帝都へ
帝都へ向かう夜明け。ターシャは屋敷の者に別れの挨拶をした。とはいえ、屋敷の侍女たちまでターシャにつらく当たっていたのだ。白々しくおめでとうございます、と祝福された時、笑みが引きつりそうになった。
「おめでとう、ターシャ。我が娘が〝候補〟に選ばれるなんて、うれしい限りだわ」
一番白々しいのは、マーガレットに他ならないが。見目麗しい顔立ちもレギルの視線がそれている間は凶悪なものになっている。
「“しっかり”と候補としての義務に務め、殿下のご寵愛を得るのです。わたくしはもちろんミヒャエル様も望んでおられますわ」
きちんとプレッシャーをかけてくる。ターシャにできるわけない、と言わんばかりだ。
ターシャも不安に駆られた。ルーク殿下の愛を得ることはミヒャエルの発言からすると不可能だ。帝都にいる期間だけが自分に与えられたマーガレットから逃れ〝猶予〟。もし、この猶予の間、帝都で居場所を見つけられなかったら、もう帰る場所はここしかなくなる。
「ご心配ご無用ですわ、マーガレット様」
隣から響いた凛とした声にはっとした。モアナだ。マーガレットの嫌味に反撃体勢に入っていた。
「ターシャ様なら、きっと殿下の信頼を得、愛情を賜ると確信しております」
「……あ、そう」
マーガレットはぷいと屋敷の中へ戻っていった。
「そろそろ出立だ、ターシャ」
ミヒャエルが傍に寄ってきて、ターシャをエスコートした。そのまま馬車に乗り込む。ターシャの専任の侍女となったモアナも違う馬車に乗り込んだ。小窓からレギルの顔が覗く。
ピシり……と鞭の音が鳴り響き、ゆっくりと馬車が動き出した。外の景色がだんだん速く流れていった。
――さようなら。
帰ってくるつもりはない。帝都にいる間に絶対に自分の立ち位置を掴みたい。
「さようなら……」
今度は言葉にして、ターシャは呟いた。
それから三日。宿屋に泊まっては、早朝には帝都へ向かう日々となった。最初は外の景色を眺めていたターシャも疲労が蓄積していった。帝都に着いた夕方、宮廷周辺のアッヘル邸に着いた頃、ターシャの意識は途切れてしまった。