第10話 コロネ、お店の給仕を頑張る
「コロネ、これ、3番テーブルまで届けてくれ」
「はい!」
「ピーニャ、そこからそこまであがりだ。12番のお座敷席へ頼む」
「なのです」
そこはまるで戦場のようだった。
うん。
さすがにそれはちょっと大げさかな?
でも、厨房で動き続けているオサムさんの姿を見ていると、あながち冗談とも言えないから困ったところかな。
お店の給仕のひとりとして、できあがった料理をお客さんのいる席まで運びながら、そんなことを考える。
わたしが今いる場所は『塔』の2階フロアにあるオサムさんのお店だ。
『果樹園』でのピーニャのおつかいを終えて、帰りに冒険者ギルドに寄って、身分証を受け取って、そのまま、最初にいた『塔』へと戻ってきたのだ。
その後は、他の従業員さんへの紹介もそこそこに、お店の給仕服に着替えて、そのままウェイトレスのようなお仕事を手伝っている。
まずは、お店の雰囲気に慣れることが重要なんだって。
ちなみに、店名は特になし。
通称は『塔』、あるいは『オサムの店』。
この町で『塔』と言えば、建物というよりも、このお店のことを指すのだとか。
ちょっとしたお食事処といった雰囲気で、カウンター席とテーブル席、それに奥の方にお座敷席なんかが広がっている落ち着いた感じの造りになっている。
もっとも、広さ自体はそれ相応に広かったけど。
何人ぐらい収容できるのかな?
少なくとも、わたしを含めた人数の従業員で対応できる範疇は明らかに超えているように思えるけど、それを言ってしまうと料理を作っているのはオサムさんひとりなわけで、もっと大変なんだけど、瞬く間に次々と料理ができあがっているわけで。
おそらく、そこで働く従業員さんの能力が高いからできるのだろう。
うん。
お客さんのラッシュで修羅場慣れしているはずのわたしでも、ついていくのが必死なぐらいだから、かなりの繁盛店であることは間違いない。
夕方に開店して以降、ひっきりなしにお客さんが訪れるのだ。
これ、思った以上に大変な職場なのかもしれない。
ちょっと面白かったのは、サイズの異なる席が色々と用意されているところだろうか。
これ、誰が座るの? って感じの大きめの椅子が置かれてあったりとか、今も小人さんの一団が占拠している専用のお座席とかがあって、まあ、向こうで言うところの普通のお店じゃないよね。
雰囲気が定食屋っぽいのに、どこかファンタジーの雰囲気を醸し出しているのも、その辺のちぐはぐさが理由なのだろう。
「よし! コロネ、次はこれを8番のテーブルまで頼む」
「はい!」
ふぅ。
いそがしいいそがしい。
本当に一息ついている暇もほとんどないね。
さっきからずっとそんな感じだったから、大分慣れてきたけど。
オサムさんもピーニャも、他の従業員さんも、わたしがそこそこ動けるとわかった途端にどんどんお仕事を回してくるから結構大変だよ。
これ、新人さんが初日にやる仕事量じゃないよね?
何となく、そんなことを考えてしまう。
少なくとも、役に立つと思われているから喜んだ方がいいんだろうね、うん。
ちなみに、今日は『日本料理の日』なのだそうだ。
そのため、オサムさんは今もせっせとてんぷらを揚げていたりする。
曜日ごとにお店で出す料理の趣向を変えているのが、このお店の特徴らしく、お客さんもそれをわかったうえで、お店まで足を運んでいるという感じだろうか。
というか、和洋中何でも作れるって話だから、オサムさんのレパートリーの広さには驚かされる。今、お客さんに運んでいるてんぷらも専門店の出来だし、とても、オサムさん自身が謙遜しているような、定食屋の親父って感じじゃないよ。
だって。
「ねえ、ピーニャ……何で、オサムさん、あんなに動きが速いの?」
「『身体強化』を使ってるからなのです」
「わたしの目には分身してるように見えるんだけど?」
「そっちは『分け身』の能力なのですよ。ミケノジ長老さん直伝なのです」
「あれだけあった食材の山があっという間に……」
「なのです。だから、さっきも『果樹園』に野菜の追加発注をしたのですよ」
給仕のお仕事の合間に、近くを通ったピーニャに色々と尋ねてみる。
いや、だって。
調理中のオサムさんって、ちょっと人間の動きとは思えないような動き方をしているんだもの。
あっという間に素材の下ごしらえを済ませてしまうのは、ほんの小手調べで。
てんぷらを揚げながら、その一方で焼き物を作ったり、同時に奥の方から、巨大なお魚を持ってきたかと思うと、一瞬でお造りにしてしまったり。
いつの間にか、手から炎を出したりとか、その、『分け身』だっけ? そのよくわからない力で数人のオサムさんになったり。
少なくとも、ひとりで数十人分の働きをしているのは間違いない。
うん。
さすがにこんな料理人見たことないよ。
わたしがいたお店の店長さんですら、ここまでは動けなかったよ? たぶん。
いや、あの人もあの人で常人離れしてたから、ある程度は似たようなことはできたかも知れないけど、さすがに分身の術みたいなことはできなかったはずだもの。
もしかして、オサムさんって、忍者の血筋とかだったりするのだろうか?
いよいよ、現実離れした光景が広がってるよ?
そこまで考えて、ここがゲームの中の世界であることを再認識する。
ゲームの世界だと、料理人もここまで動けないとダメなのかもしれない。
「オサムさん流の調理術なのです。お店に来るお客さんには、異常なペースで食べ続ける人も少なくないのですよ。なので、オサムさんもそれに対応できるように、色々と工夫をし始めて、今に至るのです」
「……工夫で何とかなるんだ?」
「なのです。料理人は強くなければ務まらないのですよ。実際、オサムさん、毎日厨房でこんなことをしているおかげで、この町の住人の中でも鍛えられている方になるのです」
これもトレーニングなのです、とピーニャ。
そう言ってるピーニャも、身体の小ささとは比べ物にならないほど、たくさんの料理を運んだりしているから、同様に鍛えられているのだろう。
「火力の調整は『火魔法』の精密操作なのです。それを並行して、あれだけ同時に行えば、自然と鍛えられるのです。素人さんはマネしちゃダメなのですが」
なるほどね。
ピーニャもオサムさんがやってることが無茶苦茶だってことの自覚はあるんだね。
美味しい料理を作るためなら、どこまでも限界に挑み続けるのが、その『オサム流調理術』というものらしい。
えーと。
これ、わたしもできるようにならないとダメなの?
「なのです。ピーニャもまだまだ修行中なのです」
だから、コロネさんも一緒に頑張りましょう的な感じのピーニャに苦笑を返す。
うん。
思っていた以上に、こっちの世界で世界一のパティシエになるのって大変そうだ。
そう、改めて感じながら。
引き続き、給仕のお仕事に全力を尽くすのだった。