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第17話 コロネの日常その3、スライムさんのお店

「あっ! おねえちゃん!」

「いらっしゃいませ、よく来てくれましたね」

「はい、また例のものを買わせて頂きたいと思いまして」


 エミールさんのお店から少し離れた場所にある、『すらいむさんのお店』だ。

 他のお店とは一風変わった商品を扱っているため、足を止めるお客さんも少ないんだけど、わたしにとっては、すごくすごく重要なお店なんだよね。


 その名の通り、お店をやっているのは人型をしたスライムさんの親子だ。

 お母さんスライムのベラさんに、息子スライムのボールくん。

 ベラさんの方が全身がピンク色をしていて、ボールくんは全身が青色をしている。

 そして、どちらも服を含めて、半透明の肌をしているのだ。

 種族としては『粘性種』と呼ばれるそうで、それがいわゆるスライムさんたちを示す名前になっているんだって。


 どうして、わたしがスライムさんたちと仲良くなっているかというと、それは『青空市』に初めてやってきた日に遡る。




◆◆◆◆◆◆


「うわあ、すごいねえ! 盛況だねえ」


 『ヘブレアデス・パーク』という名が刻まれた鉄ごしらえの門をくぐると、そこには活気のある市場が広がっていた。

 飛び交う呼び込みの声。

 啖呵売のようにして、声を枯らしながら熱くお客さんと値段のやり取りをする店主。

 大声に呼び寄せられるかのように、集まっていくお客さん。

 お店の前に立ち止まってくれるお客さんに対して、熱心に商品について説明する猫っぽい獣人のお姉さんがいるかと思えば、見た目は子供にしか見えない男の子が煙草をくわえながら商品を物色しては大量買いしていく光景があったり。

 とにかく、そこは見ているだけでわくわくするような熱気に包まれている場所だった。

 公園の中を区画ごとに区切って、市場として用いている感じだ。

 ただ、その分、お店同士の間隔が狭いところも多くって。

 どこもかしこもお客さんや商人さんでごった返しているから、通路を真っすぐ進むのも、慣れるまでは大変そうな感じなんだよね。

 わたしも、どっちかと言えば小柄な方だから、結構人混みとかは大変なのだ。

 特に、この世界だと、男の人も女の人も大柄な人も多いし。

 もちろん、小人みたいな人や、ピーニャのような妖精さんみたいな小っちゃい人もいるけど、でも、彼らもその辺は慣れたもので、すいすいと隙間を縫って歩いたり、低空飛行をしていたりして、上手に移動してるし。


 たぶん、初心者っぽいのは自分ぐらいだろうなって。

 わたしがそう思いながら、人が少ないところにひとまず避難したその時だった。

 露天商エリアの建物が閑散としていて、公園本来の林の部分まで入り込んでしまったところで、何とも言えない変な物体を発見したのだ。


「何だろう、これ?」


 木の根っこのところに、大きめで青くて半透明な丸いものがあった。

 わたしが両手で何とか抱えられるぐらいの大きさかな?

 おまけに、その丸いものは、どこかぷよぷよとしてして、ぶるぶると動いては、水のようなものを上へと出しているし。

 え、何これ?

 変わった形の噴水?


 わたしがそう思った時だった。


『……うぅぅぅう』

「えっ……?」


 どこからともなく聞こえてきたのを嗚咽のような声。

 ……というか、これ、たぶん、目の前の柔らかそうなおまんじゅうみたいな物体から聞こえてくるよね?

 えーと……もしかして、これって生きてるの?


 もうすでに、お店のアルバイトとかを通して、この『町』には様々な種族の人が暮らしているってのは知っていたけど、こんな謎物体は初めて見たから、ちょっとおどおどしていると。


『……うぇぇええん!』

「……もしかして、泣いてるのかな?」


 水みたいなものって、涙?

 どこが顔なのかも良くわからないけど、何となく放ってもおけなかったので、勇気を振り絞って、その謎の物体に声をかけてみた。


「大丈夫ですか? どうかしましたか?」

『――――!? うえぇんっ!?』


 びくっ! とおまんじゅうさんが反応したかと思うと、てっぺんの方がうねうねっと変形して、少し細くなったかと思うとその細い部分がわたしの方を向いた。


 ……もしかして、そこが顔なのかな?


『……☆●▽◆っ!?』

「あっ!? そっか! もしかして、これって……『モンスター言語』?」


 何かを言っているように見えるけど、何を言っているのかわからないのだ。

 これって、ピーニャとかにも教わったモンスター特有の言葉なのだろう。

 となると、どうしようか?

 今のわたしだと、何を言っているのかわからないよ。

 少なくとも、とっても困っていることだけは何となく伝わって来たけど。


「ねえ、わたしにもわかる言葉で話せる?」


 ダメ元でそう聞いてみた。

 すると――――。


「おかあさんとはぐれちゃった……おなかすいたよぅ」

「そうなの?」


 あっ! しゃべれるんだ?

 だったら、何とかなりそうかな。

 そう思って、色々と話を聞いてみると。

 この水まんじゅうを大きくしたようなモンスターくんは名前をボールっていうらしくて、種族はスライムさんだということがわかった。

 一応、モンスターの種族の一種なのかな?

 この時は詳しくわからなかったけど、後で詳しい説明を聞いて、それが正しい認識だとわかったんだよね。

 さて、このボールくん。

 わたしと同じで、今日初めて、この『青空市』へとやってきたのだそうだ。

 この『町』から外へ出て、少し離れたところにある『スライムの村』から、お母さんと一緒にやってきて、初めて目にする市場を楽しんでいたんだけど、いつの間にか、そのお母さんとはぐれてしまった、とそういうことらしい。

 ちなみに、見た目からはわからなかったけど、スライムとしては、まだまだ子供なんだって。生まれてから、数年ぐらいしか経っていないとも教えてくれた。


 うん。

 要するに、迷子ってことだよね。


「おなかがすいて、このすがたでうごけなくなっちゃったんだ……」


 何でも、スライムさんは身体を維持したり、動いたりする時にも魔法のエネルギーを使ったりしないといけないらしい。

 ボールくんも普段はここまでエネルギー不足で動けなくなったりしないらしいんだけど、今日は『町』に来るために、ちょっと別の姿に変身していたおかげで、気が付いたらガス欠になってしまったそうだ。

 そこまで話を聞いて、ふと思う。


「ねえ、ボールくん、スライムさんって、わたしたちが食べるようなものも食べられるの?」

「うん、たべられるよ。なんでもたべられるけど、『まち』のなかのものはかってにたべちゃだめって、おかあさんが」

「あ、そうなんだ」


 なるほど。

 いざとなれば、その辺の木とか土でも食べられるけど、『町』の中で勝手にそういうものを食べると罪に問われてしまうのか。

 市場には食べ物も売ってるけど、そっちもお金がないと買えないものね。


 うん、そういうことなら。


「『えい!』 はい、ボールくん、これを食べて」

「おねえちゃん……これ、なに?」

「チョコレートバーだよ。たぶん、木や土よりは美味しいと思うけど」


 『チョコ魔法』で取り出したのは、手のひらサイズのチョコレートバーだ。

 もしかすると、スライムさんには木とかの方が美味しいかもしれないけど、オサムさんやピーニャの話だと、モンスターさんもハチミツとかは好む傾向にあるって話だから、同じ甘いものなら大丈夫かな、って。

 少なくとも、空腹には効くんじゃないかな?

 カロリーたっぷりのチョコレートだし。


 わたしの言葉に、最初は少し戸惑っていたボールくんだけど、うにゅっと身体を触手みたいに伸ばしたかと思うと、そのままチョコレートを受け取ってくれた。

 で、どうやって、それを食べるのかと思ったら。


 うわわっ!?

 チョコレートを自分の身体で包み込んだかと思うと、咀嚼するような動きがあって、そのまま、じわじわとチョコレートがなくなっていくのが見えた。

 半透明な身体だから、わかりやすかったけど、何となく全身に消化吸収されていく感じなんだね?


 と、ぴょんぴょんとその場に飛び跳ねたかと思うと。


「なにこれ!? おいしいよ! おねえちゃん!」

「うん、それは良かったね……って!? ふえっ!?」


 笑顔を返そうとしたわたしの目の前で、人間の男の子の姿へと変化するボールくん。

 うわあ、すごい。

 三歳児ぐらい、かな?

 おまけに服まで、自分の身体で作れちゃうんだ?


「また、へんげできた! ありがとう、おねえちゃん!」

「あ、う、うん。良かったね、ボールくん。まだお腹空いてない?」

「うんっ! いまもらったもののおかげでおなかいっぱいだよっ! あんなすこしなのに、すごいたべものなんだねっ!」

「まあ、チョコレートだからね」


 雪山で遭難した時の切り札になったりとかもするしね。

 命をつなぐって意味なら、チョコレートはすごいんだよ。


「それじゃあ、ボールくんのお母さんを探しに行こうか」

「うんっ!」



◆◆◆◆◆◆



 後は、露天商エリアで、ボールくんを探し回っていたベラさんを見つけて、無事合流できたというわけだよ。

 幸いというか、ベラさんもスライムさんだから結構目立ってたしね。

 だから、周囲の人に聞きこんだら、割とあっさりと見つかったのだ。

 実はベラさんも露店を開きに『町』へとやってきていた、というのは驚いたけど。


 まあ、そのおかげで、このお店のことを知ることができたのだ。

 わたしにとっては、かなり重要な素材を売ってくれるこのお店を、ね。


 この『すらいむさんのお店』。

 品ぞろえは普通のお店とは大分変わっていて。


 例えば、並んでいる商品を見てみると。

 『すらいむのこな』、『すらいむのみず』、『すらいむのつち』、『すらいむのまく』などなどだ。

 粉だったり、水だったり、土だったり、膜だったり。

 正直なところ、ちょっと見た感じでは何に使うのかよくわからないものばかりで、そのせいか他のお客さんはほとんどいない。

 前に、陶器を作るからと言って、『すらいむのつち』を購入していった男の人がひとりいたかな? そのぐらいしか見かけていない。


 だけど。


「では『すらいむのこな』は四種類とも1袋ずつください。それと『水』と『膜』もひとつずつでお願いします」

「はい、お買い上げありがとうございます」

「おねえちゃん、いつもかいにきてくれるもんな」

「うん、これはわたしにとっては必需品だからね」


 笑顔のボールくんに対して、わたしも笑顔を返す。

 だって。

 この『すらいむのこな』って。

 原料によって、種類が四種類あるのだけど、それぞれが料理……お菓子作りには欠かせない素材なのだから。

 『すらいむのこな(純)』がゼラチン、『すらいむのこな(芋)』が片栗粉、『すらいむのこな(水草)』が寒天、そして『すらいむのこな(果物)』がペクチン。

 それぞれに近い性質を持った、れっきとした食材なのだ。

 これらは『粘性種(スライム)』が持っているスキルによって作ることができるんだって。

 最初に、芋から作った粉が片栗粉にそっくりなことに気付いて、それで慌てて、色々と試作してみたおかげで、そのことに気付くことができた。

 ちなみに、元は三種類しか店売りしていなかった。

 わたしがそのスキルのことを聞いて、試しに、市場で売っていたりんごを使って、同様の処理をしてもらったところ、ペクチンの粉を生成することができたのだ。


 おかげで(・・・・)、売り物に耐えうるコンフィチュールを作ることができたんだものね。

 このお店も『青空市』のお店だし。

 正直、あの時にボールくんと出会えたのは幸運としか言いようがないよ。

 会うたびに感謝されるけど、感謝したいのはこっちの方だもの。


「はい、どうぞ。少し量はおまけしておきましたよ」

「あ、いつもありがとうございます」

「こちらこそ。今までは薬師の方がお求めになることが多かったですから。お客さんが増えるのは大歓迎です」

「そうだよ、おねえちゃん!」


 うん、本当にありがたい話だよ。

 この調子で、作れるお菓子を増やしていこう!



◆◆◆◆◆◆


 そうコロネが決意している裏で、少しずつ、噂が広まりつつあることを、当の本人はまだ知らないのだった。

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