第11話 コロネ、レベルアップする
「おっ? コロネ、お前さん、レベルがあがったのか?」
「はい? レベル?」
お店も無事に閉店を迎え、今日の給仕のお仕事が終わって一息ついているところで、オサムさんから声をかけられた。
もうすでに、この場に残っているのはわたしとオサムさん、それにピーニャの三人だけだ。何人かいた他の従業員さんたちは、清掃業務を終えて、仕事終わりの『まかない』を食べた後、それぞれ帰ってしまった。
ちなみに、『本日のまかない』は野菜の天丼とお味噌汁で、とても美味しかったとだけ付け加えておく。
ゲームの中の世界で、ここまでの繊細な味の表現ができるのには驚いた。
そして、驚きと同時に安堵もした。
これだったら、こっちで第二の人生を送ることにまったく抵抗はないものね。
努力次第で、どこまでも料理の美味しさを追求できるというのなら、本当に、ここは涼風さんが言っていた通り、現実の世界と変わらないもの。
ちょっと普通じゃないというか、あんまり人間っぽくない人たちもいるけど、そんな彼らもオサムさんの作った料理を美味しいって感じてくれるのなら、そこに料理人が頑張る意義があるものね。
うん! 頑張ろう!
そう、わたしが意気込んでいた矢先のレベルの話だ。
一瞬、レベルって何だっけ? と思ってしまっても仕方ないんじゃないかな?
「あ、オサムさん、もしかして、お店のお仕事の経験で、コロネさんのレベルがあがったのですか?」
「ああ、たぶんな、ピーニャ。俺も最初の村にたどり着いた後、そんな感じのレベルのあがり方をしたからな。もしかしてと思ってな。なあ、コロネ。お前さん、今日一日でモンスターを倒したりとかはしてないんだろ?」
「倒して……はいませんね」
この世界にやってきた後のことを振り返ってみても、大きな豚さんと狼さんに襲われたことはあっても、わたしがどうこうしたって感じではなかったはずだ。
もちろん、気を失っていた間のことは知らないけど、ただ運ばれていただけだったから、たぶん違うと思うし。
その後は、『塔』でオサムさんと出会ったり、ピーニャと一緒にこの町をぶらぶらしたりしたぐらいだからねえ。
聞かれれても、思い当たることはなさそうだよ。
「そもそも、このレベルって何なんですか?」
生憎だけど、わたしもあんまりゲームのことは詳しくないのだ。
何となく、レベルが高い方が強そう、ってのはわかるけど、そもそもレベルをあげるためにはどうすればいいのか、とかはわからないしね。
「それについては、俺たちも調べてる最中だな」
「なのです。『ステータス』の身体のレベルに関しては、専門の人が長年研究しているのですが、ブラックボックスのようなものがあるのですよ」
「一応、今の時点で把握できていることとすれば、『戦闘経験値』によるレベル上昇と『生活経験値』によるレベル上昇があって、それらを足したものが身体のレベルになるらしい、ってものだ。ただ、それだけでは説明がつかない上昇値なんかもあってな。その部分が今ピーニャが言ったように、ブラックボックスと呼ばれている要素だな」
ふうん?
『戦闘経験値』と『生活経験値』?
オサムさんによると、レベルがあがる条件は大きく分けてふたつ。
ひとつめが町の外で遭遇したモンスターを倒したりすることでレベルがあがる、『戦闘』によるレベルアップ。そして、ふたつめがそれとは別に、普通に過ごしたり、新しいことにチャレンジすることによって上昇する『生活』のレベルアップ、なのだそうだ。
「普通に暮らしているだけでもレベルがあがるんですか?」
「ああ。おそらく、この世界にどのぐらい馴染んだか、その度合いも影響しているみたいだな。基準が何かって言われると困るが」
「世界に馴染む、ですか?」
「そうだな。特に俺やコロネのような迷い人の場合は、その要素がわかりやすいかもな。こっちで生まれたやつらに比べて、『生活経験値』による伸びしろが大きいからな」
もっとも、スタート時の身体のレベルも低いが、とオサムさんが苦笑する。
何でも、こっちの中の人は普通に生きているだけでもレベルがあがっているらしく、最低でも『年齢=レベル』ぐらいにはなっているのだそうだ。
「まあ、徐々にあがりにくくなるから、必ずしもそういうわけじゃないけどな」
「なのです。長生きする種族の場合、年齢よりレベルが低いことも多いのです」
「なるほど」
「後は……そうだな。この世界にとって新しいことをした場合も『生活』のレベルはあがるな。俺の場合なら、例えば、新しい食材を発見したりとか、店で向こうの料理を再現して、それを認知させたり、とかな」
「あ、そうなんですか?」
「ああ。それに関しては、こっちの連中でも同様みたいだな。新発見のたぐいは身体のレベル上昇に大きく影響を与えるらしい」
そうなんだ。
新しい料理を作っても、その『生活』のレベルはあがるんだね?
今、オサムさんから説明があった通り、現実の料理を再現するだけでも、このゲームの中でまだ存在していなければ、大丈夫、ということらしい。
「なのです。それで『冒険者』という職業が主流になっているのですよ」
「未知への挑戦が、自分の強さに繋がってくるからな」
リスクはあるがメリットもそれなりにある、とオサムさんが笑う。
なるほどね。
何となく、冒険者って何だろう? って思っていたけど、そういう背景もあったんだね。
世界を広げる行為に対して、経験が得られるから。
それは漠然とした経験の蓄積っていう形だけじゃなくて、『経験値』として実際の身体の成長にも影響があるってわけで。
うん。
何となく、そういうところがゲームっぽい気がするね。
そんなことを考えながら、改めて、自分のステータスを見直してみる。
名前:コロネ・スガ
性別:女
年齢:19
種族:人間種
職業:パティシエ(魔法のパティシエール)
レベル:2(UP↑)
スキル:『チョコ魔法』『パティシエール』『自動翻訳(基本)』
★チョコ魔法
魔力を消費することでチョコレートを生み出すことができる魔法。
★パティシエール
『魔法のパティシエール』の職業スキル。お菓子職人として必要なものを魔力と引き換えに、手元に呼び寄せることができる。
★自動翻訳(基本)
他言語を『共通言語』に翻訳する。各種族の特殊言語などは翻訳できない。
【『チョコ魔法』の威力が少しアップしました】(NEW)
【『パティシエール』で呼び寄せることができるものが少し増えました】(NEW)
「あれれっ!?」
「うん? どうした、コロネ?」
「いえ……オサムさんが言った通りにレベルがひとつあがっていたんですけど……何だか、変な情報が追加されてるんですよ」
「あ、コロネさん、それは『ステータス』の補足なのです。個々のスキルにはレベルが存在しないので、能力の幅が広がると知らせてくれるのですよ。一度確認するとすぐに消えてしまうのですが」
「そうなの?」
へえ、そういうものなんだね?
「ちなみにコロネさん、それってどういう情報だったのですか?」
「うん、『チョコ魔法』が少し強くなったみたい。あと、『パティシエール』のスキル? かな? それで呼び寄せられるものも増えた、って」
折角なので、オサムさんとピーニャに自分の能力を伝えることにした。
こっちの世界で、料理人として頑張るためにどうすればいいのか、相談したかったのだ。
「なるほど……聞いた感じだと、生産系特化型か?」
「なのです、ピーニャもそう思うのです」
「生産系……?」
「ああ、その名の通り、ものづくりに適した構成ってことさ。はは、料理人としては都合がいい能力だと思うぜ? 戦闘の方に不安は残るが、そっちは誰かがサポートなり何なりすればいいだろう。幸いというか、この町なら美味い食事と引き換えに仕事を引き受けてくれるやつも多いしな。ふむ……」
オサムさんが何か思いついたように、ニヤリと笑みを浮かべて。
「折角だから、コロネの菓子作りの腕を見せてもらえるか? うまくいけば、またレベルがあがるかもしれないしな」
「あ、はい、わかりました」
オサムさんの言葉に、わたしも頷く。
そもそも、料理人としてのお仕事ってことだったから、この手の腕試しのようなものはあると思っていたしね。
しばらくは給仕のお仕事だけかも、と思っていただけにちょっとうれしい。
そんなこんなで、早速、初めてのお菓子作りに向けて、準備することになった。