第12話 コロネ、厨房へと赴く
「でも、オサムさん、最初に断っておきますけど、わたし、さっきのオサムさんと同じような動き方とかはできませんからね」
「はは、別にそういうところは見ないから、気にしなくていいさ」
同じことをやれとは言わない、とオサムさんが苦笑する。
「あれはやむなく身につけたものだしな。色々と無茶振りに対応するはめになって、それによって磨かれたもんだ。本当はじっくりと腰を据えて料理したいんだが、それが許されない空気ってものもあってな。だから、コロネは気にしなくていいぞ」
「そうなんですね?」
「…………」
「えっ?」
「ははは、慌てず、自分のペースで頑張れってことさ」
えーと……?
一瞬、オサムさんが何だか、不穏当なことをボソッと言った気がしたんだけど。
うん。
気のせいだよね? たぶん。
ま、まあ、ちょっと怖くなってきたから、聞き返すのもあれなので。
改めて、このお店の調理場をチェックする。
うん。
ここの厨房ってすごいねえ。
設備的なものは、わたしが今までいたパティスリーに匹敵するレベルのものがそろっているようだ。
そのうちのひとつの機材を指さして、オサムさんに尋ねる。
「オサムさん、これって、オーブンですよね?」
「ああ。まあ、向こうの電力のオーブンと少し違うからな。今のコロネだと、火魔法のマニュアル操作が難しいだろうから、オートでの定温調理でしか使えないだろうが、普通に使う分には問題ないさ」
「……え? 火魔法?」
「はは、覚えておくと便利だぞ? 興味があるのなら、暇なときにでも魔法屋を訪ねてみるといい。色々と相談に乗ってくれるはずだ。コロネに適した魔法とか、見繕ってくれるだろう。もっとも、先立つものも必要だがな」
「あー、やっぱり、そうなんですね」
魔法を料理に使う、って話にはちょっと興味があったけど、当然というか、やっぱりそれなりにお金は必要なんだね。
今のわたしにはちょっとハードルが高いかなあ。
しばらくは、オサムさんのお店で働いて、給金を貯める必要がありそうだよ。
ともあれ。
オーブンの他にも、色々と周囲にある機材について、オサムさんから説明を受ける。
それによると、基本的にこっちの世界の場合、電化製品っぽいものはすべて、電力ではなく、魔力によって動くように作られているのだそうだ。
動力となるのは、魔晶石や魔石と呼ばれる魔力を蓄えた鉱石のようなもので、それを綺麗にカッティングすることで、電源のような役割を与えているとか何とか。
「まあ、細かい理屈に関しては理解しなくてもいいぞ? いきなり魔力って言われてもピンと来ないだろうしな。俺はかれこれ、こっちで過ごして数年になるから、それで慣れてるってだけだからな」
「なのです。魔晶系アイテムの加工などは、ピーニャもできないのです。そういう難しいところは技師さんにお任せなのです」
そういうものらしい。
要は、魔晶石=電池代わりの石、という認識であればいいって。
『塔』で使っているものは、電池というよりも簡易発電機みたいなものらしいけど。
うん。
まあ、その辺はよくわからないから、いいや。
わたしにとっては、この設備ならケーキなども焼くことが可能だ、ってことがわかればそれで十分だしね。
引き続き、オサムさんに、今残っている食材についても見せてもらう。
小麦粉は一応あるみたいだね。
オサムさんが見せてくれたのは、タイプの違う複数の小麦粉だ。
今日も、てんぷらの衣として使ったり、うどんみたいなものも作っていたみたいだから、配合差を変えた小麦粉がいくつもあるのは、何となくわかってた。当然、薄力粉寄りの小麦粉もあるね。
ただ、ちょっと気になったのは粉の状態かな。全体的に少し粗いというか。
明らかに不純物が残っているものもあるし。
疑問の表情を浮かべて、オサムさんの方を見ると。
「ああ、やっぱり、コロネもわかるか?」
「はい。オサムさん、これ、小麦粉の処理が甘くないですか?」
粉の状態が悪い。
でも、さっき『まかない』として頂いたてんぷらはもっと洗練されたものじゃないと作れない気がするんだけど。
その辺りが違和感だったのだけど、そんなわたしを見て、オサムさんは笑って。
「まあな。俺が店で使っている分は、最後に風魔法による処理を施しているからな。今、コロネの目の前にあるのが、こっちの世界で言うところの普通の小麦粉ってやつなのさ」
「魔法で?」
「なのです。オサムさんの小麦粉は特別なのです。風魔法の上級が必要なので、他のお店では中々真似できないのですよ。だから、お客さんがいっぱい集まるのです」
「自分でやるならまだしも、術師に頼むと人件費が馬鹿にならないからな。単純に、金儲けをするには割りに合わないやり方なんだよ」
うちの店だとお手頃価格で出してるけどな、とオサムさんが苦笑する。
なるほど。
真面目に適正価格にしようとすると、ちょっとその辺の人たちが気軽に食べられる価格を大幅に上回ってしまうのだとか。
「ということは、オサムさんは儲けることは考えてないんですか?」
「心配しなくても、別のところで利益は出てるのさ。だから、その分、こういうところで馬鹿なことができるってわけだな。まあ、そういう話はいいさ。要は、コロネの場合、まだ自力で小麦粉の処理はできないだろ? だったら、市販の小麦粉を使うしかないってことさ。それが今、目の前に並んでいる小麦粉だな」
うん。
オサムさんが言いたいことがよくわかった。
つまり、これがこっちの世界の一般的な小麦粉ってわけだね。
もしわたしがオサムさんと同じ小麦粉を使いたいと思ったら、その『風魔法』ってやつを高レベルで修めないといけない、って。
あるいは、オサムさんに対価を払って売ってもらうか、かな? でも、そっちだと小麦粉の単価が跳ね上がっちゃうみたいだから、それはそれで難しいかも。
まあ、今日のところはこの小麦粉を使ってみよう。
一般的な小麦粉の癖をつかんでおく必要もあるものね、今後使い続けるとしたら。
他にも用意された食材を、わたしが色々とチェックしていると。
「それで、コロネは今から何を作るつもりなんだ?」
「そうですね……せっかく、わたしの魔法もありますし、それを試してみたいのでチョコレートを使ったものを作りたいと思います」
「おっ! それは面白そうだな」
「なのです! チョコレートって、さっきピーニャも食べた、あの食べ物なのですね!?」
「なんだ、ピーニャはもう食べたのか? 俺もコロネのチョコレートがどんな味なのか興味があったんだよな」
「あれ? オサムさんも、ですか?」
オサムさん、現実の出身だから、チョコレートなんて珍しくないよね?
そう思ったのだけど。
「いや、こっちだとカカオが未発見なんだよ。俺もあちこち探してみたんだがな。だから、ここ数年は口にしてないし、ちょっと楽しみなんだよ」
「そうなんですか? オサムさん、現実には?」
「ふふ、コロネ、お前さんと似たようなもんさ。俺も簡単に行ったり来たりできるような立場じゃないんだよ」
ま、そっちの事情はそのうち話してやるさ、とオサムさん。
あー、そうだったんだね。
オサムさんもわたしと同じで訳ありかあ。
だから、ゲームの中で料理人をやってるのかもしれないけど。
さておき。
「では、早速、チョコレートケーキを作りますね」
「ああ、頼む」
「新しい料理なのですね!? ドキドキするのです!」
オサムさんとピーニャ、ふたりが見つめる中でわたしはお菓子作りを始めるのだった。