8-5 四天襲来
鋭い衝撃が身を貫く。
視覚に捉える事の出来ない速さで後方へと吹き飛ばされた。
地面に打ち付けられ立ち上がろうとするも、体の芯まで潰されたかのような痛みに血を吐き、立ち上がることが出来ない。
「おい、あいつまだ生きてるぞ」
地に這い蹲る涼をイヴァンが見下す。
「はい、そのようですね」
イヴァンの言葉を適当にグライズが流し、涼を殴打した自分の拳を見た。
「あんたが殺さないなら俺が殺してしまっても構わないだろ」
イヴァンが剣を抜き、涼への元へと歩き向かおうとする。
それをグライズが手を上げて止めた。
「いえ、その必要はございません。私は王よりこの街の壊滅を命じられておきますので、それは私の仕事です。それと」
イヴァンの肩にグライズが手を置いた。
「貴方を安全な場所まで送り届ける事もです」
イヴァンの体が風に巻かれ、悲鳴と共にイヴァンが空へと消えて行った。
「あんなに悲鳴を上げて何と情けない」
飛ばされたイヴァンを見送った後、グライズは俺の方を向いた。
またもや目では追えない衝撃が体を貫き、右方向に飛ばされ壁に叩きつけられる。
最初の一撃と比べるとあからさまに手加減をされた一撃。自分が先程まで居た位置にわざとらしく足を上げ、グライズが「貴方を蹴りました」とアピールしている。
「ふむ、やはり見えてはないようですね」
壁に叩きつけられてから上げた足を見た涼の目線を見て、グライズは足を下ろし顎を撫でた。
「本人が反応できなくても防壁を張る機能ですか、面白い物を考案したものです」
なにやら感心した雰囲気のグライズを見て「そういやそんな機能があるってリーナが言ってたな」と朦朧とする意識の中で涼は思い出していた。
つまりそれが無ければ即死だった訳だ、後で礼を言っておかないとな……
意識を何とか繋ぎ止め、立ち上がる。
相手の途方も無い強さは重々承知の上で、手を構え魔方陣を作り出す。
構えた姿を見て、グライズが何をする訳でもなく、手を後ろで組み待った。
余裕のつもりか!
ならばと渾身の魔力を込め自身が出せる最大の魔方陣を作り出した。
魔方陣から炎の大槍がグライズへと放たれる。
放たれた炎槍に対しグライズが片手を上げて素手で受け止めた。
阻まれた炎槍が周囲に炎を撒き散らし、広場が火に包まれていく。
唸る炎槍をグライズが握りつぶし、爆風が起った。
「中々の攻撃でした」
舞った土埃を魔法で生み出した風で払い、焼け焦げた手の平も瞬時に回復していく。
予想はしていたがまるで効いた様子を見せないグライズに、顔を歪め歯を食いしばる。
再び攻撃を放とうと構えると、周りの状況に気がついた。
「おや、囲まれてしまいましたか」
何でもないような声でグライズも周りを見渡す。
広場は何時の間にか兵士達が取り囲んでいた。
「かかれ!」
号令と共に兵士達が武器を魔方陣を構え、グライズへと攻撃をしかける。
自分もそれに合わせて攻撃をしようとしたその時、グライズの手の上で小さく魔法陣が展開された。
本能が警鐘を鳴らした。
頭が考えるより早く、反射的に作り出していた魔方陣を解き、全力の防壁を手を突き出し作り出す。
グライズから放たれた風が唸りを上げ、空間が弾けた。
轟音と共に広場一帯が瓦礫と化し、攻撃を仕掛けた兵士達は余さず風に刻まれ千切れ飛んだ。
破壊の限りを尽くされた広場にはグライズ一人が変わらず立っていた。
いてえ……
瓦礫の中から涼が這いずり出る。
両手をつき立とうとすると、ある筈の右手が無く、バランスを崩して倒れこんだ。
倒れこんだ顔が自身の無くなった右腕を見た。
理解した痛みと絶望で頭が掻き乱される。
それでも体を持ち上げ立ち上がり、グライズの方を向いた。
「良き眼です」
満身創痍であっても心は折れていない少年を見て、グライズは薄っすらと笑みを浮かべ手を振るった。
振るった魔力が風の刃と化して涼に迫る。
涼は背にあるマントを剥がし、倒れこむように前へと投げつけた。
上位の魔法使いが作るエーテルが織り込まれたマントは非常に高い強度を誇るが、風の刃はそれすらも両断する。
しかし、両断された事でリーナがマントに施したエーテルの魔力が一気に噴出し、大爆発を起こした。
グライズが放った風は爆発に飲み込まれ、爆風は二人を包み込んだ。
爆風に呑まれた涼が瓦礫の山に吹き飛ばされる。
「咄嗟の判断としては良い判断でした。ですが、もう打てる手は残っていないでしょう」
風を起こし爆風を断ち切り、乱れた髪を整えグライズが涼の元へと向かった。
圧倒的強者たる四天に立ち向かい続けた少年へ、敬意あるとどめを刺す為に。
レオはリベールと戦っていた。
リベールは確かに前回の戦いよりは強くなっていた、しかしまだレオに勝てるほどの強さではなかった。
それに、何処かリベールは街のほうを気にして戦っていた。
何か策があるのだろうか?でも、それなら早く決着をつけないと。
レオがわざと体勢を崩してリベールに大振りを誘う。
戦いに完全には集中していないリベールがまんまとそれに騙された。
「死ねい!」
大きく振りかぶり大剣を振り下ろす。
タイミングを合わせてレオが魔力を足に込め、剣を振り上げた。
リベールの胴に大きく縦の傷が刻まれる。
切られたリベールが地面に膝をついた。
そのリベールにレオが剣を向ける。
「勝負は付いた、軍を引かせるんだ」
レオの言葉にリベールが顔を敗北に歪ませる。
「何故だ、何故勝てない」
その時、背後の街が天から降った力に大きく揺れた。
「何が!?」
「あの人間め、しくじったな!?」
戦場に居るもの全てが街を包む防壁が破壊された事を目撃した。
魔物達に歓声が上がり、残った城壁に対して魔法が次々と撃ち込まれて行く。
「レオ殿ー!」
変わっていく戦況にバルトロがレオを呼び、向かってくる。
それを見たリベールは心から無念の顔を浮かべて、戦場から退避して行った。
レオはそれを追おうとしたが、今はそれよりも街の方が緊急事態だと踏みとどまる。
「街の守りが破られました、レオ殿は街の救援に向かっていただきたい」
「わかりました。城壁まで飛ばしてもらうことは出来ますか?」
来たバルトロの言葉にレオは即答で答えた。
「礼は必ず、では行きます!」
風がレオを包み、上空へと投げ飛ばした。
リーナは城壁の上で防壁が破壊されたのを見ていた。
「なんなの?何が来たの!?」
その場からでも感じる膨大な魔力の持ち主が、街へと降り立っている。
何が起きたかと城壁の上がパニックになっていると、上から声が響いてきた。
「……ィィィナァァァァァァ!!」
声が響く方を見ると、レオが上空から落ちてきている。
「ちょ、ちょっと!」
慌てて風の渦を作り出し、落ちて来たレオを受け止める。
「ふぅ、着いた。いたいっ」
何とか無事に着地して一息ついているレオの頭を思わずリーナが叩いた。
「ふぅ、着いた。じゃないでしょ!受け止めるの失敗したらどうするつもりだったの!?」
「仕方ないよ緊急事態だし、急いでるし、大丈夫だと思ってたし」
「あー、もうっ!」とリーナが髪を掻き毟る。
「もう良い!行くわよ!」
「うん」
二人して風に包まれて城壁から街の方へと落ちて行く。
「じゃあ僕は先に行くから、エイミーも呼んで後からお願い」
言うが早いかレオは魔力を足に込めて街道を突っ走って行った。
「あー!もう、また勝手に!」
あっという間に見えなくなっていくレオにリーナが声を上げるも、早く追いつく為にエイミーを探しに行く。
エイミーは直ぐに見つかった。城壁の外に出てこちらへと向かって来ていた。
「あ、丁度良い。さっさと行くわよ」
リーナがエイミーに声を掛けると、必死の形相でエイミーがリーナにしがみ付いて来た。
「リョウさんが、おそらく呪いを壊して、それでその場所にあの魔物が」
「はいはいストップ、ストップ。何言ってるか分らないからとりあえず落ち着きなさい。それで、リョウは今向こうに居るのね?」
リーナの言葉にエイミーが頷いた。
「じゃあ詳しい経緯は走りながら言って頂戴、行くわよ!」
リーナの言葉にエイミーは頷き、二人は駆け出した。
走るレオの前にある広場で二度目の爆発が起った。
誰かが戦っている、それにこの感じは……間に合ってくれ!
グライズと瓦礫に倒れている涼の姿があった。
「おおおおお!!」
こちらに気が付かせる為に声を張り上げ、剣を全力で振るう。
強烈な一閃をグライズがフッと消えたかのような速さで避け、近くの瓦礫の山の上へと降り立った。
そのグライズの尋常でない速さをレオは何とか目に捕え、グライズに向けて剣を構えた。
「今日は何かと客人が多い日ですね。おや?」
瓦礫の上でレオを見て、グライズが顎を撫でた。
「貴方は何もの……いえ、お名前をお聞かせ願いますかな?」
突然名前を聞いたグライズに対し、レオは不審に思うも答える。
「レオ・ロベルト」
「ほー成る程、報告で聞かされていた名前ですね。いえ失礼、私は魔王軍四天のグライズと申します」
グライズが納得したように頷き、優雅な一礼をレオに向ける。
「貴方の事は我が軍でも話題となっておりましたよ、それで一つ提案があります」
グライズが後ろに手を組みレオに提案する。
「貴方の力を見せてください。それに私が満足すればこの場は貴方と、そこのお仲間を見逃してあげましょう」
提案されたレオはその意図を汲み取れずに居た。
凄まじい強さを持った相手からの、相手に利があるとは思えない不可思議な提案。
でも、それで僕もリョウも助かる道があるのなら。
強い意志を瞳に宿し、レオがグライズへと立ち向かった。
「あの少年と同じく良い顔をします」
では貴方の真価、確かめさせていただきましょう。




