初めての友人
「一年ほど前、皇帝陛下の重鎮の方の奥様にも、このような模様がございました。水色ではなく、ピンク色でしたけど、模様が類似しておりますわ。ですから、わたしはちっとも変に思いません」
そんなことより、モアナの頭によぎったのは、この体の模様をこの屋敷の者や、当主様が知っているのかどうかだった。
「それどころか、この模様は名誉あることです」
「どういうことなの?」
モアナは以前仕えた奥様から聞いた話を思い出しながら、こたえた。
「確か、高貴な血筋の方には、この謎の模様が体に生まれつきあるのだそうです」
「……お父様の体にはわたくしのような模様はないわ。でなければ、あんな――顔はしないわ」
継母がこの体を見て悲鳴を上げた時、あんな怯えたような視線を向けないだろう。かなりあとに、実母はターシャの体の秘密について、箝口令を侍女たちに敷いていたことがわかった。
あれは、完全に娘を未知の存在と認識していた。あれ以来、父はターシャを避けるようになった。継母が妨害しなくても大して本当は父との距離は変わらない。ふっと蘇った悲しい記憶に目元が潤んだ。
モアナはターシャの心境を察し、気づかないふりをした。
「失礼ながら、ターシャ様の母君はどのようなお方なのでしょう?アッヘル伯爵家において、このような模様を持つ方はターシャ様以外いらっしゃいません。母君の血筋からの遺伝でしょう。レギル様がターシャ様に驚かれたのなら、母君には模様はなく、ターシャ様は遠い祖先からの遺伝なのかもしれません」
「……そう」
亡き母との思い出は断片的だ。あまり感慨を覚えなかった。
モアナは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですよ、ターシャ様。この模様は恐ろしいものではありません。不安がおありでしたら、湯あみにはほかの侍女はお付けしません。わたしとターシャ様の秘密です」
ターシャは目をぱちぱちとさせた。
「……本当に、そうしてくれるの?」
「はい。当主様にも秘密にします。わたしは今日よりターシャ様の侍女ですから。我儘でも何でもわたしに申しつけ下さい」
モアナの優しい心遣いにふっと視界が歪んだ。少し経って泣いているのだと気づく。昔、あったはずの優しい侍女たちの声。温かな両親。そんな普通の家庭が久方ぶりに頭に浮かんだ。
一つだけ、〝我儘〟を思いついた。だが、その〝我儘〟は、押し付けにしたくなかった。
「モアナ」
「何でしょう?」
モアナは微笑を絶やさない。
「……わたしと、友達になってくれる?」
勝手に口からこぼれ落ちた一言だった。はっと我に返って、口を押さえる。決して押し付けるつもりはなかったのに。これでは、侍女であるモアナは了承するしかない。
「……あー、えっと」
「なりたいです」
「えっ?」
一瞬、モアナの言葉を理解できなかった。
「わたしも、ターシャ様と友達になりたいです」
――こんな透明感のある綺麗な人と。ソフィアにさえ思わなかった感情を、モアナは口にした。
「侍女として、お仕えするときは無理ですが、二人の時はわたしはターシャ様の友達です」
ターシャの肩が震えた。そして、思いっきりモアナに抱きついた。