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ソソンソソs

『ソソンソソs』




1.ほぼ美人姉妹



 クラスメートの花菱二葉は五人姉妹。今時珍しい大家族だからか、道を尋ねたらすぐ案内してくれた。

僕はその走り書きの地図で日差しを遮ると、辺りを見回す。蝉がけたたましく鳴いて、右も左も畑、畑。そしてその畑を囲む山と緑。

 まさしく絵に書いたような田舎だ。思わず後悔を口にしそうになり、慌てて鼻の下の汗と一緒に拭う。 

 と、拍子に幾らかの塩分が前歯を刺激する。ただ僕は笑顔。きっとラズベリータルトを食べる時のように甘酸っぱい顔をしてるに違いない。


 これから、あの花菱二葉に会える。そう思えば全てが報われる気がして、どうしようもない暑さや電波のやって来ない過疎地さえ許せてしまう。

僕は携帯電話を開き、時間を確認する。



 ある意味、花菱二葉は僕にとって初恋以上の初めてを捧げた相手。こんなプリントを家まで届けるなんて他の人からすれば面倒だろうけど、僕にはラッキーな口実となった。こんな切っ掛けが無ければ、僕と花菱さんはあのまま卒業に辿り着いてしまうから。 




 遠くから正午を伝える鐘が響き、どうやらアレが約束の迎えのようだ。僕は白いトラックに向け大きく手を振った。






「ごめーん、待った?」 

 僕に横付けしたトラックから降りてきたのは着物姿の女性。


「花菱さん?」「うん、一葉だよ。えっと、橋本君だっけ?」

「杉本です」

 あれ、じゃあ橋本君って誰だったっけ?と小さく舌を出し笑い出す。迎えにはお姉さんが来ると先生から聞いていたけど、一葉。そんな名前からして察しもつく。 



「わざわざこんな田舎までごめんねぇ?妹が迷惑掛けちゃって」

「で、花菱さんの具合はどうなんですか?」

「え、あぁ!うんうん全然平気!平気!それより早く乗って乗って!」

 一葉さんは助手席へ案内してくれるが、車内はトマトやらきゅうり、ピーマンなどが散乱していた。


「あちゃーごめんごめん」

 また舌をぺろりと出す仕草。癖みたいだ。カゴを手にし夏野菜を拾い集める横顔はやっぱり姉妹。花菱と似てる。


「杉本君はカレー好き?」

「え?」

「今日の賄いはワタシが当番なの!で、これを使って夏カレー!ほら、夏って言ったら悶える位に辛いカレーじゃない?」

「賄い?」「あれ?二葉から聞いてない?」


 運転に乗り込み首をかしげる一葉さん。僕も続いて助手席へ座り、改めて聞いてみた。

「賄いって花菱さんの家ってレストランとか?」

「うーん、ちょっと違うよ。まぁ来て貰えば分かると思うんだけど……」


 掛かりの悪いエンジンとコラボレーションする一葉さんの言い方。僕は手動の窓を開けきって、大きく息を吸ってみた。


「そうだ橋本君!」

「……杉本です」「ありゃりゃ、また間違えちゃった」 

 本当、橋本君って誰なんだろうね?と、一葉さんに悪びれた様子なんかない。僕は肺に満ちた夏の香りを静かに吐き出す。


「――もしかして呆れてる?いやー人間の名前を覚えるのは苦手なんだ」

「人間、って」

「へ?」

「一葉さんって、その、年上ですよね?」

「んーそうなるよね?」

「はい……って聞き返す所じゃないです!」「え、そうなの?でも女性に年齢を聞く方が失礼なんじゃない?」

 人差し指を唇に添える一葉さんは何故か得意気。僕はそんな一葉さんの幼さを指摘したつもりなのに。

 花菱さんよりずっと幼く映るのは、くるくる変わる表情のせいかもしれない。



 僕は遠慮なしに一葉さんを見つめた。花菱さんをこんな風に見ることなんて出来ないのに、不思議と一葉さんなら緊張しない。多分、顔立ちは似ていても花菱さんとは表情を作る筋肉の使い方が全然違うんだと思う。

 気付くと一葉さんも僕を真剣に伺っていた。ぱちぱち瞬きを重ね、ほんのり頬が赤くなっていく。

「一葉さん?」

「……橋本君」

「杉本です」


 今度はわざと間違えたようで、一葉さんは今までと違う感じで微笑んだ。


「大丈夫、愛に歳の差なんて無いと思うのワタシ」

「はぁ?」


 髪をもじもじ触り、ちらちらこちらを探ってる。

大きな瞳が時折穏やかに細くなり、シャンプーの香が空間に充満した。

そして見つめ合って数秒後、白く細い指が僕に伸びてくる。

光の加減だろうか、一葉さんの目が青い。なんだか吸い込まれてしまいそうだ。




――ドンッ!!


 指が触れるか、触れないかの瞬間だった。突然、背後を蹴り上げる鈍い音。僕は反射的に振り返る。



「一葉に何やってんのよ、この変態」

 真っ白なブラウスが青い空、緑の景色に馴染んでるけど、ルーズなショートボブからはそれらに似つかわない険しい眼差し。きり、とした美少女が言葉を続ける。

「鼻の下が伸びてるんだよ、アンタ」


 ドアを開け、僕を見下ろしてきた。

「降りなよ、邪魔」

「黒葉!」


 僕の襟を乱暴に掴む少女。すぐに一葉さんが止めに入ってくれ、その隙に僕は下車した。


「一葉、何してんの?学校まで迎えに来てくれるって言ったのに!」

「ごめんごめん!橋本君を先に拾ってたの」


 一葉さんに指差され、少女も僕を見る。――見る、というより睨むつけてきた。


「ふーんアンタなんだ?二葉のクラスメートって」

「橋本君だよ」


 いや、杉本です。僕は心の中で伝える事にした。こんな物凄い威圧感をぶつけられたら、そうするしかない。


「でも丁度良かった!黒葉と入れ違いにならなくって。さ、とにかく家に帰ろうー」

「どうせ忘れてたんでしょ?俺の事なんか」


 ふ、と拗ねた表情を一葉に向けている。


「えー忘れてなんかないよ!橋本君に黒葉を迎えに行くって言おうとしたら……」


 一葉さんはそこまで言うと裾で口元を隠した。


「言おうとしたら?」

「むふふー後は内緒内緒!あ!橋本君も乗って乗って!」


 

 意味深な笑い声が僕と少女の間にある見えない線を揺らした。少女は思いっきりドアを閉め、中指で立てながら後方へ招く。

つまり、荷台だ。

「置いていっちゃうよ!橋本君」

「あ、はい!」

 ゆっくり走り始めたトラックに慌てて飛び乗る。

「あ!橋本君!隣の子は黒葉ね!ワタシの妹だよ」

「一葉さん!いいから前見て運転して!」

「んだよ!俺の事はどうでもいいって事か?あぁ?」

 姉妹揃って窓から顔を出す。僕は陽気な笑顔、震え上がる位の迫力がある表情、真逆の姉妹を見比べた。


 似ている?似ていない?

「って言うか、前見て走ってください!」

 でこぼこの田舎道。信号や標識がない、ただとにかく一本道を僕らは走り抜けていった。


2.三女と五女と花菱二葉


 トラックに揺られ、数分。それらしい目的地が見えてきた。

延々と姉妹たちの噛み合わない会話を聞かされ、肩や腰だけでなく目や耳にまで疲労が感じられる。


「花菱さんの家って旅館だったんですね!」


 正午を回り、日差しはますます厳しい。前方に構える建物を指差すと、自動販売機も見つけた。

「あ、すいません!ジュース買ってもいいですか?」 こんこん、と優しく運転席をノックしてから顔を見せる。視線に気付いた一葉さんは頷き、……急停車した。

 やっぱりと言うべきだろうか?一葉さんは運転が上手ではない。

「すぐそこまで我慢すればいいのに?」

今の衝撃で腰を強く打ち、不自然に屈みながら降りる僕。そんな姿に一葉さんはこれっぽっちの罪悪感すらない。

「別に橋本は客じゃないんだから、茶なんか出さなくていいよ」


 痛みに拍車をかける黒葉さん。未だ名前を訂正出来ず、せめてもの抵抗で返事はしないようにしてる。

 小銭を取り出し、それでも二人の分も買おうかなと悩む。こんな僕には良い事が待ってるはずだ。そうに決まってる。


 ふっ、と花菱二葉の笑顔が脳裏に浮かぶ。

家が旅館を経営してるとなれば、花菱さんも手伝いをしているかもしれない。僕の希望かつ願望だけど、是非旅館の手伝いを着物姿でしていて欲しい。

「ねぇ、買うの?買わないの?」

 痺れを切らし一葉さんが僕を呼ぶ。

「今買いま……」

 小銭を入れ、ジュースを選ぶ所で花菱二葉の事を考えていたはずが、気付くとボタンが点滅していない。

「あれ?」

 返却口を探るが、戻ってきてない。


――プシュッ!!


 するとすぐ隣から小気味いい音が弾けた。僕はしゃがみ込んだ状態で、シルエットからそれを見上げてみる。

「き、君は?」

「ファイバーだよ」

 販売機に寄り掛かりウィンクしてくるのは、僕の身丈の半分もない幼い女の子だ。しかもその子は事もあろうかビールを飲んでいる。

「駄目じゃないか!子供がそんなの飲んじゃ!って、その前に僕のお金!」

 勢いで女の子から缶を取り上げるものの、代わってそれを飲む訳にもいかず、とりあえず一葉さんに押し付けた。


「ケチッ」

 女の子は頬を膨らめ、僕に反抗する構え。けれど、黒葉さんクラスの迫力はとても演出できてない。僕は柔らかそうなほっぺたに手を伸ばし、悪戯心で引っ張ってみた。

「イタタタ!痛いってば!離してよ!」

「オイタをする子はお仕置きだ!」

 女の子の肌は思った以上に柔らかく、また素直にリアクションする姿が可愛かった。

「もうビールなんて呑まないって約束するか?」


 一葉さんにはページを狂わされ、黒葉さんには何も言えない。そのストレスが申し訳ない事に女の子へ向かっていた。

 女の子は年頃のファッションから外れ、かなり大人びた格好をしてる。バランスを取り切れないミュールがいい証拠で、まさに全力で背伸びをしてると言った感じ。

 僕だけじゃないはずだ。こんな子を見るとからかったり、少しだけ苛めたくなっちゃうのは。

「そこまでにしとけよ!」


 背中に何が当たり、足元に転がってくる。黒葉さんが空き缶を投げたようで、一葉さんは顔が紅い。


「クローバー!イチヨー!」

 僕越しに二人を確認した女の子は突然、車に飛び付いた。と、僕は女の子が告げた、ファイバー、の言葉を思い出す。


ファイバー

五葉


「まさか、君は」

「ファイバーは俺の妹だよ」

 黒葉さんが車から降りてきて、ファイバーちゃんを抱っこした。僕の背中に嫌な汗が伝う。

「やめてクローバー!」

 するとファイバーちゃんが黒葉さんの拳を鎮め、静かに首を横に振った。

「ファイバーちゃん……」

「いいの、お兄ちゃん分かってるの」


 ファイバーちゃんは僕を自愛の眼差しで見つめた。ひょっとしてファイバーちゃんは外形だけでなく、精神面も大人なのかもしれない。人を許し、人の痛みを自分の事のように感じられる。そりゃあ、ビール位は呑まないとやっていけないだろう。



「お兄ちゃん」

「ごめん!痛かったよね!つい悪のりしちゃって!」

「大丈夫ファイバーはドMなの」

「……は?」

 器用に黒葉さんから僕へ飛び移り、胸元に頬擦りしてきたファイバーちゃん。

「お兄ちゃんって罪な人。ファイバーを目覚めさせちゃうんだもの」

 小指を立てぐりぐり押し付ける。

「こんな大人みたいな格好したり、ビール呑んだりしてるのは、本当は誰かに叱って貰いたかったから」

 うっとりと先程の痛みを反芻するファイバーちゃん。「はふぅ」なんてセクシーに息を抜く。


「変態、ロリコン」

 黒葉さんがこれ以上ない的確な表現をしてくる。

「い、いやこれは!」

「まぁいいんじゃない〜」

「一葉さん酔ってるでしょ!」


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