い慣れていないところに痛みが走るのさ。まあ、要はコロネの使っていない『感覚』を呼び覚ますための手管だからねえ。それで最初はかなり痛いんだよ」
「ということは、魔法を使っていくにつれて痛みは弱くなるんですか?」
「物によるねえ」
「えぇー……」
そう言って苦笑するフィナさんに、思わずため息がもれる。
料理のために魔法は覚えたいけど、あんまり痛いのはちょっとね。
火魔法とか覚えるときは、燃えるような感覚に襲われたりするのかな?
そう考えるとちょっと怖い。
まだ、『身体強化』の魔法しか教えてもらってないけど、少しだけ躊躇しちゃうよ。
「ふふ、まあ、それでも覚えられるだけマシだねえ。適性がなければ、そもそも覚えられないことだってあるからね」
「あ、ピーニャのことですか?」
「そうだよ。あの子の場合、『火』の力が強すぎるんだよ。他の適性を『火』が全部食べちゃうぐらいにね。それでも、色々とチャレンジしてたけど……まあ、結果はお察しの通りだねえ」
そっか……ピーニャも苦労したんだね。
いくら『魔法屋』さんでも覚えさせられないものは覚えさせられないんだ。
「あ、そうだ、コロネ。あんた、今、どのぐらいのレベルになったんだい?」
「今ですか? ちょっと待ってください……」
心の中でステータスを呼び出す。
名前:コロネ・スガ
性別:女
年齢:19
種族:人間種
職業:パティシエ(魔法のパティシエール)
レベル:8(2UP↑)
スキル:『チョコ魔法』『パティシエール』『身体強化』『自動翻訳(基本)』
★チョコ魔法
魔力を消費することでチョコレートを生み出すことができる魔法。
★パティシエール
『魔法のパティシエール』の職業スキル。お菓子職人として必要なものを魔力と引き換えに、手元に呼び寄せることができる。
★身体強化
魔力を消費することで、身体を強化することができる魔法。
★自動翻訳(基本)
他言語を『共通言語』に翻訳する。各種族の特殊言語などは翻訳できない。
【『チョコ魔法』の威力が大分アップしました】(NEW)
【『チョコ魔法』の種類が増えました】(NEW)
【→◆◆◆◆を呼び出すことができます(※一度だけ)】(NEW)
【『パティシエール』で呼び寄せることができるものが少し増えました】(NEW)
【『身体強化』の威力が少しアップしました】(NEW)
「あっ!?」
「うん? どうだい?」
「ええと、身体のレベルはふたつあがって8になってますね」
「へえ、すごいじゃないかい! まあ、あんたの歳が19だから、もうしばらくはぽんぽんとあがっていくだろうけどね。とはいえ、昨日今日でレベルふたつアップしたのは、あんたがきちんと頑張っているからだねえ」
良かったねえ、とフィナさんが自分のことのように喜んでくれた。
それがうれしい。
そして、それだけじゃなくて。
「スキルの威力が増えたのは、今までと同じですけど、今回は少し違う情報もありますね」
「ふうん? それは何だい?」
「『チョコ魔法』の種類が増えました、って」
「――――うん? 魔法の種類が増えた? ちょっと待っておくれ、ということは『チョコ魔法』は何種類もあるってことかい?」
「ええと……わたしもよくわかりませんけど……あっ! フィナさん! それによって、何かを呼び出せるみたいです、わたし」
「……何かってなんだい?」
「わかりません。そこだけ情報が読み取れませんでした」
「ふむふむ……」
わたしのふわっとした説明を聞いて考え込むフィナさん。
「『呼び出す』ってことは『召喚系』だね? そういうことなら、コロネ、ひとまず『身体強化』を使うのはおしまいにしようか」
「はい」
フィナさんに言われた通り、『身体強化』の魔法を解く。
ふぅ。
少しの間だけなのに、結構疲れるんだよね、この魔法。
「本当は、もう少しトレーニングをしてから、『チョコ魔法』のチェックをしようと思っていたんだけどね。さすがに今の情報を放置するわけにもいかないしね…………少し休んだ方がいいかい?」
「いえ、大丈夫です」
心配してくれるフィナさんに対して、わたしは大丈夫だと伝える。
この二週間ほど、『チョコ魔法』に関しては色々と試してみたのだけど、なぜかこの魔法って、身体への負担が小さいことに気付いたのだ。
というか、比較対象として『身体強化』を覚えたからだけど。
たぶん、わたしにとっては『チョコ魔法』は使い勝手のいい魔法なのだろう。
『適性』という意味では、それが高いんじゃないかと思う。
だから。
「では早速、『チョコ魔法』を試してみますね」
「ああ、お願いできるかい?」
「はい」
フィナさんの前で、わたしは『チョコ魔法』を試してみることにした。