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第15話 コロネの日常その1、朝のパン屋のアルバイト

「お待たせしました。ダブルバーガー3個です」

「おう、あんがとな。どうだい、コロネちゃん、この後――――」

「はいはーい。売り子さんに触れないでくださーい。いちいち口説かないでくださーい。てか、せっかく即戦力の子が入ってくれたんだから、変なことしたら、ど・お・な・る・か・わかるよねっ!?」

「ひいっ!? 悪かったって、ドロシー!? 勘弁してくれぃ!」

「うんうん、じゃあ、お出口はあっちねー」

「ありがとうございましたー」


 ひぃひぃと悲鳴をあげながら去っていくおじさんにお辞儀をして見送る。

 一応、お金を払ってパンを買っていってくれるお客さんだものね。

 今、わたしがいるのは『塔』の1階にあるパン屋さんだ。

 このゲームの世界にやってきてから、かれこれ二週間が経過した。


 初日こそ、オサムさんの勧めでチョコレートケーキ(ガトーショコラ)を作ったけど、まだちょっとわたし自身、こっちの世界に慣れていないということもあって、しばらくお仕事はアルバイトだけにしぼって、空いた時間でお菓子を試作したり、町を探索したりして過ごすことになったのだ。


 アルバイトは1日7時間。

 朝は9時から12時まで、今みたいに1階のパン屋さんで売り子。

 夜は16時から20時まで、オサムさんのお店で給仕。

 それ以外の時間は自由に使える感じかな。

 仕事の内容は朝も夜もどちらも、ウェイトレスのお仕事だね。

 なので、フリル付きのちょっとだけ可愛らしい制服を着ている。

 うーん。

 前のお店だと、どちらかと言えばシックな制服を着ていたので、ちょっと照れ臭いような、自分からは恥ずかしくて着れなかったけど興味はあったから嬉しいような、何となく複雑な心境ではあるよ。

 まあ、数日で慣れたけど。

 周りもみんな平然としてるから、それでってところもあるね。


 もっとも、さっきのお客さんみたいにモーションをかけてくる人もいるから、その辺は今まで培った接客スキルと笑顔で回避したりもしてたんだけど、やっぱりしつこい人もいるわけで。


 と、横にいた女の子と目が合った。

 わたしと一緒のウェイトレスの制服に身を包んだ、赤毛で三つ編みの女の子。

 名前はドロシー。

 うん。

 今もドロシーが助け舟を出してくれたんだよね。


「ありがとう、ドロシー」

「ふふっ、いいのいいの! 本当に、コロネってばちっちゃくてかわいいんだから、コロネが怒ってもあいつらにはご褒美にしかならないもんね。そこはドロシーちゃんの出番だって」

「ちなみに、今は何したの?」

「ふふふっ、ちょっとばかり、悪戯系の呪いをね♪ 今、ちょうど、新製品の実験中なんだー。小一時間ほどで治ると思うけど、それでもダメなら後で私のお店まで来てくれれば、呪いの解除をしてあげる、ってね」

「ドロシー、お客さん相手に『魔女の呪い』をかけちゃダメだ、よ?」

「大丈夫だよ、メイ姉。子供向けの簡単ないたずらだもの。大した呪いじゃないって」

「パン工房の品位を下げるような真似はやめなさいと言っているんだ、よ」

「はーい」

「まったく……コロネは真似しないように、ね」

「あ、はい、メイデンさん」


 そう、『魔女の呪い』だ。

 同僚でもあり、わたしとも同い年ということもあって、すっかり仲良くなったドロシーだけど、その正体は実は魔女さんなんだって。

 わたしも最初に知った時はびっくりしたよ?

 こっちの世界って普通に魔女さんがいるんだね。


 もっとも、魔法を使える人が多いみたいだから、そこまでめずらしくはないのかも知れないけど。

 一応、わたしも『チョコ魔法』を使えるしね。

 そう考えると、わたしも魔女って言えなくもないのかな?

 魔法を使える女性だし。


 ただ、困ったお客さんってだけで呪いとかを使うのはどうかなあ、と思うけど、意外とドロシーのやってることを本気で怖がってる人っていないんだよね。

 お店に来ていた他のお客さんも『あれはあいつが悪い』って感じで笑ってるし。

 一応、ドロシーの言う通り、呪いって言っても、ちょっとしたいたずらに毛が生えた程度のものみたいで、二時間ぐらいすれば解けるようになってるらしい。

 もっとも、メイデンさんからはきっちりとお叱りを受けてたけど。


 このパン屋さんのチーフウェイトレスのメイデンさん。

 わたしとドロシーが先輩後輩関係だとすると、ふたりの上司って立ち位置の人だね。

 艶のあるブロンドヘアをなびかせて歩くさまは、気品のようなものを感じさせる。

 どことなくお嬢様という言葉が良く似合う雰囲気の人だ。

 ただ、少し残念なのは前髪も長めにしているせいか、綺麗な両目が隠れてしまっているところだろうか。

 一度だけ、メイデンさんの瞳を見たことがあるけど、澄んだ海の色、というか宝石で言うところの蒼玉(サファイア)のような眼をしていて、本当に等身大のお人形さんのような印象を受けた。

 だから、瞳を隠しているのはもったいないなあ、とは思ったよ。

 たぶん、素顔を見せれば、もっとお客さんから人気が出ると思うのに。

 でも、真面目で面倒見のいい、とってもいい人だよ。

 もちろん、それはドロシーも一緒だね。

 新しい職場が良い職場で本当に良かったと思ったしね。


「でも、コロネも大分慣れてきたよねー。最初の頃はいちいちお客さんを見てびっくりしてたでしょ?」

「だって、わたしがいたところって、お店に人間しか来なかったもの」

「そうだ、ね。ドロシーはそう言うけど、人間種しかいない町からこの町に来たら、普通は驚くんだ、よ? 私も最初はそうだったもの、ね」

「あ、メイ姉もそうだったっけ? まあ、そうかもねー。私の場合、周りに人間の方が少なかったもん」


 お仕事を始めて以来、暇な時や仕事終わりなどで、こっちの世界について色々と聞かせてもらったんだけど。

 それでわかったことがいくつかある。


 まず、今、わたしがいる町。

 この町は『サイファートの町』という名前で、『中央大陸(セントラル)』と呼ばれている大陸の東の端に位置するところにあるのだそうだ。

 別名が『東の辺境』。

 あるいは、『東の最果て』と呼ばれたりもするらしい。


 特徴としては、とにかく周囲の土地を闊歩しているモンスターが強いこと。

 近くに徒歩で行けるような村や町がほとんど存在しないこと。

 ある意味で陸の孤島のような場所であること。


 そういう感じの場所なのだそうだ。


 そのため、町の住人も冒険者の比率が高いのだとか。

 逆に言うと、冒険者でもなければ、あまり訪れるような場所にない、と。


 最初、それを聞いた時、ちょっと首を傾げてしまったよ?

 だって、辺境で陸の孤島っていう割には、町の規模も大きいし、随分と栄えている気がしたものね。

 町の外とはあまり交流がないにしては、毎日のようにバザールのような市場が立ったり、新鮮な食べ物がお手頃価格で手に入ったり、流通自体がそこまで滞っているような雰囲気もなかったし。


 ただ、詳しい話を聞けば聞くほど、不思議な町だとは思った。

 前にわたしが行った『果樹園』。

 あそこで野菜とか果物の多くは栽培されているし、その他にも町の至るところで畑があったりとか、放牧地があったりとか。

 かと思えば、町の外れに大きな森があったりとか、対岸が見えないほどの湖があったりとか、それらが町の外壁の内側にあったりとか。

 冷静に見ると、この町の外壁って、どのぐらいの長さがあるのかな? って思うし。

 中央の『塔』の高さも大概だったけど、下手をすると万里の長城って感じだもの。

 

 細かいことは気にしない性格のわたしだけど、それでも『ちょっと待って!』と思うところしきりだ。

 まあ、あくまでゲームの世界ってことだし、辺境にしては随分と栄えている、ぐらいに考えていた方が無難なのかも知れないね。


 話を戻すと。


 こっちの世界は国によって、種族人口の比率がまちまちなのだそうだ。

 わたしやドロシーのような『人間種』。

 ピーニャのような『妖精種』。

 『果樹園』で出会ったガーナさんのような『獣人種』。

 植物などが進化した『樹人種』。ここにはエルフなどが含まれるんだって。そっちは夜のアルバイトで親しくなったエルフの女の子から教えてもらった。

 そして、この町の『職人街』などでよく見かけるドワーフなどは『小人種』だね。

 他にも、わたしは会ったことがないけど、色んな種族があるらしいよ?

 『竜種』とか、『精霊種』とか、あ、そうそう、こっちに来て、わたしが最初に出会った(ウーヴ)さんは『魔獣種』の『狼種』になるんだって。


『詳しいことは、学者とか、図書館の司書に聞いた方がいいぞ』


 分類が多くて面倒くさいから、とオサムさんは言っていたかな?

 うん。

 さすがにいっぺんに言われても覚えきれないものね。


 もう一度話を戻すと。


 こっちの世界は国によって、主要な種族が偏っている場合が多くて。

 『人間種』が主体の国があれば、『獣人種』ばかりが集まる国もある、と。

 メイデンさんの出身国は『人間種』主体の国で、ドロシーが生まれたところはその逆で人間がほとんどいないところなのだそうだ。

 だから、同じ人間でも感覚や認識にずれが生じるというわけ。


 とりあえず、この『サイファートの町』はちょっと変わっている町だってことで間違いないみたいだけどね。

 ある意味、種族のるつぼ、って感じで。

 ドロシーに言わせると。


「おおよそ、町にいない種族ってないんじゃないかな? そのぐらいは色々なところから移り住んだ人が入り混じってるからねー」


 私もそのうちのひとりだよー、とドロシーが笑う。


「まあ、だから嫌でも慣れるってこと! まだ二週間ぐらいだけど、コロネだってもうそんなに驚かなくなってきたでしょ?」

「うん、そうだね」

「ね? 接客業だから、スマイルスマイル」

「だから、どっちかと言えば、ドロシーの『呪い』の方が問題なんじゃないの?」

「えー、でも、あれも私のチャームポイントだよ?」

「そんなチャームポイント、いらない、よ」


 そんなこんなで、たまに雑談しながらもパン屋のお仕事を頑張っているよ。

 やっぱり働くのって楽しいものね。

 わたしの場合、特にそう思うよ。

 だから、今日も一日、笑顔で売り子を頑張るよっ!


「いらっしゃいませ。本日はダブルバーガーが割引ですよー」

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