第9話 コロネ、果樹園の受付嬢と出会う
「あ、ピーニャだ。今日はどうしたの?」
「追加発注なのです、ガーナさん。オサムさんのお店で今晩使う分の食材をお願いしに来たのですよ」
大きな門を潜って、城塞の中へと足を踏み入れると、そこはシンプルな感じがする受付になっていた。
いや、想像していた以上にメカメカしい造りというか、何だろう、どこか近代的なオフィスビルとかの入り口みたいな印象を受けるんだけど、ここ。
牧歌的な『果樹園』ってイメージからは少しかけ離れていなくもないかな?
さっき、立ち寄った冒険者ギルドの中よりも、向こうの世界の現代風の設備に近い感じがするのだ。
受付のテーブルっぽいところの上にはパソコンみたいなものも置かれてるし。
ただし、そこにいた人はまったく現代っぽくなかったけど。
うん、別に服装はカジュアルな感じの店員さんっぽい衣装だったんだけど、その顔の存在感そのものだね。
首から上がファンタジー全開というか、何というか。
だって。
その受付っぽい人……ピーニャからガーナさんと呼ばれたその人、たぶん、声色からすると女性だろう、その人の顔って、象さんをデフォルメしたような感じだったから。
たぶん、象の獣人さんってやつだろう。
町を歩いている時にも、たまにそういう感じの人とすれ違ったりしたしね。
どうやら、この世界の獣人さんって、姿見を人間っぽくしたりしなかったりもできるようで、その獣度……ピーニャの話だとケモナー比率だったっけ? それが個々でまちまちになっているそうで。
このガーナさんの場合、どこからどう見ても動物さん寄りの容姿だった。
可愛いけど、どこか迫力があるというか。
「ふーん? あれ? でも、『塔』の食材だったら、わざわざここまで来なくても頼むことができたでしょ? 急ぎだったら『果樹園』もちゃんと融通したよ?」
「なのです。今日はちょっと道案内も兼ねて、なのですよ」
そう言って、ピーニャがわたしのことをガーナさんに紹介してくれた。
というか。
わざわざ、ピーニャがここまで『おつかい』する必要がなかったなんて知らなかったよ?
これも、わたしのため、のことだったらしい。
何でも、オサムさんのお店……通称『塔』からの注文については、町中を定期的に飛んでいる『果樹園』の担当者に伝えてもらうか、本当に急ぎの場合は別料金込みで遠距離連絡を入れてもらえれば、それで対応できるのだとか。
ふうん?
電話みたいなものもあるんだね?
それなりに通話料みたいなものはかかるみたいだけど。
「そういうことなら、よろしくね、コロネ」
「はい。こちらこそよろしくお願いします、ガーナさん」
にっこりと微笑むガーナさんと握手をする。
あ、すごい。手の部分もちょっと象さんっぽいかも。
何となく、見た目からして力持ちっぽいし。
でも、やっぱり、ガーナさんの性別は女の人で間違いないらしい。
見た感じからだとわかりづらいけど、声が高くてきれいな感じだものね。
種族は獣人種のガネーシャなんだって。
お仕事は、この『果樹園』の雑用全般で、今日はこの北口と呼ばれる場所の受付嬢をしていたのだそうだ。
「毎日、お仕事の内容が異なるんですか?」
「うん、わたしはね。一応、こう見えても広報担当のひとりだから、専門職のみんなと比べるとあっちこっちに回されたりするね」
「なのです。ガーナさんも中々人気があるのですよ」
へえ、そうなんだ?
まあ、便利屋みたいなものだよ、と肩をすくめているガーナさん。
その鼻の動きとかがちょっと愛くるしいかも。
確かに、不思議と愛嬌がある感じの人だよね。
お客さんから人気があるってのは頷けるような気がするよ。
そんなことを話しながら、ピーニャの『おつかい』でもある食材の追加発注を進める。
と言っても、ピーニャが持ってきたリストのようなものをガーナさんに渡して、それをテーブルの上にあるパソコンのようなものに打ち込んでいけば完了みたいだけど。
「ふふ、ああ、この魔道具? これ、『果樹園』が独自に開発した情報端末だよ。レーゼ様の手も加わってるから、かなり高性能だしね。外の人にはめずらしかったでしょ?」
「あ、ガーナさん。コロネさんはオサムさんと同じ場所の出身だそうですので、たぶん、この道具についても知っているのですよ」
「えっ!? そうなの? ふーん、例の『食と技術の国』の出身かあ。おまけに新しい料理人かあ。そういうことなら、『果樹園』のことをごひいきにね」
お客さんが増えるのは大歓迎だよ、とガーナさんが満面の笑みを浮かべて。
「そういうことだったら、中入ってく? もしかするとレーゼ様も興味持ってるかもしれないし」
「それは後日なのです。きちんと『果樹園』を案内するとなると、ちょっと時間が掛かりすぎるのです」
「まあねえ、レーゼ様の寝てるところまででも結構かかるもんね」
「そんなに『果樹園』って広いんですか? それに、そのレーゼ様って?」
「なのです。詳しい技術は内緒なのですが、この『果樹園』はダンジョン化しているのです。ですから、町の中とは思えないほどに広大な敷地を持っているのですよ」
「あ、レーゼ様は、この『果樹園』の支配者……じゃなくて、黒幕……だと、言葉が悪いし……ああ、そうそう! 責任者の人だよ。まあ、人……って呼んでいいのかは、わたしも疑問だけど」
「そうなんですか?」
「ふふ、詳しいことは内緒。コロネも会った時にびっくりするといいよ?」
だから、わたしの口からはこれ以上言えないなあ、とガーナさんが笑う。
横でピーニャも頷いて。
「改めて、挨拶に来ればいいのです、コロネさん。心配しなくても、とっても良い人なのですよ」
ガーナさんの表現が大げさなのです、とピーニャ。
ふうん?
『支配』とか『黒幕』っていうから、ちょっとびっくりしたけど、そういう感じの人ではないそうだ。
基本は穏やかで優しい人だ、って。
うん。
じゃあ、基本じゃない状態はどうなんだろう? とか思わないよ、わたしは。
何となく、町の領主さんって感じのイメージがするかな。
向こうでも、店長についてヨーロッパの各地を巡った時に、そういう感じのお偉いさんと出会ったりもしたしね。
わたしの中だと、できる貴族さんって、そういう感じのイメージかな。
「ふふ、ピーニャもオサムさんのせいで、感覚のネジの一本も緩んでるからねえ。あんまり、言うことを信用しない方がいいかもよ、コロネ?」
「む、ガーナさん、失礼なのですよ。ピーニャはオサムさんと違って、常識人なのですよ」
「どうだかねぇ」
ぷんぷんと、擬音が聞こえてきそうな感じでぷんぷんと怒るピーニャのことを、笑って流すガーナさん。
「もういいのですよ。コロネさん、ひとまず、ここでの用事は終わりなのです。冒険者ギルドで身分証を受け取った後で、『塔』へと戻るのです」
「あ、まだ、コロネって、正式な身分証を持っていなかったんだ?」
「なのです」
今日、町に来たばかりなのです、とピーニャが頷いて。
「では行きましょうか、コロネさん。ガーナさんもまたよろしくお願いするのです」
「はいはい、今後ともごひいきにね」
受付のガーナさんに改めてお礼を言って。
わたしとピーニャはその場を後にした。