戸惑いと驚き
察していたこととはいえ、頭が真っ白になる。軽々しく了承すべきものではなかった。中継ぎ婚約者の候補になるということは、家を代表して都に出向くということ。選ばれれば未来の帝位継承者の補佐となり、信頼できる人物として認められ、願わくば殿下の寵愛を得るということ。寵愛を得ずとも、信認を得れば、その家は間違いなく格が上がるのだ。
――その中継ぎ婚約者に、わたしが?
「皆、席を一時外してくれ。ターシャと二人で話そう」
ミヒャエルの一声で、親戚一同が席を立っていく。レギルも心配そうにターシャとミヒャエルを交互に見つめてから、会議室をあとにした。
「……ターシャ」
「……はい」
緊張のあまり、声が上ずった。
「今回の件、君にとっても良い話だと思うぞ。家を離れられるいい口実だとでも思いなさい」
「……え?」
ターシャの表情があまりにもポカンとしていたのだろう。ミヒャエルはふっと笑った。
そして、今日二回目の衝撃の一言をくらった。
「マーガレットのこと、わたしが知らないと思っているのか?」
「!」
はっと顔を上げた。
「全部、知っている」
ミヒャエルは言葉を続ける。
「何度も、君の境遇を改善する案を考えていたのだが――あの女の性格ではわたしが警告しても影で何をやっているかわからないからな。よって、このアッヘル家に婚約者の候補の話がふってきたとき、良い機会だと思った。今回の婚約候補の話は気楽にしていてよい」
確かに、日々召使同然の扱いを受けているターシャにとっては大チャンスだ。もう、家を出る口実はやってこないかもしれない。
だが、それでも腑に落ちなかった。
「……あの」
「何だ?」
ターシャは息を吸って、静かに言った。
「恐れ多いことながら、申し上げます。なぜ、ソフィア様を『候補』になさらないのでしょうか?わたくしは、その、ミヒャエル様の長子の血統の血筋ではございません。それに引き換え、ソフィア様は――」
肖像画で拝見したことがあった。
緩やかなウェーブのかかった金髪。知的な青色の瞳。美貌だけではなく、その人柄、知性はアッヘル家領内にとどまらない。
そんな彼女を差し置いて、自分を『候補』にすると言っている。その理由は。
「……もしかして、ソフィア様だと駄目な『理由』があるのでしょうか?」
ミヒャエルがはっと息をのんだ。
そして、ターシャをじっと見つめてから、笑った。
「その通りだ、ターシャ。我が長子の血統、ソフィアはどうしても『候補』にはできない。……アッヘル家の本家筋が嫁き遅れたら、困るからな」
ターシャは意味が分からず、首を傾げた。
ソフィアなら、殿下の「中継ぎ」婚約者にすぐ決まるに違いない。寵愛を受けることも可能だろう。たとえ殿下の愛情を得られなくても、婚約解消後に殿下の〝お墨付き〟で周囲の貴公子と結婚することもできる。
――なのに、なぜ?
ミヒャエルは、少しため息をついてから、はっきりと言った。
「ターシャ、ラトヴィア帝国の第一皇子殿下――ルーク様は、ずっとたった一人の女性を想い続けておられるのだ」