7-5 流転の街
目の前の光景に心底驚いている。
何だ?何でなんだ?何が起こっているんだ?
頭の中がパニックを起こして暴走する。
先程の破壊の瞬間、確かに自分の身が焼き尽くされる感覚があった。
あの途方も無い恐怖は嘘じゃない筈だ。
レオ達の反応を見ても恐らくは同じ事を考えているに違いない。
「なんで俺たちも、この世界も、生きてるんだ……?」
俺の口から思わず出た言葉に周りを歩く人が「何を言ってるんだ」といった顔を向けてくる。
「このまま呆けていても仕方が無い、一度またあの公園に行こう」
レオの言葉を聞いて公園へと向かう。
着いた公園の時計は9時10分頃を指していた。
公園のゴミ箱を漁ってみると、やはり変わらず同じ新聞が捨ててあった。
「これってつまり世界がループしてるって事か」
新聞が全くの変わりが無い事を確認して呟く。
「ループ?」
エイミーが俺の言葉に首をかしげた。
「俺の世界だとな、こうやって何らかの世界が繰り返されるような現象が起きる話があるんだ。多分今回のはそれっぽい感じなんじゃないかな」
「そんなものまで考えるなんて、アンタの世界の人ってどんだけ発想力が逞しいんだか」
今回自分の目の前で起こっている不可思議な現象も、何故か話として作られている事にリーナが驚きながらも呆れている。
「それでそのループはどうすれば抜け出せるのでしょうか?」
「うーん、原因になっている人や物を見つけ出して壊したりとかかな」
物によりけりだろうが、大体は原因を見つければ解決してる気がする。
「となると、やっぱり怪しいのは城の中かな」
「まぁそうなるな……マジで侵入するか?」
「言って入れてはくれないでしょうし、するしかないでしょ」
リーナが椅子から立ち上がる。
「またあんな感覚を味わうなんてアタシは嫌だからね」
確かにあんな文字通り死ぬ感覚は何度も味わいたい物じゃないな。
「よし、城に行くか」
タイムリミットは夕方頃、それまでにループの元を見つけなければ。
城へと走り着くも、やはり正面の入り口は人で埋まってしまっている。
「とりあえず一週ぐるっと見てみましょうか。リョウも思念体を作って、二人で手分けしてやるわよ」
リーナの指示を受けてヘリコプター型の思念体を作り出し、リーナが飛ばす方向とは反対方向に飛ばし様子を見ていく。
広大な敷地のある城は周りを城壁で囲まれている。
上には鎧を着た見張りも立っており、まともに侵入するのは困難だろう。
一週回った所で魔法を解除する。
「うーん、城壁を越えて侵入ってのは流石に難しいか?」
「やってやれない事もないでしょうけど、正直成功するかはイマイチね。城壁の上にも侵入者用の魔法が張ってあるようだし」
リーナがじっと壁の上を睨んでいる。恐らく魔法の構造を読んでいるのだろう。
「どこか下水道とかから侵入できたりはしないかな?」
下から侵入は定番といえば定番ではあるが、
「下水道からですか……」
エイミーとリーナが嫌そうな顔をしている。
「臭いだろうけど死ぬよりはマシだと思うしかないな」
俺の言葉に二人してガックリと肩を落とす。
落ち込む気持ちは分るし俺も正直行きたくないが、ここは諦めて行くしかないだろう。
エイミーの探知で水路の場所を見つけてもらい入って行く。
幸い見張りなどは居なかったのですんなりと水路に入る事はできた。
「う~臭い……絶対に服に臭いが付いちゃうじゃない」
「仕方ありません、我慢しましょう……」
確かにこれは中々にヤバイ臭いだ、早く外に出てしまいたい。
行く先に上へと上る階段があった。
恐らくはここの管理や点検の際に上から下りてくる場所なのだろう。
「上はどんな感じなんだ?」
上る前にエイミーに上の様子を確認してもらう。
「入り口付近に1人居ます、恐らく見張りの方かと。他にも上のほうに仕事中か歩き回っている人が居ますが、正確な位置は……」
「ここまで来ちゃったんだし、やるだけやりましょう。何時も通りレオが先頭でリョウが殿ね」
リーナが腹を括って上へと登って行く。
「考えても仕方ないか」
階段を登り扉の前に来る。
先頭に居るレオが無言で目配せをして来たので、それに頷き答える。
レオがドアを勢い良く蹴り破り、見張りの兵隊を掴んで壁に投げつける。
突然壁へと叩きつけられた兵士がずるずると沈んで行く。
大きな音は鳴ったが、上の人たちは気が付いてないようだ。
「上の人の場所はどれ位把握出来る?」
「集中すれば何とか位置も特定出来ますが、移動しながらだと人の数も多く厳しいです。最悪角で鉢合わせもあると思います」
つまり雰囲気相手が近いことだけが分る感じか。
「完璧に相手の位置が分ったら侵入も楽なんだけど、仕方が無いわね。ちなみに目指す場所とかは見当は付いてるの?」
「うん、城の上の方に何かがある気がする。リョウはどう?」
「俺も同じ感じだな。目指す場所は城の上層部だ」
誰かに呼ばれる感覚は城の上から感じる。
その感覚も城に入った頃から強く感じるようになった。
その感覚を頼りに城の中を進んで行く。
道中はエイミーの指示で兵士から隠れながら、逃げながら進んで行く。
しかし、見張りの数は行くほどに多くなる。
行ける道も少なくなり、遂には発見されてしまった。
「貴様等!何をしている!」
声に振り向くと兵士二人が「子供?」と俺たちを見て驚きながらも、機械の様にも見える槍を構えてこちらを威圧している。
どうする?敵は二人、倒すべきか?
悩む間にエイミーが前に出て膝を付いた。
「城内への無断の侵入はお詫びします。ですが、私達にはやらねばならない事があります。どうかこの城の中を探索させてください」
本心を真っ直ぐに伝え頭を下げた。その行為に兵士達が少したじろいだ。
俺達もエイミーの行動に倣い、武器を手放し頭を下げる。
「貴様等の目的は何だ!?」
「私達はこの街が焼き払われる未来を見ました。その未来を打ち払うのが私達の目的です」
真っ直ぐな瞳でエイミーが兵士を見つめる。
「なあ、どうします?」
「何をだ、こんな話を信じるのか?」
「ですが、この子供達が嘘を付いてるようには見えませんよ」
兵士達は困惑していた。
相手は侵入者である。捕えてしまうのが当然の事、その場で討ってしまっても問題ではない。
だが目の前に居るのは武器を捨て、跪いた子供達だ。
自分達はどうするべきかの判断を迷い、兵士は答えを出した。
「……君達の事を信用する事は出来ない。投降は受け入れ牢へと捕えらせてもらう」
兵士達が近付き俺達に手錠を掛けていくのを素直に受け入れる。
「一応君達の言う事は上に話しておこう。大人しく捕えられ、反抗する意思も悪意もないようだとな」
兵士に城から連れ出され、それぞれ個別の牢に捕えられた。
手錠には魔力を封じる力があるようで、魔法を使う事は出来なくなっている。
もっともここから無理やり脱出する気は無いのだが。
その後牢で個別の取調べが行われた。
もしも抵抗していれば、話すことすらなく処刑されていただろう。
このチャンスを活かす為に、出来る限り信じて貰えるようと街の危機を必死に訴えたが、信じてもらう事は出来なかった。
牢の窓から夕焼けの空が見え始めた。
「時計ってありませんか?」
「時計?そんな物を何に使うんだ?」
机を挟んで目の前に座る取調べを行っている兵士がイラつきながら聞いてきた。
訳の分らない戯言を喋るガキに付き合わされて苛立っているのだろう。
「すみません。起る時間を知っておきたいんで」
「……自分で勝手に見てろ」
兵士が腕時計を外して机に置いた。
針は17時26分を指している。
その針をじっと見つめた。
カチカチと針が動く音と、兵士が何か報告書を書いているペンの音だけが牢で鳴る。
「……本当にこの街は滅びるのか?」
真剣な眼差しで時計を見続ける俺に兵士が聞いた。
「はい」
答えた言葉に兵士が腕を組んで椅子を「ぎいぃ」と揺らした。
「もしもお前をここから逃がしたら俺達は助かるのか?」
「……分りません」
「分らないって、お前達はこの街を救おうとしてるんだろ?」
この街を救う。
この言葉の意味は俺達とこの人では違っていた。
この人が言う救いは言葉通り滅びを回避させ救う事だ。
しかし、俺達が言う救いはこのループを終わらせる事だ。
多分、城の何処かからの呼びかけの元に辿り着いても彼等の死は変わらないのだろう。
「すみません、分りません。ですがこの悪夢を止めるための努力はします」
俺の言葉に兵士が大きく息を吐いて書類を書くのを再開した。
再び牢が小さな音を響かせて静かになる。
「……来た」
「何だ!?」
あの時と同じく空に膨大な魔力を感じた。
兵士が窓から外を見て状況を理解した。
「お前が言っていた事は本当だったのか!?くそっ信じていればこんな事は!!」
兵士の叫びを涼は聞いては居なかった。
秒針を見てタイムリミットを確かめる。
時計は17時32分24秒を指していた。




