13-5 困難な道であっても
少女の体を覆うように出でた木の化け物はテントを破りその身を現す。
ガッシリとした3m近い人間型の体にドラゴンの様な顔をしたそれは、かま首をもたげ顔を咆哮を上げた。
「な~んか凄いのが出てきたね。でもあの子はまだ頑張って消えていないし、この力の中心を壊して暴走さえ止められたらもしかすると何とかなるかもね」
ロンザリアの言うように少女の心は力の濁流の中で消えたくないと必死に耐えている。
「何とかする、してみせる!」
レオが拳を構えて気合を入れ、髪が青白く輝き途方も無い魔力が体から発せられた。
「周りの人の避難はお願い!」
膨大な魔力をその手に化け物へとレオが走る。
「はいは~い……と言ってもね~」
ロンザリアが振り返ると決意と無念が入り混じった表情の者達が手に武器を持っていた。
その者達が発する言葉は分らないが「自分たちも戦わせてくれ」と言った感情が伝わってくる。
恐らくは何年も前からこうなってしまう事は分っていたのだろう。
何年も彼女を助けられないかと悩み試し、せめて彼女が人をこれ以上誰かを殺してしまう前に眠らせてあげる事は出来ないかと苦悩したのだろう。
でもそれはどちらも叶わなかった。彼等には力が無かった、例え未完成で未熟だったとしても魔王の器を殺す事は出来なかった。
だからレオを連れてきた、最後まで彼女の傍に居られて、彼女の最後を決める事のできる強さを持ったレオを。
しかし変貌した彼女の姿を見て、自分達がレオに押し付けてしまった罪を再び背負おうとしている。
ある種自分勝手な行いではあるが、全てはあの子の為にと一貫して行動する人々をロンザリアは嫌いだとは思わなかった。
「別に殺そうって訳じゃないんだけどな~。でも言っても伝わらないし~、一人ずつ頭に直接伝えるのも面倒だし~、う~ん……」
少し考えた後にロンザリアは一番簡単な方法を考え付いた。
にや~っと口角手に魔方陣が浮かび上がり、嘗て洞窟内で涼達が対峙した岩の鎧兵がロンザリアを取り込み立ち上がる。
「あのさ、どうせ言っても分んないだろうけど、殺したり怪我させたらさ多分お兄ちゃん達が嫌がると思うから、頑張って逃げてね~」
突然現れた敵対する鎧兵のゴーレムに戸惑う住人達ヘとロンザリアが岩の拳を容赦なく振り下ろした。
木の竜人と対峙するレオの後ろで轟音が鳴り響いた。
振り向けばロンザリアが生み出したゴーレムが人々を相手に暴れている、と言うよりは遊んでいる。
動きも大雑把で、脅かし追い払うようにこちらの戦場から遠ざけているようだ。
「怪我する人が出ないと良いけど、おっと」
竜人の魔力で木の根が飛び出し鞭のように振るわれたのを避ける。
避ける合間で風の刃を放つも、竜人は巨体に見合わぬ俊敏さで躱し森の中を進んでいく。
竜人の魔力が迸り周りの木が変異し、手と足が生えてレオへと向かって襲い掛かってきた。
木が走ってくるなんて奇妙な光景にぎょっとするも、手から放つ雷で木々を焼き尽くす。
「さっきから不思議な魔法ばかりだ」
周りの自然全てが敵になったかのような戦場。大木が殴りかかり、根や蔓は風切り音と共に振られ、木の実が炸裂し地面を抉った。
「でもこの程度は!」
両手に魔方陣が描かれ、唸る暴風と轟く雷が当たり一辺をなぎ払う。
木々が焼き払われ、荒れ狂う嵐によってぽっかりと開けられた森の中で竜人が唸りこちらを睨みつけた。
予想通り相手は周りに媒体になる植物がないと魔法が使えないようだ。
植物そのものを変異させて動かす魔法は聞いた事が無いけど、そんな常識が通用する相手でもないか。
「グルオオオオオ!!」
攻撃手段を封じられた竜人が咆哮を上げて突撃して来る。
見た目より速い、それにパワーもある、でも!
竜人が力強く振るった腕をレオの拳が打ち砕いた。
木で作られた腕が木片を撒き散らしていくが、竜人は痛みを感じないかのように続けざまに逆の腕を振るう。
しかしその腕もレオは容易く砕いた。
両腕を失った竜人が後ろへと跳躍するが、それをレオが追う。
「逃がさない!」
雷を手に纏い、敵を打ち倒す為に振るおうとする。が、今自分の手に宿る破壊の力の結果が脳裏に走った。
「だめだっ、これだと!」
振りぬこうとした手を逆の手で掴んで押さえ込み、踏み込みも急ブレーキを掛ける。
「ガルラアアアア!」
自分で体勢を崩したレオの横腹に、文字通り丸太のような足の蹴りが直撃した。
息の詰る重い衝撃に蹴り飛ばされる。
「く……そ……カハッ、でも危なかった」
自分が今やろうとした事に悪態を付きながらよろめき立ち上がった。
あの子を助ける為には、彼女を飲み込み暴走している力の中心を破壊する必要がある。
だが先程の攻撃はあの子毎消し去りかねない一撃だった。
力の加減が上手く出来ない、まだこの力を使いこなせては居ないのか……!
無力な自分の暴力に歯を食いしばる。
でも、まだだ、まだ方法はある。
あの竜人は四天と比べるとそれ程強くない、なら僕が押さえ込めばリーナみたいな上手い人に力の中心を貫いてもらって勝てる。
皆は多分来てくれているはずだ、だからそれまで押さえ込むんだ。
そう考えて構えるレオの前で、竜人が変異し始めた。
「なん……だ?」
「オオオオオオ!!」
大きく咆哮を上げた竜人がメキメキと音を立てて形を変えていく。
人の形をしていたそれは長く天へと伸びていき、空に浮かぶ蛇となった。
いや、蛇だとレオは思ったが見た目は蛇とは大分違っている。
顔はトカゲのようで、頭には角と青白く光る毛が生えており、胴には爬虫類の手がある。
どこか神々しく思える全長10m程の謎の生き物を模した木の化け物は、天に居るのが理だと言わんばかりに何の力も無しに浮かんでいた。
「キュロオオオオオオ!!」
甲高い鳴き声を上げて化け物が空を翔けて逃げていく。
「待て!」
レオが風を纏って追うが相手の動きは速く、更に相手の口から吐き出された濃霧に阻まれてしまった。
霧に巻かれている間に距離は離され今はもう霧の向こうに影も見えないが、まだあの子の気配は感じる。
どうやら近くの何処かに留まっているようだ。
「このまま無理に一人で追っても駄目か、それにまた逃げられるかもしれない……今は皆と合流しよう」
霧を掻き分け集落のある場所へとレオは戻って行った。
少女が居る集落へと騎馬隊と共に馬車に乗って急ぎ向かう涼達は、甲高い鳴き声と空へと昇る謎の化け物を見た。
「あれは、龍か!?」
「リュウ?あの細長い蛇みたいな奴の名前?」
荷台から空を見上げる俺の言葉にリーナが聞いてきた。
「ああそうだけど、こっちじゃ有名じゃないのか?」
聞き返すもリーナもエイミーもアンナさんも知らないようで首を横に振る。
「じゃあリョウ君の世界にはあんな生き物が居たんだ」
「居たと言うか、例によって物語の中にですけど」
「へー、なんだか本当にリョウ君の世界の人は何でも考えてるのね。作る側の魔法使いとしては見習わないと」
俺の元居た世界の人たちの想像力に「うんうん」とアンナさんが感心している。
「それで、その龍と言うのはどんな生き物なんでしょうか?」
そうエイミーが聞いてきた。
どんな?どんなか……
「うーん、何か凄い生物って感じかな?こう、神様に近いパワーを持ってる的な」
「え、そんなに凄い相手なんですか?」
「いや、俺の世界だとそんな感じのが多かっただけで、普通の魔物っぽいのも居るし分んないけどさ」
俺の言葉に「うーん」と唸りながら霧の向こうへと消えていく龍をリーナが睨んでいる。
「アレが何にせよ直接戦ったレオに聞くのが一番かしらね」
飛び逃げていく龍を追う風の塊が居た。今は霧に阻まれ帰って行っているがあれはレオで間違いないだろう。
今はとりあえずレオとロンザリアに合流して状況を確かめないと。
到着した集落には巨大なロンザリアのゴーレムが鎮座していた。
俺達は馬車から降りて、騎士の人たちと共に集落の人達へと話を聞きに行く。
が、その前に。
「お前何でそんなに不貞腐れてんだ?」
ロンザリアがゴーレムの手に乗って顔を膨れさせている。
「なにって、ロンザリアはちゃんと皆を避難させたのにレオから怒られたんだよ、酷くない?」
成る程、ロンザリアを通して大体の経緯は把握しているが、あれからロンザリアはゴーレムを使って脅かし皆を戦場から無理やり引き剥がしていたのを、レオから怒られてしまったようだ。
「まぁ、今回はご苦労様だったけどさ、やり方が悪かったな。この集落の人には謝ったのか?」
「一応ね。言葉は分ってないみたいだけど頭下げて謝ったら許してくれてたよ」
「なら良いさ、よし今度は俺が褒めてやろう。だから機嫌直して下りて来い」
「褒めるってナニしてくれるの?」
「頭撫でてやろう」
「えー」と不満げな表情だったか下りて来る。
「じゃあ一杯撫でてね?」
「おう、今回も良くやったよ」
そう頭を撫でてやると顔を綻ばせて手に頭を擦り付けてきた。
しばらく撫でた後、放す手を名残惜しそうに見られながら中断し皆の元へと向かう。
騎士や教会の人たちはレオの見た目に動じることなくアンナの通訳を通してレオの言葉を聞いていた。
「その方法で彼女を救う事が出来ると?」
「はい」
人とは思えぬ目の、しかし強い意思を持った目の少年の言葉に騎士長ウィルバーが悩む。
元の指令は少女の討伐。危険性が高く、失敗する確立の方が恐らく高い賭けを果たして選ぶべきなのかと。
「ちなみにだが、貴方達はどう思う?貴方達が一番彼女に関して詳しい筈だ」
ウィルバーの質問に信奉者の一人、エルフのヴィートゥスが答える。
「はっきりと申すなら不可能だろう。力の暴走を止めたところで彼女は戻る事は無い」
「それは、どうしてですか?」
「彼女は既に言葉が通じる状態ではない。君も聞いた筈だ、彼女の獣の様な声を。身振り手振りで一定のコミュニケーションをとる事は出来るが、彼女の心を取り戻すほどの強い切っ掛けを作り出すのは不可能だ」
「いえ、それは出来ます!」
結論を述べるヴィートゥスに涼が割ってはいる。
「君は?」
「俺は異世界から来た真田 涼です。俺ならあの子の声を聞くことも、あの子に声を届ける事もできます。実際に逃げる際の『助けて』と叫ぶ声も聞きました」
「何を言い出すかと思えば異世界人とは」
呆れたように言うヴィートゥスにウィルバーがニヤリと笑う。
「いや、彼が言っている事は本当だ。私にも信じられないが彼は異世界から来て、ありとあらゆる言葉を見聞き出来る力がある」
「まさか、そんな事が、本当に……」
目を見開きヴィートゥスが涼の前に跪き手を取る。
「本当に声が分るのか、あの子を助けられるのか?」
「はい、俺達ならあの子を助けられます!」
「そうか……私達はまだあの子の事を諦めなくて良いのだな……」
涙を流し手を握り締める。その握りの強さに今までの苦悩が伝わってくるようだ。
「レオ、やれるんだよな?」
涼の言葉にレオが強くうなずく。
「うん、あの子を助けに行こう」
皆の話をリーナとエイミーは少し離れて聞いていた。
「なんだか男二人は勝手に盛り上がってるみたいだけど」
見ず知らずの、殆ど知らない少女の為に、男二人は作戦を立てていっている。
そんな二人をリーナがちょっと呆れ気味に見ていた。
既に話の流れは少女を助けに行くと確定した流れへとなっている。
その流れを作ったのはレオと涼だ。最初から何があろうと助けに行く気満々な二人がその流れを引っ張って行っている。
「でも、これで諦めてしまった方が私は嫌です。誰かの為に無理でも無茶でも立ち向かって何とかしてしまう、そんな姿を好きになったんですから」
「リーナさんもそうでしょう?」と言ったエイミーの笑顔を向けられて、小さくリーナも笑う。
「ま、そうかもね。これも惚れた弱みと思って、アイツ等の無茶に付き合いましょうか」
「はい、これからも一緒に」
二人は頷き、二人の下へと向かった。




