第1話 コロネ、闇狼と遭遇する
「えーと……どうしようか?」
『ガウ!』
そして、第一歩でいきなりつまづいてしまった。
いや、これについては、涼風さんに文句のひとつも言いたい。
どうして、気が付くと、森の中にひとりで立っているのか。
わたしが働く町というのはどこにあるのか。
周りを見渡すと、なぜ、普通の動物と違う、ちょっと変わった生き物が闊歩しているのか。
そして、なぜ、わたしはいきなり、その生き物に襲われそうになっているのか。
目の前にいるのは、大型バスぐらいの大きさの真っ黒い狼さんだ。
いや、狼さんなんて可愛らしいものじゃないね。
すごい迫力だもの。
なぜか、狼さんの身体を黒いもやのようなものが包み込んでいるけど、これって、ゲームの世界だからなのかな?
いや、そもそもが狼さんが最初じゃないし。
大きめな鋭い牙を持った豚みたいな生き物には体当たりされそうになったし。
実のところ、その豚さんが突進してこようとしているのを、狼さんが横からその豚さんを攻撃してくれて、それで助かったりもしている。
まあ、今の状況から考えて、助かったかどうかは微妙だけど。
この真っ黒な狼さんにとって、わたしもあの豚さんもどっちもただの餌にしか見えないのかも知れないし。
びっくりした豚さんが逃げて行ってしまったおかげで、この場には、わたしと狼さんしかいない。
これ、どんな赤ずきんちゃんなんだろう?
せめて、おばあさんの家に着くまでは待ってもらいたいものだよ。
『ガウ!』
「あ、ちょっと待ってね?」
『ガウ!』
あれ? ちょっと待ってくれるんだ?
うん。
少し落ち着いてきたよ。
あ、そういえば、涼風さんに言われたことがあったんだっけ。
この世界はゲームだから、スキルとかステータスってものが存在するのだそうだ。
『それは『ツギハギ』が別のゲーム世界と繋がったのが理由だよ。『ステータスシステム』がそのまま、反映されてしまったんだ。おかげで、私もその辺りの定義については改めて研究のしなおしでね。まったく……興味深い世界だとも』
うん。
よくわからないけど、そういうことらしい。
そもそも、わたし、ゲームをしたことがないし。
一応、涼風さんから説明を受けたけど……今のわたしの身体って、自分の強さが数値として確認できる、ってことだよね?
それが『ステータス』。
そして、『スキル』っていうのは、『特殊能力』のようなものらしい。
現実ではありえないけど、ゲームだと、そういうのが当たり前なんだって。
特にわたしの場合は、涼風さんが言っていたけど。
『コロネ、君の場合は『スキル』がより強い物になる可能性が高い。今回のケースは『原因』と『結果』がはっきりしているからな。ならば、『奪われたもの』が『補填』されると考えられる。まあ、なんだな……現実で君が受けた不幸の分だけ還元されたとでも思ってくれればいい』
そういうことらしい。
それを聞いた時は、きょとんとしてしまったけど。
ともあれ、狼さんが様子を見てくれている間に、自分の『ステータス』と『スキル』の方を確認してしまおう。
どれどれ……?
名前:コロネ・スガ
性別:女
年齢:19
種族:人間種
職業:パティシエ(魔法のパティシエール)
レベル:1
スキル:『チョコ魔法』『パティシエール』『自動翻訳(基本)』
★チョコ魔法
魔力を消費することでチョコレートを生み出すことができる魔法。
★パティシエール
『魔法のパティシエール』の職業スキル。お菓子職人として必要なものを魔力と引き換えに、手元に呼び寄せることができる。
★自動翻訳(基本)
他言語を『共通言語』に翻訳する。各種族の特殊言語などは翻訳できない。
「えっ……?」
『ガウ!?』
「あ、ごめん、ちょっと待ってね?」
狼さんが、『まだー?』って感じで促してくるけど、わたしも少し混乱中なのだ。
えーと。
涼風さんは自分の能力を数値として把握できる、って言ってたけど、『ステータス』を見る限り、それがわかりそうなのは『レベル』の項目だけだろう。
ちなみに、わたしはレベル1。
うん、一番低そうなレベルだね。
たぶん、この状態で、目の前の狼さん相手にどうこうできるって感じじゃないよね?
どうすればいいんだろう?
『スキル』を使えばいいのかな?
でも、この『スキル』って……。
チョコレートを生み出す能力と、お菓子職人に必要なものを呼び寄せる能力?
これ、料理に役に立つだけの能力だよね?
それに、自動で翻訳してくれる能力のようだ。
もっとも、翻訳も狼さんの言葉までは翻訳できないようで、結局、役には立ちそうもない。
「えー……これ、どうすればいいの?」
『ガウ!』
「ごめん、狼さん、もうちょっと考え中」
『ガウ……』
狼さんがどこか悲しそうな声をあげたけど、困っているのはこっちの方だよ。
仕方ない。
とりあえず、『スキル』ってやつを使ってみようか。
「ええと、どうすればいいんだろ? 『チョコ魔法』……? あっ!? 出たっ!?」
わたしの『チョコ魔法』という言葉に合わせて、手をかざした前方、何もない空間から突然、一口大のチョコレートが生まれたのだ。
ボンボンチョコレートのような丸いチョコ。
――――と。
ぽとりと地面に落ちたチョコレートを狼さんが食べてしまった。
『ガウッ!?』
食べた途端に、どこか驚きの混ざった声をあげる狼さん。
――――って、あれ?
目がなんだか、ハートマークみたいな感じになってない?
「――――って!? ちょっと待って!?」
『ガウッ!』
勢いの良い体当たり。
からの、わたしの身体をその大きな舌で嘗め回すような感じ――――って、ちょっと待って!?
食べられる、というのとは別の危機感から、必死に抵抗しながら。
「ああもぅ――――! 『チョコ魔法』っ!」
ありったけの全力での抵抗。
それがたぶん、『チョコ魔法』を使おうとしたことで、わたしの必死さと魔法が呼応したのだろうか。
「――――えっ!?」
ふと我に返ると、空中に、わたしと狼さん、それらの塊よりもずっとずっと大きな液状のチョコレートが波打っているの見えて。
あっ。
狼さんをチョコレートでコーティングしちゃえ、とか一瞬思っちゃったかも。
そのまま。
わたしと狼さんの身体へとチョコレートが落ちてきて。
それを最後に。
わたしはそのまま意識を失った。