第14話 コロネ、試食をしてもらう
「オサムさん、ピーニャ、味見してもらってもいいですか?」
そう、わたしがふたりに食べるのを促そうとしたその時だった。
厨房の中に、チリンチリンという鈴が鳴ったような音が響いて。
「おっ?」
「お客さんなのです?」
オサムさんとピーニャがそれぞれ、鈴の音に反応したかと思うと。
いつの間にか、真っ白な服を着た女の人が入り口の扉の前に立っていた。
えっ……と?
今、わたし、そっちの方向を向いていたよ?
あれれ? 厨房の入り口の扉って、開いてなかったよね? あれ?
「ん、良い匂いに釣られてきた」
「おいおい、リディア。今はもう店じまいの時間だぞ? それにお前さん、さっき散々飲み食いしてたじゃないか」
「それはそれ、これはこれ」
えーと……?
あっ! そうだ!
今のオサムさんの言葉で思い出したよ。
この人、さっきもお店でごはんを食べてた人だ。
わたしも給仕のお仕事中に、何度となくテーブルまでごはんを運んだ記憶があるもの。
というか、見た目はモデルさんみたいな長身のスレンダーな姿なのに、かなり長い間食事をしていて驚いたのだ。
衣装も白一色のドレスだし、髪の毛も雪のように真っ白な長髪だしね。
目だけはルビーみたいに真っ赤だから、何となくだけど冬の国のお姫様というか、うさぎさんが人間っぽくなった感じというか、そういう印象は受けたよ?
「わたしも味見したい」
「いや、あのな?」
「必要なら、お金は払う。遠くまで食材を採りに行ってもいい……だめ?」
「はぁ……なあ、コロネ。このケーキ、俺たちだけじゃなくて、こいつにも食べさせてやってくれないか? リディアって言うんだが、色んな意味でうちのお得意さんでな。こいつがいるおかげで助かってる部分もあってな」
オサムさんによれば、この女の人……リディアさん。
何でも、腕の立つ冒険者さんらしくて、このお店のためにめずらしい食材とかを色々採ってきてくれる人なのだそうだ。
おまけに、さっきわたしも目にした通り、すごくごはんを食べるらしくて。
それで常連客のひとりでもあるのだとか。
「何せ、ついた二つ名が『大食い』だからなあ。たぶん、こっちの世界でも食に関するこだわりなら、並ぶものがいないんじゃないか? さすがにコロネがチョコケーキを作った途端に、それを嗅ぎつけてきたのには俺もびっくりしたがな」
「ん、独自のネットワークがある」
そう言って、無表情のままで胸を張るリディアさん。
何となく、感情が希薄な人なのかな? って感じるね。
でも、その静かな視線から『食べたい』『食べたい』って意思が、こちらまではっきりと伝わってくるからすごいというか。
うん。
別に味見する人が増えても問題ないもの。
むしろ、このケーキを三人で食べる方が大変だったろうしね。
わたしを含めて三人とも、もう『まかない』でごはんは食べ終わってるから、そこまでお腹が空いてないんだよね。
それに、オサムさんが詳しい説明の際に、『こっちの人』って言ったから、たぶん、このゲームの中の人だろう。だったら、リディアさんにもぜひ味を見てもらいたい、というのはある。
ピーニャは前にチョコレートを食べた時、喜んでくれたけど、他の人だとどうなのかは興味があったから。
「いいですよ。リディアさんもぜひ味見してください。それで感想を教えてくださいね」
「ん、わかった」
ケーキを食べやすい大きさに切り分ける。
そして、それをそれぞれお皿に乗せて、フォークを添えて、準備オッケーだ。
いつの間にか、オサムさんがハーブティーのようなものを用意してくれたので、味見というよりもちょっとしたお茶会だよね。
「早速、いただくのです……もぐ……もぐ……ふわぁ♪」
あ、ピーニャが身もだえしながらとろけた。
前にボンボンチョコを食べた時よりも反応がいいね。
それを見て、どこか嬉しくなる。
「すごいのです、コロネさん! それにチョコレートって、ただ甘いだけじゃないのですね!? 色んな味がするのです!」
「うん。このケーキには、スモーキーなチョコとフルーティーなチョコを使ってるからね。風味の違いがくっきりとわかるでしょ?」
一口にチョコレートと言っても、カカオが採れる場所によって、大分風味が左右されるんだよね。
一時期は、味の統一を重視して、複数の産地のカカオを混ぜることでファクトリーごとに味の均一化を図っていたんだけど、ここ数十年は個々のカカオの風味を味わえるようにするのが主流になりつつある。
うちのショコラティエ部門でも、店長の判断でビーントゥバーのチョコレートを自作するようになったしね。
本当に豆に個性があって面白い。
カカオだけなのに、果物の風味を感じさせるものもあったりするしね。
「美味いな。風味もそうだが、苦みと甘みのバランスも絶妙だ。そうだ、コロネ、お前さんの能力だと、ミルクチョコも出せるんだな?」
「みたいですね。パウダーも出せましたし、チョコレートに限って言えば、かなり融通が利くみたいです」
「大分魔法を使ったようだが、疲れはないか? 立ちくらみとかめまいとかはどうだ?」
「種類は出しましたけど、量は程々でしたからね。このぐらいなら大丈夫みたいです」
オサムさんが心配してくれたけど、わたしが気絶した時は大型バスぐらいの大きさの狼さんを包み込めるぐらいの量だったものね。
さすがにケーキを1台作るぐらいの分量なら問題ないみたいだ。
「なるほどな。ふむ……ということは能力だけでも、それなりのチョコレートは扱えるってことか」
「そうですね」
それを聞いて、何やら考え込んでいるオサムさん。
何を考えているのか、わたしも気になっていると。
「ひえっ!?」
不意に、後ろからリディアさんに抱きつかれた。
わたしに上から負ぶさるような感じで、首筋から手を回されて密着状態になってしまった。
ひゃあ!? リディアさんの肌、ひんやりしてる。
それに、スレンダーに見えたけど、胸もけっこうあるなあ。
柔らかい感触が背中に伝わってくるよ。
「コロネ」
「は、はい?」
「甘い、苦い、くにゃっとしてる、溶ける、なくなる、美味しい」
「は、はあ、それはどうも、ありがとうございます」
「びっくりした。こんな食べ物初めて食べた」
言いながら、リディアさんの腕の力がぎゅっと強くなる。
何となく、熱のようなものを感じるよ?
少しだけこわい気もするけど。
「オサムから、コロネが新しい料理人だと聞いた。コロネが得意なのは甘いもの?」
「そうですね。甘いもの……お菓子全般が得意料理です」
頷きながら、内心では『うわ、全般って言っちゃった』とかこっそり思う。
たぶん、店長が聞いてたら、笑いながら小言を言われるだろうね。
『まだまだ、十年早い』って。
それでも、今のわたしでも頑張れるのなら、この『熱』に応えたかったのだ。
『熱』というか『飢え』かな?
「ということは、もっと色々作れる?」
「はい。チョコレート以外の材料があれば」
チョコレートなら、自分の『魔法』で出せるけど、それ以外の材料についてはそうはいかない。
今日も、チョコレートケーキが作れたのも、チョコ以外の食材をオサムさんが持っていてくれたからだもの。
小麦粉に砂糖、ハチミツにたまご、あとバターも。
それらがなければ、わたしにできるのはチョコレートを生み出すことだけだ。
そのことを伝えると、リディアさんが頷いて。
「ん、そういうことなら任せて」
「えっ……?」
「大丈夫。わたしは美味しいものの味方」
だから手伝う、とリディアさん。
「はは、良かったな、コロネ。早速パトロンがついてくれたぞ?」
「なのです。リディアさんなら安心なのです。頼りになるのですよ」
「ん、お任せ」
「あ、はい。よろしくお願いします」
何だかよくわからないけど。
お菓子造りを手伝ってくれる人が増えた、ってことでいいのかな?
「ところで、コロネ……残りのも食べていい?」
「あ、はい、どうぞ」
一応、オサムさんとピーニャの方も確認して、問題なさそうなので残りのケーキはリディアさんにあげた。
「ん、美味しい♪」
嬉しそうに、それを頬張るリディアさんを見ながら。
ここでの新たな日々に胸を膨らませながら。
こうして、わたしの新生活一日目は過ぎていくのだった。