6-3 桃色の悪魔
夜に包まれた街でロンザリアが妖しい笑みを浮かべて待ち構えている。
それに向かって駆け出した。
それを無視して横を駆け抜けていった。
「え~リョウお兄ちゃん遊ぼうよ~」
ロンザリアが不満げな顔をしながら文句を言っているも、それを無視して走っていく。
どうせ正面から戦った所で勝ち目は無い。俺のやるべき事はあいつを振り切って、呪いの根源を見つけることだ。
「いいもん、捕まえるし」
ロンザリアの手に少し形の崩れた魔方陣が浮かび上がり、腕を覆うように岩の腕が生み出された。
「この空間だとこれだけか」
岩の手で街灯を掴むと無造作にそれをへし折る。
「おに~ちゃ~ん、当たったら危ないからね~」
そう言って折った街灯を涼に向かって投げつけた。
走っていると後ろで何かの折れる音がなった後、声を掛けられたので肩越しに後ろをチラリと見た。
後ろを見て正解だった、折られた街灯がこちらに向かって迫ってきている。
「うおっ!?」
慌てて横に跳び、地面に滑り込んで街灯を避ける。
地面へと激突した街灯がガシャーンと大きな音を立てた。
「おいおい、マジかよ」
地面に倒れこんだ状態から急いで起き上がる。ヤバイとは思っていたが、マジでこれはヤバイ。
再び駆け出そうとした時、こちらに追いついたロンザリアが飛びついてきた。
振り払おうとした手を掴まれ、背中から地面に押し倒される。
叩きつけられた背に息が詰る。
「は~い、捕まえた」
両の手の平を握り掴まれ、馬乗りになった状態でロンザリアがこちらに宣言した。
振り払おうにも、抑える力が強すぎて振りほどけない。
「ね~え、どんな気持ち?早くロンザリアから逃げたいよね~?みんなを助けたいんだよね~?でもだ~め、リョウお兄ちゃんはロンザリアの物になるんだよ。な~んにも考えなくて良いんだよ、甘えて、甘えられて、ずっと過ごすだけで良いんだよ」
上に乗られて甘い言葉で囁かれていく。頭の中の霧が広がっていく。駄目だ……このままだと……自分が保てない。
「綺麗な瞳だ、キラキラ輝いて、もっと近くで見たい」
ボソリ、ボソリと呟く。
「やっと堕ちたかな~?」
にんまりとした顔を浮かべながらロンザリアが顔を近づけてきた。
おぼろげになっていく意識の中で目を閉じ、ゆっくりと俺も顔を上げる。
唇が重なった。
口を溶かしつくそうとも思えるような口付けを交わす。
それでもまだ飽き足らず、もう一度ロンザリアが唇を重ねる。
手を押さえる力が緩んだ。
目を開け掴まれていた手を振り払い、思いっきりロンザリアを突き飛ばした。
「いった~、何すんの最低ー!」
地面にぶつかった背をさすりながらロンザリアが睨んできていたが、無視して走り出す。
コンパスを見る、光が、光が、消えた!ここだ!!
黄色い小さな棒状の物を取り出し、手の中で火を付け空に投げる。
投げられた物は上空で黄色い小さな花火を上げた。
「なにそれ」
尻餅を付いた時に付いた土を払いながら、つまらなそうな顔をロンザリアがこちらに向ける。
向こうが油断してる今がチャンスだ。ロンザリアの方に走り出す。
走る先に居るロンザリアが手を上げた。魔方陣が展開し、岩の腕が作り出される。
それを構え殴りかかろうとしてきた時、手の平の上に火の玉を作り出し、地面に向けて投げつけた。
爆発で砂煙が舞う。
「こんな目くらまし」
砂煙を岩の腕で振り払いながらロンザリアが言う。
そうさ、ただの目くらましだ。
ロンザリアの横を駆け抜けて、青色の棒を空に思いっきり投げた。
街の外にある小さな高台の上に、マントを煌かせ巨大な魔方陣を描いてリーナは立っている。
魔法を使って上から暗闇の街を見ていると、黄色い光が上がったのが見えた。
「来た、場所は合ってるんでしょうね」
マントの光が更に増す。街から続けて青色の光も上がった。
光った色の意味は旅の途中で仮に呪いが起きた時の対策として決めていたものだ。
もしも呪いが起きた場合に、呪いの空間内を動いて直に破壊できるのは涼のみになる。
しかし、それでは敵が居た場合、破壊できずに終わってしまう可能性があった。
そこで考えたのが、涼が花火を使って外に居るリーナに呪いの根源の場所を伝え、外からリーナが魔法で破壊すると言う方法だった。
花火の色は、赤が敵の妨害で場所を完全には特定出来なかった時、黄色は場所を特定できたものの敵が居て破壊が出来なかった時、青はその場から離れた合図。
上がった色は黄色と青、敵が居たけど場所は見つけて、逃げるのも成功したと言う色。
「後はアタシが成功すれば!」
呪いの場所で魔法は確かに安定しない。仮に大岩を作り出して落としても、落ちて行く途中で崩れて砂にでもなってしまうだろう。
でも通るものは確かに通る。呪いによって掻き消えてしまわない程の威力なら呪いの根源となっている道具にも届くはずだ。
「これがアタシの、全っ力っ!!」
豪雷が空から落ち、呪いの空間の境にぶつかり轟く。
バチバチと雷が呪いの空間内に漏れ出していくもまだ足りない。
「こんのぉぉ、ぶちぬけえええええええ!!!」
ありったけの魔力を雷に込める。遂に雷が空間を貫いた。
雷が涼が指定した場所を焼き払い、呪いの根源を破壊する。
街を包んでいた夜が呪いの消失と共に朝日に変わった。
「やった!」
俺は轟く雷と共に、呪いの根源を破壊した時に鳴り響く大きな音を聞いた。
空も明けた、呪いは確かに打ち砕いた。後はあいつさえ何とかすれば。
「なにこれ、ちょーつまんない」
焼けた道と、明けた空を見てロンザリアが呟いた。
こちらに振り向いた無表情の顔にある目からハッキリと怒りが伝わってくる。
「いいよ、別に。この街の住人を全部アンデッドにしてやろうと思ったけど、また後ですれば良いし」
「そんな事を、何の為にするっていうんだ!」
ロンザリアの言葉に大きく声を上げてしまう。
「何の?ただの労働力だよ。人や魔物ってそのままだと反発するでしょ?だから使い易いアンデッドが欲しかっただけ」
酷くつまらなそうな顔で答える。
「あーイライラする。キスまでしたのに堕ちてないし、本当にムカつく」
ロンザリアの手に魔方陣が浮かび上がる。
しかし、何も攻撃はしてこなかった。
「……もう良いや、どうせ今から皆ここに来るし、その前に帰ろ。……バイバイ、お兄ちゃん」
一度こちらを見つめた後、魔方陣が展開し直し、魔法で地面が大きく割れた。その中にロンザリアが逃げていく。
追うのは……いや、止めておこう。返り討ちにあうのが関の山だ。
地面に座り込み空を見上げる。
「ふー……とりあえず、勝った」
少しだけ体を休めたら皆の元に戻ろう。




