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ちょこっと! パティシエ少女は異世界でおどる  作者: 笹桔梗
第1章 はじまりはじまり編
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閑話:闇狼、町への道のりを急ぐ

『――――不覚だ。俺ともあろう者が何たる(ざま)だ』


 そう、モンスター言語でぼやきながら、サイファートの町を目指して、森の中を一直線に疾駆する存在がひとつ。

 大きさは現実(異世界)でいうところの大型バスぐらいの巨躯。

 その全身に闇を纏った狼が、彼という存在である。


 『闇狼(ダークウルフ)』のウーヴ・ドレスネグロ。


 この辺りでは、知らぬ者がいないほど存在で、その脅威……いや、暴威についてはわざわざ説明をするまでもないほど、である。

 曰く、『災害』。

 曰く、『歩く理不尽』。

 冒険者ギルドが掲げる危険度レベルでも、文句なしで最上位のAクラスに位置し、他の土地であれば、間違いなく討伐部隊が組まれるか、あるいはあえて刺激せず、ただただ、その暴威が去るのを身を潜めて待つか、悩ましい決断にギルドが苦しめられる。

 それが『闇狼(ダークウルフ)』という種なのだ。


 そんな彼が、なぜか今は(おのれ)の不覚を恥じていた。

 おそらく、人間であれば、はっきりと赤面しているであろうほどの羞恥に身を焦がしながら、彼はただ町へと向かっていた。

 その背にはひとりの少女が乗せられている。

 疾走しつつも、大切なものが壊れないような丁寧さを伴った走り。

 それは、ひとえに彼女を背中から落とさないためでもあった。


 己にとっては『弱き者』に過ぎない少女。

 だが、その少女は『弱き者』であるにもかかわらず、己の誇りに傷を付けた、と。

 そう、彼自身が感じていたからだ。


『産まれたての赤子のような存在が、俺を不覚に陥らせた、か』


 少女との遭遇から今に至るまでの経緯を思い出し、何が起きたのか思考する。

 『弱きモンスター』に襲われていた『弱き者』を助けたのは、『町』と交わした約定に則ってのことだ。

 なので、ウーヴにとって、それは当たり前のことで日常の一コマに過ぎない――――はずだったのだが。


 次の瞬間、何か起こったのか。


 今となっては、何が起きたのか、ウーヴ自身もはっきりと理解していた。


『状態異常……だな』


 間違いない。

 少女が『魔法』らしきもので生み出した、黒くて小さな欠片。

 その匂いを嗅いでしまった瞬間から、自制が利かなくなってしまったことを振り返る。

 まるで、高レベルの『夢魔種』が使ってくる魅了(チャーム)のような。

 だが、とそこまで考えて、ウーヴは首を捻る。


『『魅了系』の能力とて、俺であれば、それと気付けば退けることができる』


 にも関わらず、少女の出した黒い欠片。

 その誘惑には抗し切ることができなかった。

 あれは、ウーヴにとっては、甘くかぐわしい危険な毒だ。

 欠片自身が『自分を食せ』と言わんばかりの強制力。


 嗅覚には自信があっただけに――――いや、だからこそ、か?


『ふむ……狼種の弱点とも言える能力か?』


 幸いというか、大量に降ってきた黒い液体、それをウーヴが食したことで我に返ることができたのだが、時すでに遅く。

 護るべき『弱き者』は、ウーヴの目の前で倒れ果てていた。


『……思い起こしても、恥以外の何物でもないな』


 最低レベルの者に状態異常を引き起こされた不覚。

 危険信号が脳裏によぎったにもかかわらず、抵抗することができなかった不覚。

 そして何より、我を忘れて、護るべき『弱き者』に襲い掛かってしまったことへの不覚。

 それらが、ウーヴの自尊心をえぐる。


 そんな感情の中で、ひとつだけ確かなことがある。


『この『弱き者』は認めてやらねばならないだろうな』


 偶然。

 あるいは、単なる相性の問題であったかもしれないが、この少女は確かに『最強種』の一角であるウーヴに対して、傷を与えたのだ。

 それも、最弱のレベルの状態で。


 それがどれほどありえないことであるかは、この世界に馴染んでいる者ほど、よくわかる。

 おもちゃの剣で『竜種』の鱗を切り裂くような。

 そんな荒唐無稽な出来事。

 それが、ウーヴの身の上に起きたのだから。


『少し(しゃく)ではあるが、報告せねばならぬだろうな』


 そうつぶやいて、ウーヴが頭に浮かべるのは軽薄な態度を崩さない当代の王。

 魔王たるが、そのような体たらくでどうするのか。

 威厳の欠片もないその姿はウーヴの好みではないので、好き好んで従う義理もなければ、恩義もない。


 そんな男のことを想像の中で、ふん、と鼻で笑って。


『俺としたことが柄でもないな。このような雑事は他の者に任すとしよう。まあ、もっとも――――』


 そこまで口にして、思わず、ごくりと喉を鳴らして。


『先程の黒い欠片。それが毒であれ、何であれ。また機会があれば、味わってみたいものだな。今、思い出しても、あれは間違いなく美味かった』


 下手をすれば、今、ウーヴが約定と引き換えに受け取っている食べ物よりも。

 それを生み出せるのが、この少女というのであれば。


 それはつまり。


『この娘が個人として、俺と約定を結ぶだけの理由がある、ということだな』


 ふふん、とウーヴが笑う。

 そうして、まずはこの娘を『町』まで送り届けることが先決だと思って。

 そのまま、ウーヴにとっては安全運転のつもりの高速移動で『サイファートの町』への道のりを急ぐのだった。

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