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国境線の魔術師  作者: 青山 有
第一部 休暇願を出したら、激務の職場へ飛ばされた
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第6話 偵察

 馬車が走り出してすぐに違和感に気付いた。

 屋根からきしみや荷物が刷れる音が聞こえない。車軸や車輪からも悲鳴が聞こえてこない。全体的に馬車の重心が低く感じられる。


 視線を馬車の天井へ向けると、ニールが意味ありげな笑みを浮かべる。


「気付きましたか? この馬車、荷物がほとんど積まれていないんですよ。乗るときにカモフラージュ用の荷物を屋根の貨物室に入れようと思って覗いたら、申し訳程度の荷物が置かれているだけした」


 一般的な駅馬車は屋根の上に荷物を置くように出来ているか、天井と屋根との間に貨物スペースがある。

 長距離の駅馬車の場合、それだけでは足りないので貨物用の馬車が同行するのが常だ。この駅馬車隊も四台の駅馬車と荷台の貨物馬車で編成されていた。


「他の荷物が貨物馬車ってことは……無いよな?」


 皆の手に視線を走らせる。

 デザインや素材は異なるが、全員の手に指輪がはめられていた。

 

「馬車の貨物室が空いているのに貨物馬車ですか? 商人が商品を運ぶのではありませんから、それはないでしょう――」


 ニールが左手の中指にはめられた銀色の指輪を顔の高さにかざす。


「――私もそうですが、貨物室の荷物はカモフラージュ用ではないでしょうか」


「カモフラージュ、ですか?」


 俺とニールの会話を聞いていたベレスフォード一級神官が、不思議そうな口調で声を上げて天井へ視線を向けた。

 その横でニールが得意げに種を明かす。

 

「不思議に思ったので、失礼はと思いましたが皆さんの手を見させて頂きました。予想通り、全員が『収納の指輪』を身に着けていました」


 三十年以上前に開発された『収納の指輪』。

 一般層まで流通し出したのはこの十年程で、それまでは貴族や豪商と呼ばれる様な一部の商人たち――富裕層以外は所持出来ない高級品だった。


 それが十三年前、この国の魔道職人たちの技術革新によって量産に成功する。

 当時、『収納の指輪』は国家機密あつかいで秘匿されていたはずだったのだが、気が付いたときには世界中に広がっていた。


 当時の宰相が『いつからわが国では国家機密が特産品になったのだ!』と嘆いたとか、叫んだとかの、逸話が残っている。


 今では軍事・輸送・旅行に欠かす事の出来ない魔道具の一つとなっていた。


「まあ、それは素晴らしい」


「神のご加護を受けた方が集まるとは素晴らしい偶然です」


 ベレスフォード夫妻が胸の前で両手を組む。一般的な神への祈りの姿勢だ。

 

『収納の指輪』の一般化。

 それはこれまでのような貧富の差に代わって、魔力量による恩恵の差を顕著にした。


『収納の指輪』は所持者の魔力量により、収納出来る量や重さが左右される。

 残念だが、魔力が一定量に満たないと使用する事も出来ない。


『収納の指輪』はあくまで収納魔法を発動させるための魔道具。

 実際に物が収納されるのは、各人が魔力によって作り出した『ストレージ』と呼ばれる亜空間だ。


「私も駅馬車を利用する事は多いですが、一つの馬車に乗り合わせた乗客が全員『収納の指輪』を使えるなんて、初めてです」


「もしかして、全員魔術の心得があるのでしょうか?」


 ニールに続いて、ベレスフォード夫人が興奮気味に口にした。

 そう、ちょっとした荷物程度ならともかく、長距離の駅馬車を利用する乗客の荷物だ。生半可な魔力量の者では『収納の指輪』があってもストレージに収める事など出来ない。


 つまり、この馬車に乗り合わせた六人は、低く見積もっても数百人に一人程度の魔力量を持っているという事だ。

 それが一カ所に集まったんだから、偶然とはいえ驚くよな。


「用心してカモフラージュ用の荷物を置いてあるんだ、この事はこの馬車の中だけの秘密にした方がいいな」


 俺の言葉にベレスフォード夫人とニールがバツの悪そうな顔をし、ファーリー姉妹が安堵の表情を浮かべる。

 すぐに姉のヒルデガルドが口を開いた。


「あの、荷物を取り返して頂いた事には感謝しています。本当です――」


 まあ、そうなるよな。

 俺が取り返した荷物はカモフラージュ用の荷物だったようだ。


「――騙すつもりじゃありませんでした。ごめんなさい」


 姉に釣られるようにシビルも頭を下げた。


「気にしないでくれ、謝られるような事じゃない。幼い妹との二人旅だ、もっと慎重になってもいいくらいだ」


「ありがとうございます。マクスウェルさん」


「ありがとうございます、おじさん」


 二人の言葉が同時に発せられ、続いて姉のヒルデガルドが妹のシビルの耳元でささやく。


「『おじさん』とか言っちゃダメでしょ。可哀想じゃないの」


 聞こえなかった振りをしよう。

 若い娘におじさん呼ばわりされるのも堪えるが、哀れまれるのはもっと堪える。


 ◇

 ◆

 ◇


「えー! 奥さんだったんですか? てっきり娘さんだと思ってました」


 程なく岩山の山頂に到着しようというところで、辺りにロザリーの驚く声が響いた。


「ロザリーさん、もう少し静かにしてください」


「俺たちが今、盗賊の動向を偵察に来ているって忘れてやしないか?」


 駅馬車隊の昼食休憩を利用して、追跡してくる盗賊の偵察を行う事にした俺とニール、ロザリーの三人は、街道脇にそびえ立つ岩山へと来ていた。


「ごめんなさい。でも、あの神官夫婦、随分と年齢が離れていますよね」


 表情が輝いている。ここではぐらかしても、絶対にあきらめない顔だ、これは。

 心の内でベレスフォード神官に謝罪をしてから、ロザリーに二人の情報を提供する。


「ベレスフォード神官が四十歳と言っていたから、二十五歳差だな」


「うわー、奥さんは成人したばっかりじゃないですか。なんだろう、教会の闇の部分を垣間見た気がするわ」


 教会の闇の部分がその程度なら俺の仕事も楽だろうな。

 楽しそうなロザリーとは対照的に、緊張した面持ちのニールが注意をする。


「ロザリーさん、それは言い過ぎですよ。あくまでも年齢差があると言うだけで、強要されて結婚した訳ではありませんからね。多分」


「分かってますよー、でも、想像しちゃいません? ――」


 全然分かっていない。満面の笑みだ。


「――それに、教会ってあんまりいい噂を聞かないでしょう。二十五歳も年下の奥さん、それも成人したばかりの娘と結婚するなんて。奥さん、洗脳されているんじゃないかなあ?」


「滅多なことを言わないでください。念のため言っときますが、ベレスフォード神官夫妻の前でそんな事を言っては駄目ですよ」

 

 よく言った、ニール。俺もそれが気になったところだ。


「やだ、あたしだってそれくらいの分別はありますよ」


 慌てて否定するロザリーと彼女に疑わしい視線を向けるニールに向けて声を掛ける。


「ほら、山頂だ。気を引き締めろよ、ピクニックに来た訳じゃないだろ?」


「そうですよ。偵察役を買って出ておいて、盗賊に見つかったら格好悪いじゃないですか」


「んもう。マックスの旦那もニールさんも余裕が無いんだから」


 俺はすぐ後ろを歩くニールと少し遅れてついてくるロザリーを振り返える。


「頭を低くしろ! 距離はあるが盗賊らしき集団が見える」


 地面に伏せると、ニールも隣に伏せて遠眼鏡を差し出した。


「らしき、ですか。これで確認出来ませんか?」


 ストレージから取り出したのだろう、差し出された彼の手には、いつの間にか木製の筒が乗っていた。


「遠眼鏡か。よく手に入れたな」


 おいおい、本当かよ。

 隣国――ダルハ王国の工房で一年前に発明されて、各国が躍起になってその製造方法を入手しようとしている最先端の発明品だぞ。


「いやー、苦労しました――」

 

 そこまで言うと、ハタと気付いたように俺の方を振り向き、口元をニヤリと緩める。


「――これをご存じなんですね、マクスウェルさんは」


「お互い、心の平穏のためにも詮索はなしでいこう」


 ニールから視線を逸らし、街道の遥か後方を見るために遠眼鏡を覗き込む。


「分かりました、私は平穏を心から愛する男です」


「ニールさん、何ですか、それ?」


 わずかに遅れて山頂に到着したロザリーが不思議そうな声を上げた。


「使ってみますか? ――」


 新たに二つ遠眼鏡をストレージから取り出すと一方をロザリーに渡し、もう一方を自ら覗き込む。


「――こうやって、この筒を通して相手を見るんです」


 ◇


「大当たりですよ、旦那、ニールさん――」


 遠眼鏡を覗き込んだままのロザリーから、弾んだ声が上がった。


「――東門の広場にいた盗賊たちです。私、あのハゲとかサルみたいなヤツ、憶えています」


「数が増えていますね」


「倍以上に膨れ上がってないか? また一段とむさ苦しい集団になったな」


 いかつい顔つきの男ばかり、六十三人もいる。

 そこに映るのは魔物狩りの冒険者や旅行者を装う手間も惜しんで、無警戒に進んで来る怪しげな一団。


「連中、無警戒に真直ぐ付いてているな」


「騎士団や衛兵と遭遇する事は考えていないようですね」


 この辺りは騎士団や衛兵の巡回が行われていないのか、巡回情報をあらかじめ掴んでいて大きく構えているのか。或いは無計画なのか、さてどれだ。

 連中の様子を観察しながら思案していると、ロザリーの声が響いた。


「ここで待ち伏せして不意打ちしましょう――」


 振り向くと、ロザリーの瞳が妖しく輝いた。


「――崖の上から大量の落石、攻撃魔術の連発。残った敵は旦那の変な形の弓矢で狙撃。これでちんけな盗賊の六十三人くらい片付けられますよ」


「片付けられますよって……三人で六十三人を相手にするんですか? 無謀ですね。私は勝算の少ない戦いはしない主義なんですよ」


「驚くかもしれないが、実は俺、平和主義者なんだ。命は大切にしようぜ」

 

「フーンだ、信じないからねー」


 ロザリーは俺とニールに疑るような視線を向け、再び遠眼鏡を覗き込む。

 俺とニールもロザリーにならって遠眼鏡を覗き込んだ。


「ここから確認出来る限りでは武装が貧弱だな」


『収納の指輪』を使って大型の武器をストレージに格納して運んでいる可能性はあるが、さて。


「大型の魔物と遭遇する可能性は考えていないように見えますね」


 望遠鏡で観察を続ける俺とニールをよそに、周囲の景色を望遠鏡で覗き出したロザリーが、つまらなそうに口を開く。


「やっぱり間抜けなんですよ、あいつら」


「魔術師がいるかもしれないじゃないですか。慎重にならないと、それこそ捕まって売り飛ばされちゃいますよ」


 そんなロザリーにニールがからかう様に話し掛けた。


「あたしたちに勝てるくらいの魔術師だったら、盗賊なんてやってないんじゃないですかー?」


「マクスウェルさんの攻撃魔術を見て、なお追い掛けて来るのはそれなりに勝算があるからでしょう?」


「精々寝込みを襲うくらいの知恵しかありませんよ、あんなヤツラ。ああいった連中は大概そうです。だからこっちから奇襲を仕掛けましょう」


 気のせいか? 随分と慣れたような口ぶりだな。


「ここで奇襲を仕掛けるんですか?」

 

「自分から仕掛けるのは得意でも、奇襲を仕掛けられるのは慣れてないと思います。この三人で奇襲をしかけたら絶対に勝てますよ――」


 高低差を利用しての落石と遠距離からの魔術攻撃か。悪くない作戦だが、不採用だ。

 あの馬車の中に他からさらって来た人たちが囚われていたら、関係のない人たちが巻き添えになる。


「――やっつけたら、金目の物を奪って駅馬車隊に戻りましょう。私たちは小金が入るし、駅馬車の皆は危険をまぬがれます。誰も損をしません」


 セリフだけ聞いていると、どっちが盗賊か分からないな。

 大きなため息をついてニールがロザリーをさとす。


「ロザリーさん、言っておきますが、現段階の彼らは盗賊ではなく、冒険者や旅行者に区分される人たちですからね」


「えー、絶対にあいつら悪人ですよ」


「そうだな、あいつらは絶対に襲ってくる。だから罠を張って待つ事にしよう」


「罠? 何だか素敵な響きですね」


 ニールの説得は効果が無かったが、俺の言葉はロザリーの心に響いたようだ。


「賛成です。魔術師の集団を敵に回したらどうなるか、身をもって思い知ってもらいましょう」


 ニールのやつ、ベレスフォード神官や婦人、ファーリー姉妹まで戦力に数えているんじゃないだろうな。


「え? 魔術師の集団?」


 不思議そうな視線を向けるロザリーに答える。


「詳しい話は戻ってからだ」


 俺たちは急いて駅馬車隊へ戻る事にした。

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