閑話:噂と裏話1
「おい、聞いたか?」
「何だ?」
「オサムの店に新しい従業員がやってきたんだと」
◆◆◆
「ああ、その子なら見たよ。うちの娘とおんなじぐらいかねえ」
「黒髪でちっちゃくてかわいい子だろ?」
「そうそう、夜の営業の時に接客をやってたね」
「まだ子供かな?」
「だから保護されたんじゃないの?」
◆◆◆
「おーい、どうだ、ディーディー」
「あ、はい、トライオンさん。どうにか作業は終わりましたよ。無事、固有魔素の方は確認できましたので登録作業は滞りなく終了しました。こちらが、その、コロネさんのカードです。あとはお渡しする時に名義登録をして、魔力を通して頂ければ使用可能です」
「そっか、わざわざ悪いな、ディーディー」
「いえ、ちょうど、手が空いてましたしね。それに興味もありましたしね」
「そうか?」
「はい。『正門』でのことは冒険者ギルドまで通達がありましたからね。どういった方なのか、私自身も気になっていましたので」
「『迷い人』だからか?」
「いえ。そうではなくて」
「うん?」
「あのウーヴさんがめずらしく関心を持っているそうですので、それで、ですね」
「はあっ!? あの、人間嫌いがか?」
「はい。まあ、ウーヴさんの場合、人間嫌いというより、自分をわずらわす存在は全て嫌いなのでしょうけど。基本的に、この町の中までいらっしゃいませんし。大体は奥様やお子さんを通じて、こちらに意思などを伝えてこられますからね」
「まあなあ。それにしてもどういう風の吹き回しだ?」
「おそらく、これが原因かと」
「え? さっきの塊がか?」
「はい。『正門』からの通達でもそのようなお話を頂きましたし。それでわざわざ私が直接、この物体のチェックを行なった次第です」
「ちなみに、何だったんだ、それ?」
「わかりません」
「わからないのかよ?」
「『チョコ魔法』ということですから、チョコを出す魔法ということでしょう。問題は、その『チョコ』がどういったものか、です」
「オサムに確認は?」
「一応、もう少しギルドで調べてからですね。予断を挟まないように、です」
「現時点で何かわかったことはあるか?」
「何らかの魔法素材である、ということでしょうか」
「やはり、魔法素材か。まあ、魔法で出したんだから、『生成系』ならそれも当然だろうけどな」
「ですが、そうだとしてもまだ色々と疑問が残ります。『生成系』であるならば、純粋な魔素変換による素材のはずです。その場合、無味無臭のはずです」
「まあな。うん……? そうじゃないってのか? ああ、確かに甘い匂いがするもんな」
「はい。ですから、『生成系』の能力ではないのかも知れません」
「コロネの種族は?」
「人間種で間違いないようですね。『隠蔽』や『変化』、『変装』の類は使われていないようですし、そもそも、レベルの低さを見れば、『迷い人』であることは一目瞭然です。その辺りは間違いなく、人間種で確定でしょうね」
「なるほど……人間で、しかも低レベルで、物質具現化か召喚系スキルの使い手って可能性が高いのか。よく魔力がもつな? 正直、物質具現化なんて、メルが使ってるのぐらいしか見かけたことがないぜ?」
「生まれながらにして適性が高いのかもしれませんよ? そもそも、『迷い人』のかたでしたら、『特変スキル』のひとつも持っていてもおかしくありませんからね」
「ああ……そうだよなあ。オサムの『包丁人』もそれだもんなあ」
「はい。それに」
「それに?」
「わずかですが、この物体には状態異常を引き起こす効能が含まれているようです」
「まじか?」
「まじです。と言っても、わたしのチェックではどのような効能か、まではたどり着くことができませんでした。しいて言えば、『魅了』の効果に近いようなのですが」
「違うのか?」
「使用者への敵意の軽減が生じるのは『魅了』の効能に似ているのですが、どちらかといえば、この物体そのものへの興味関心意欲を高める、といった方が何となく正しい気がします……これが『魅了』だとすれば、このような『魅了』は見たことがありません」
「ふうん……怖えな。どうする? 目撃者に緘口令を敷いておくか?」
「さすがにそこまでは……それにオサムさんのお客さんでしょう? ギルドとしては歓迎の意を示す方向で話を進めていますし」
「ふうん。じゃあ、いいか」
「ええ。それにしても……」
「何だよ?」
「めずらしく、領主様としてのお顔をされていると思いまして」
「いや、だからな? 何度も言ってるが、適任者で貴族の位を持ってるのが、俺だけだから仕方なく『代行』をやってるんだからな? その『領主様』いうのはやめろ」
「事実ですから。そもそも『辺境伯』様のお願いですから、こうやって、特例扱いでギルドが動いているんですよ? 普通でしたら、誰であろうと、きちんと順番は待ってもらいますからね」
「いや、今回のは俺がというより、オサムの関係者だからだろ?」
「それもあります」
「だろ?」
「ですが、あの時でしたら、トライオンさんが口を挟まなければ、ピーニャさんはきちんと待つつもりでしたよ? お店の開店時間が遅れたら困るという口実で、無理やりお仕事を挟んできたのはあなたですよ?」
「う……だが、それは仕方なくないか?」
「はい。万が一、ギルドの責任で『塔』の開店が遅れた場合、苦情は殺到、『噂ネット』は炎上、その結果、私たちは残業、です。ですから、判断としては正しいと思います」
「ああ」
「ですが、それができたのもあなただから、というのもお忘れなく。周りでお待ちの方からどういった目で見られているか、ということも含めてです」
「……悪かった。次から気を付ける」
「わかればいいです。もっとも、王というのは慢心するものらしいですから、そういうのもアリかも知れませんが」
「…………いや、本当にすまなかった。あまり虐めないでくれ。てか、俺は王の器じゃない」
「ふふ、わかればいいですよ」
◆◆◆
『ねーねー、りでぃあ』
「ん? どうしたの?」
『にかいのちゅうぼうからいいにおいがする』
「それって」
『うん。たぶん、あたらしいりょうり。ふふふ、あまくっておいしい♪』
「……すぐ行く」
◆◆◆
「ねえ、ドロシー。どうだったか、な? 新しい子、は」
「うーん。そうだね、メイ姉。何となく、護ってあげたくなる感じ? 小動物っぽいというか。うん、どう見ても、私と同い年には見えないよねー」
「そうだ、ね。19歳と聞いてびっくりした、よ」
「なのです。コロネさんはかわいいのですよ!」
「いや、ピーニャ、ピーニャの方が見た目はかわいいからね? それこそ、どう見ても、ここのパン工房のトップには見えないもんねー」
「失礼なのですよ、ドロシーさん!」
「いや、だって、どこからどう見ても、お店のマスコットだよ? 店長って」
「うん、そのギャップが良いから、そのままでいて、店長、も」
「メイデンさんまでっ!?」
◆◆◆
「うまーいっっ!? エミールさん、何ですか、これは!?」
「ちょっとばかり、とある筋から流れてきた特注品をお預かりしたんですよ。まずはお客様の反応を見たいということで、数量限定で、お一人様、おひとつしかお譲りできませんけどね」
「いや! ぜひ、買わせてください! ちなみにお代はおいくらですか?」
「いくらでもいいそうですよ?」
「……はい?」
「今、味見しましたね? あなたならいくら付けるか? それも含めて調べているそうですよ」
「それでしたら……」
(商人がエミールに耳打ちする)
「うーん……ちょっと高すぎますね」
「そうですか? 私にはそのぐらい価値があると感じたのですが……」
「同量のハチミツ漬けよりも高くなる、と?」
「ええ。ハチミツ漬けも確かに美味しいですが、この商品は純粋な果物の味が凝縮されています。しかも、元の果物よりも保存が効く……そうでしょう?」
「そうですね。確かに、そううかがっています」
「はい。であれば、これを欲しがる人はいくらでもいますよ! レジーナ金貨3枚でも決して高くないです。何せ、王都の人々はこの町の味を求めていますからね!」
「わかりました。そちらは、関税の方も調整が必要そうですね。ですが、今日のところはもう少し値を下げてください。お譲りしてくださった方もあまり高価に扱われるのは望まれておりませんので」
「まさか、低価格で扱う商品にするおつもりですか!?」
「この町限定ですけどね。もちろん、安すぎる価格にするつもりもありませんよ? さすがに『教会』の『本部』が黙っていないでしょうしね」
「なるほど……確かにそうですね。わかりました」
(再び、ふたりがひそひそと話す)
「では、この値段で買わせて頂きます」
「はい。お買い上げありがとうございます」
◆◆◆
「あら、リディアさん」
「ん、エミール。私にもそれをひとつ」
「随分と耳が早いですね?」
「知ってたから」
「そうでしたか、では味見は?」
「不要。それと、値段はさっきのと同じでいい」
「わかりました」
「……」
「どうかしましたか?」
「エミールも大変」
「ふふ、まあ、仕方ありませんよ。この町にはカミュさんもカウベルさんもいますから、ある程度は抑えが効きますが、どこの組織にも馬鹿をする者がいるものですから。念のためです」
「何かあったら、教えて」
「え? リディアさんが動いてくださるのですか?」
「ん、ちょっと新しい仕事」
「それは助かります……はい、こちらが商品です」
「ん、コロ……あ、言っちゃダメだった。このお菓子も初めてだから楽しみ」
「リディアさん、気を付けてくださいな?」
「ん、注意する」
◆◆◆
「おい、聞いたか?」
「何がだ?」
「何か、パンに合う新しい食べ物が売りに出されてるんだと」
「え? どこの店だ?」
「『青空市』でだってさ。そういう話を聞いたぞ」
「せめて、店の名前も聞いておけよ……仕方ない、ちょっと調べてみるか」
「ああ。どうやら、噂が流れ始めてるみたいだしな」