7-7 悪夢の主
毎度の如く下水道からの扉を蹴破り、見張りの兵を黙らせる。
城の中と兵士の位置を書き示した地図を頼りに、迷いの無い歩みで城を制覇していく。
道を邪魔する兵士は来るタイミングすら分かった奇襲で無力化していった。
「よし、中庭を抜けるのも手馴れたものになったわね」
前でレオが壁を伝い、城の中で見張る兵士達を先回りして無力化させていく。
「もう何十回目だって話だしな」
何度も城の侵入を繰り返してはやり直してきた俺達は、城の道中の道と配備されている兵、その兵が来るタイミング、増援が来るのか来ないのか、分断した際に相手がどう動くのか。
その他諸々と何度も繰り返して試し、城の侵入を可能とさせていった。
ここまで来ると相手の居場所が完全に分るかくれんぼをやっているような物だ。
相手が何処にどの様に何人で来るのか分っているのなら、誘導させ道を作るのも容易い。
レオが城中を駆け回り、物音を立て、兵士を黙らせ、時には気付かせ、現場を混乱させていく。
幾つもの失敗を重ねて遂に城の上層部に入り込む事が出来た。
レオとも合流し、呼ばれる場所へと急ぐ。
下のほうと比べて兵士が見当たらない。
下の混乱で見回りが応援に行ったせいか?
疑問の答えは直ぐに出た。
一人の軍服を着た剣士が廊下に立っていた。
凄まじいプレッシャーを放つ彼を見れば、兵士が他に居ない理由は一目瞭然であった。
他に兵が要らないのだ。
大きく剣士が息を吐いた。
「下で騒ぎがあっていたが、まさかこんな子供達に城の守りを破られているとは。後で警備の者達には厳しく言っておこう」
剣士が剣も構えずゆっくりと歩いてきた。
「あれがアンタの言ってた魔王ってやつ?」
「いや、魔王と戦ってたやつだ」
「なるほどね」とリーナは納得したように頷いた。
「ちょっとアタシ達は貴方の向こうに用があるの、悪いけど通してもらえない?」
リーナの言葉に剣士が立ち止まった。
「一応理由は聞いておこうか」
「この世界はもう直ぐ滅びる。いや、何度も滅びてる。アタシ達はそれを止めに来たの」
「良く分らない事を言うな」
「そうでしょうね、何度もこの世界の人に喋っても誰も理解しなかったわ。もっとも分れってのが無理な話でしょうけど」
リーナがマントを煌かせ魔方陣を構える。
「だから悪いけど通らせて」
リーナの言葉に困ったように剣士が頭をかいた。
「いや、仕方ない。まずは捕えてから考えよう」
剣士がそう言い戦闘が始まろうとした時、剣士の後ろの扉が開き一人の綺麗な女性が出てきた。
「アデル、待ちなさい」
女性の言葉にアデルと呼ばれた剣士が立ち止まり振り向いた。
「姫様、危険ですから部屋の中へ」
「いえ、大丈夫です」
姫が部屋を出て前に出てくる。
俺たちと姫の間に立ち守るようにアデルが位置取った。
「アデル、客人の顔が良く見えません。横にずれて下さい」
「しかし」
「横にずれて下さい」
姫に言われて渋々とアデルが横にずれる。
「初めましてであっていますでしょうか?私はロメア国の第一皇女レティーシャ・ロメアと申します」
とても優雅で丁寧な礼で頭を下げる。
思わず俺達はその場に膝を付いてかしこまってしまった。
「その様に床に手を付くのはお止め下さい。貴方達は私の声を聞いていらしたのですから」
「俺たちを呼んでいたのはお姫様だったのですか?」
「はい、恐らくは。あなた方と会って話さなければいけない、そんな気がいたします」
そう話す姫の声は、あの頭の中に響いた声と確かに一緒だった。
「どうして俺たちをここへ?そもそもどうやって?」
俺の疑問に困ったような申し訳なさそうな顔を浮かべる。
「すみません。私は自分の力を完全には制御できておらず、あなた方を呼んだ理由も方法も分りません」
「分らないって、そんな」
「ですので、貴方の記憶を少し覗かせてはくれませんか?」
記憶を?俺たちを呼んだと言い、この姫様は何者なんだ?
「姫様は特殊な力を持ったお方だ、姫様が出来るというなら出来るのだろう、君は早く記憶を見せれば良いんだ」
「アデル、黙ってなさい」
「申し訳ございません」
姫に言われてアデルが縮こまる。
「アデルが無礼な事を言い申し訳ありません。ですが、どうか記憶を覗かせてはくれませんか?」
姫が膝を付き、俺に目線を合わせ手を握った。
「いえ、それで分る事があるのでしたら俺の記憶なんて幾らでも」
「ありがとうございます。して、誰か恋人などはいらっしゃいますか?」
は?
「いえ、特には」
「では誰かに思いを寄せられてる等は?」
「そういうのも別に……」
俺の言葉に何故か姫が「はー」と視線を俺からずらした後、含みのある笑いを見せた。
「では失礼して」
すっと姫が顔を近付け、俺の頬にキスをした。
「姫ー!!?」
慌ててアデルが姫を引き剥がす。
「アデル、邪魔をしないで頂けますか?」
「しかし、何処の誰かも分らぬ輩にあんな真似を!」
「いつも貴方にはもっと他の事もして、されているでしょう。この位我慢なさい」
「姫ー!!!!?」
さり気無く国のスキャンダルが見えた気がする。
「記憶の読み方ってキスかよ」
頬とは言え、突然のキスに頭が少しぼーっとなる。
アデルと共に笑っていた姫が暗く表情を落とし、こちらを向いた。
「記憶を覗き見てしまったこと、申し訳ございません。ですが私のやるべき事は分りました、アデルも共に私に着いて来て下さい」
姫に連れられて城の中を歩いていく。
周りの兵は姫と、それに連れられた謎の子供達に驚きを隠せなかったが、それはアデルが説得して行った。
城の中にある礼拝堂へと着いた。
「アデルは一度外へ、扉も閉めてください」
命を受けてアデルは外へと出た。
「私はこの世界で恐らく唯一神の声を聞いた人間です」
礼拝堂の祭壇に向かい、姫は一人喋り始めた。
「エイミー様のものとは違って、不確かで不安定なものですが神の力を通した特殊な技を使う事ができます」
言葉を区切り、姫がこちらを向いた。絶望の中に確かに意思のある目を。
「私はリョウ様の記憶を見て真実を知りました。この世界の真実を」
姫の声は悲しみと恐怖に震えていた。
「この世界は幻、かつて滅んだ世界の記憶が囚われている悪夢。貴方達はそれを終わらせる為に遥か先の私が呼んだのですね」
震えながらも自身の使命を全うしようとしていた。
「私がこの悪夢の中心です。私はこの後一人ここより生き延び、その生き残った私の絶望を使いこの世界の命と記憶を何者かが捕えています。私が自ら命を絶てばこの悪夢は存在に矛盾がおき崩れるでしょう」
「後は俺たちが悪夢を捕えているやつを倒せば」
「はい、捕えている者と、悪夢の根源となっている私の絶望の塊を破壊していただければ、捕えられた魂は全て天に還るでしょう」
姫が俯き、恐怖に手が震える。
分っている、分ってはいる。自分がやらなくてはならない。
自分の力が嘘だなんて、間違っているなんて事は無い。
それでも怖かった、自分の命を絶つ事が。
「アデルを呼んでいただけますか」
だから一人、支えになる人を、背負ってくれる人が傍に欲しかった。
姫に言われて俺達はアデルを呼ぶ為に外に出た。
俺たちが頼む前にアデルは礼拝堂へと入っていく。
「この世界を頼むぞ」
そう一言告げて扉を閉めた。
静寂の時間が流れた後、世界がゆっくりと消え去っていく。
悪夢が、解けていった。
悪夢から解き放たれ、目覚めた場所は朽ち果てた城の中であった。
目覚の前にある崩れた祭壇に魔物が腰掛けている。
「なんだぁてめぇらは!?俺の悪夢を潰しやがった野郎か!?」
とても柄の悪い馬の様な頭をした魔物が叫んだ。
「アイツなんて言ってるの?」
「俺たちが悪夢を終わらせた事に文句を言ってるよ」
魔物はまだ喚いている。
「ふざけんなよ!!あんなに極上な悪夢はそうそうないんだからな!!しかもこの場所が何故か隔離されたおかげで、長年味わって力を溜める事が出来たのによぉ!!てめぇらがそれを台無しにしやがったんだ!!!」
「ここはあの城とはやっぱり違う気がするな」
「別の場所、いや建て直された場所なのかな」
「聞いてんのかクソ野郎どもぉ!!!!」
魔物を無視して話してると魔物から怒声が上がった。
「はんっさては俺様の力に恐れをなしたようだなぁ!!」
「エイミー」
「はい」
俺の指示にエイミーが光の鎖を放ち、魔物をがんじがらめに捕えた。
「こんな鎖が俺様に通用するかよ!」
そう叫び鎖を引き千切ろうとするが鎖は欠片も解けない。
「なんで千切れねぇんだ!!」
「お前の力ってさ悪夢が源だったんだろ?今この瞬間にも流れていってるぜ」
魔物の体から膨大な魔力が湯水のように流れていっている。
「くっそ、てめぇらのせいでこうなったんだろうが!!だがなぁまだ悪夢の根源はここにあるんだよぉ!!」
魔物の手の平の上に紫色の水晶の様なものが浮かび上がる。
「これが俺の手にある限り、力は復活する!!そうすればてめぇらみたいなクソ人間どもは」
リーナの強力な雷が魔物の腕ごと悪夢の根源を焼き払った。
腕を失った魔物が痛みに悲鳴を上げる。
「なんか自慢げに見せてたからとりあえず焼いておいたけど大丈夫だった?」
「普通にファインプレーだ」
悪夢の根源が消え去った事により魔力の全てが流れ出し、目の前に居るのは鎖に囚われた魔物一人となった。
「で、クソ人間がなんだって?」
魔方陣を構えて魔物に聞く。
魔物の顔が蒼白に歪む。
「ほ、ほらちょっとした冗談だって」
「そうかよ、皆を苦しめた報いを受けろ!!」
爆炎を放ち魔物が炎に包まれる。
「くそぉまだ終わってねぇ、終わってねぇぞ!」
残された魔力を振り絞り一撃を放とうと魔物がもがく。
「よかった、僕の分も残ってた」
レオが前に出る。
魔物の全力の一撃も切り落とし前に出る。
「くそがああああ!」
剣を振り下ろし叫ぶ魔物を縦に両断した。
「ふぅ、ちょっとスッキリした」
人々の魂を捕え続けた無限の悪夢はここに終わりを告げた。




