父からの呼び出し
・ラトヴィア帝国の皇族は、齢十八までに、「中継ぎ」婚約者の選定をすることを義務付ける。
・前述に述べた者は、「中継ぎ」婚約者の力を借りながら、皇族としての資質向上に努めることを目的とする。
・「中継ぎ」婚約者は、あくまでも「中継ぎ」であり、仮の婚約である。皇族の婚約者が自立できる能力を獲得、もしくは別の異性と婚姻を結ぶ意向を示したとき、婚約はすぐに取り消される。
・「中継ぎ」婚約者は、皇族と婚約するため、相手と同等かそれ以上の知識、機転、作法を身につけている者に限られる。相手に皇族であるという自覚を芽生えさせることができる者こそ、最高の「中継ぎ」である。
~ラトヴィア帝国法第三条より~
春だ。
淡雪のような白い雲と間から覗く青空。降り注がれる日差しは今日もターシャの影を浮かび上がらせる。
暖かい。だが、衣類をざぶざぶとバケツの中で洗う手は、寒さで震えている。そんな日。
「一枚、二枚…あと残り五枚か…」
袖は濡らさないように、とっくに肩までまくり上げている。鏡のように水面に映る自分を見て、苦笑した。
布と布をつなぎ合わせてできた不格好なドレス。上半身はかろうじて手持ちの絹を使うことができたが、下半身に至っては継母から得た布のつぎはぎだ。その布も決して上質ではなく、初めて着たときは肌荒れした。人はきっと、「没落した貴族の令嬢」、「貧乏貴族の令嬢」とでも推測するのではないか。
実際のところ、ターシャは「没落」でも「貧乏」でもない。ターシャは――。
「ターシャ、随分と退屈そうね」
背後から聞き覚えのある声がした。慌てて残りの洗濯物を水に浸す。
振り返ると、やはりそこにはマーガレットが立っていた。腕に白くて小さく縮こまったものが抱えられていた。愛猫のチャーだ。
「そんなことはございませんわ、お母様」
「そう」
お小言を言われるのかと思ったら、違った。あまりのそっけなさに目を瞬かせる。どうしたのだろう。いつもなら追加で仕事を積まれるのに。失礼にならない程度に相手の顔をみつめる。
きめ細やかな白い肌、艶やかな黒髪、朱を差しきれいに整った唇。父の再婚相手の美しさは、この地方ではすっかり評判だ。ただし、ターシャをこき使い、召使同然にしていることは誰も知らない。
ターシャの視線に気づき、継母は背を向けて、さっさと元来た道を歩き出す。だから、それがターシャに対しての言葉だと気づいたのは数拍おいてのことだった。
「…夫が家に帰って来ました。あなたを呼んでいます。わたくしのドレスを貸しますから、そのみすぼらしい格好を何とかなさい」
…お父様が?