8-7 戦いの後
意識が戻り体を起こす。見渡した場所は何処かの病室の様だった。
周りがカーテンで囲まれており、個室のようになっている。
「四天か、すげー強さだったな」
自身が対峙した圧倒的な強さの相手を思い出し、右手で頭を抱える。
ん?右手?
顔を上げて、特に異常の無い右手を見た。
「うおっ!右手が生えてる!?」
失くした筈の右腕が完全に元に戻っていた事に思わず叫んでしまった。
「何よ、煩いわね」
横のカーテンが開き、隣のベッドに居たリーナがこちらへと入って来た。
「だって、だって、右手が」
口をパクパクとさせて右手がある事に驚いている俺をみて、リーナが微笑んだ。
「聖職者の祈りの強さは思いの強さって言うけどね。後でエイミーに感謝しておきなさいよ、アンタの手を治したのあの子なんだから」
「そうか、まじか、凄いな」
手が本当にあって、問題なく動く事に思考がまだ付いて来ておらず、手の感触を確かめながら区切り区切りに呟く。
「んで、これはどうやったらこんな事になっちゃったの?」
リーナの手には真っ二つに裂かれたマントがあった。
「うっ、いやグライズの魔法を防ごうと投げつけたらそんな事に」
「本当にものの見事に真っ二つね」
丹精込めて作り上げたマントが無残な事になってるのを見て、リーナが溜息を付いた。
「これ破れた時に爆発とか起きたんじゃない?」
「あー、爆発は起きたけど寧ろそれで助かったな。正直打つ手が何にも無くて何か起きろと相手の魔法に投げつけたら爆発してさ、何とか魔法をかき消してくれた」
「その後のことは特に考えてなかったわけね」
言われて俺は言葉が詰るも、リーナは安心したような笑みを浮かべる。
「まぁ良いわ、それでアンタが助かってるんだし。これは直してあげるけど、今度は壊さないようにしなさいよ」
「すまん、ありがとうございます」
そう言ってくれるリーナに頭を下げる。
「任せときなさい」
そう言ってリーナがカーテンを閉めて自分のベッドへと入っていた。
「今回の犯人ってイヴァンだったの?」
カーテンの向こうからリーナが聞いてきた。
「ああ」
俺の返事にリーナが小さく寂しそうに「そう……」と呟いた。
故郷の仲間に裏切られたリーナに、俺はかける言葉が思いつかなかった。
「そうだ、元気になったならエイミーに声を掛けときなさいよ、多分病院の何処かに居ると思うから」
その言葉には、一人にして欲しいと言った意味があるように思った。
「そうだな、ちょっと探してくる」
エイミーか、どこに居るんだろう。
ベッドから出てエイミーを探しに向かう。
病院内をウロウロと探していると、一仕事終えたのか休憩室の椅子で飲み物を飲み、一息付いているエイミーが居た。
近付いていくとエイミーがこちらに気が付き、飲んでいたコップを落としてこちらに走ってきた。
「リョウさん!よかった……よかった……」
エイミーが泣きながらこちらを抱きしめる。
「エイミー!?大丈夫だから、大丈夫だって」
強く抱きしめて泣きじゃくるエイミーを離そうと思ったが、流石にそれは悪いと思いとどまる。
しかし、抱きしめられている姿を周りの人が俺達を見て笑っているのが結構恥ずかしい。
エイミーが落としたカップと中身のミルクを片付けている職員も「お気になさらず」と言った雰囲気で微笑んでいる。
エイミーはしばらく泣き、ようやく落ち着いたところで休憩室で騒いでしまっていた自分に気が付く。
「ちょっと外出るか」
「はい、申し訳ございません」
顔を涙と恥ずかしさで赤くさせているエイミーと、一緒に頭を下げて休憩室を出て行く。
外へ出て、病院の中庭にあるベンチに腰を下ろす。
「あんなに休憩室で騒いでしまって、私は」
エイミーはまだ恥ずかしそうに、申し訳無さそうに顔を赤らめていた。
「俺は心配してもらえて嬉しいし、他の人達も笑って気にしてなかったみたいだしさ、気にしなくて大丈夫だろう」
とりあえずと言うか慰める為にエイミーの頭を撫でる。
「でも、本当に心配しました」
また泣き出しそうになっているエイミーを見て、大きく息をつく。
「今回の敵は本当にやばかったな」
ベンチに寄りかかり空を仰ぎ見る。
「倒れているリョウさんを見た時は本当に死んでしまうと、助けられないと思いました」
「でも、まだ生きてる」
エイミーの力で返って来た右手を見た。
「本当に死ぬところだったんですよ。それなのに、少し意識が戻ったら直ぐに戦いに戻ると言って」
「あれは敵にレオが勝ったら、多分司令を狙って攻撃してくるだろうからって、そう思ったから。上手く行ったのは偶々だけどさ」
「でもあんなに傷ついた体のままで、もうそんな無茶は」
「分ってる。俺だって死ぬのは嫌だしな、出来る限り気をつけるよ」
俺の返答にエイミーは顔を曇らせたままだった。
「リョウさんは、あんな思いをしても戦うのですね」
「うん、それはもう決めた道だから」
「……わかっています。ですからせめて、心配だけはさせて下さい」
エイミーが俺の手を優しく、強く握る。
「ありがとう」
温かな手を握り返す。
戦いから逃げる事なら簡単に出来る、でももう逃げたくない。
恐らくアデルさんが言っていたレオの運命に四天が、いや魔王は関わっているのだろう。
あの圧倒的な力にレオは立ち向かわなくてはいけない。
なら、俺はレオと一緒に戦いたい。俺なんかじゃ何の役に立たなかったとしても、一緒に。
レオは俺の目標で、憧れで、夢の体現者なんだ。
信じよう。信じて戦おう。この世界に来て出会った彼の力を。
それが多分、この世界に来た俺の命の使い方だから。
街外れの雑木林の中でレオは一人剣を振っていた。
頭にこびり付いて離れない恐怖を振り払おうと、懸命に剣を振り回し続けていた。
完全な敗北だった、相手は全くもって本気を出してはいなかった。
魔方陣を出したのは最後の一撃だけ、他の攻撃は全てこちらを試すようだった
それでも引き分けにすらなっていない状況に持っていくのが限界だった。
「くそお!!」
敗北の悔しさもあるが、それ以上の恐怖がレオの心を侵食していく。
戦いに対する恐怖は命のやり取りである以上、常に付きまとっているものだ。
レオ自身もそこに変わりはなかった。
しかし、今回感じる恐怖は今までのとはまるで違う。
自身に油断があった訳でも何か策に嵌められたのでもなく、ただ単純に絶望的な力の差があった。
「何を試したんだ、僕に何があるっていうんだ、運命なんて何でそんな物があるんだ!」
あの敵は「また」と言った、またあの敵と戦わなくてはいけない。
今度は手加減されるとは限らない、皆が殺されるかもしれない。
あの過去の世界で味わった、大切な人を失う感覚が蘇ってくる。
「旅に、出なければ良かった……」
思わず出てしまった言葉に頭を振るう。
振っても後から後から考えが浮かんでくる。
もしもリョウと出会わなかったら、もしも旅を続けようなんて思わなかったら、もしも途中で止めていたのなら。
戦わずに済んだ、イヴァンさんの裏切りなんて知らずに済んだ、運命なんてものもなかった、あんなに恐ろしい敵に会う事もなかった。
リョウにさえ出会わなければ。
「違う!!!」
雑念を振り払おうと、剣を必死に振るう。
あの遠い世界から一人迷い込み、それでも必死に戦い続ける彼をどうして責められるのか。
自分と違い、力が無くとも立ち向かい続けられる彼を。
剣をがむしゃらに振り続け日も沈み始めた頃、力尽きた体を支える為に剣を地面へと突き立てる。
「どうして、僕に力があるんだ……」
力があるからイヴァンは自分を憎み、人を裏切った。力があるから何か大きな運命へと巻き込まれていった。
自分が最も力がある存在である以上、誰も自分の事を守ってはくれない。
自分の敗北は大切な人の、人達への死へと直接繋がる。
逃げたい、でも逃げられない。
地面に膝を付き、剣に寄りかかる。
自分に圧し掛かる重圧と恐怖に耐え切れず、レオは泣いた。




