第29話 アロン砦、突入
カイアーノとその護衛七人が半壊した東門に飛び込んだ。
天を覆うような炎の渦とそれに続く爆裂音が鳴り響く中、東門のゴブリンを蹴散らして突然現れた冒険者風の男たち。
ゴブリンの侵入を許し恐慌に見舞われていた人々から戸惑いの声が上がる。
「今の炎は何だったんだ?」
「援軍? 援軍、なのか?」
「騎士団じゃない?」
「外のゴブリンを突破してきたのか?」
「炎の渦と爆発は彼ら?」
カイアーノたちが東門に飛び込むのに前後して、砦を包囲していたゴブリンたちを一瞬で呑み込む程の巨大な炎の渦が巻き上がり、続いて幾つもの爆炎が残るゴブリンが吹き飛ばされていた。
防壁の上や物見櫓の上でその光景を目にした者たちが歓喜の声を上げる。
「ゴブリンの半数が焼き払われたぞ!」
「助かるぞ! 援軍だ。魔術師の援軍が来たぞ!」
外の様子を伝える歓喜の声が上がる。
「神は見捨てていなかった。助かるぞ! 女神様の援軍だ!」
そう叫んだ彼の目にはシビルの放った一撃が、神話で語られる勢炎の女神が放つ、魔を焼き払う聖なる一撃にも思えた。
東門を抜けようとしていたゴブリンを背後から切り捨てながらの突入。カイアーノたちのその姿が人々に高揚感を湧き上がらせる。さらに外の様子を伝える興奮した声。
戸惑いの声はすぐに歓声に変わった。
「ゴブリンの大群とオーガを突破して来たぞ!」
「爆炎と炎の渦を放つ魔術師だ! 外のゴブリンを魔術師が吹き飛ばしているぞ!」
「援軍だ! 援軍が来たぞ!」
「援軍がゴブリンどもを蹴散らして東門を突破してきたぞ!」
砦内に侵入したゴブリンを切り捨てるカイアーノたちの姿と防壁や物見櫓の上から外の様子を伝える興奮した声に砦内の者たちが興奮し高揚していく。
一部の者たちの歓声はすぐに砦の中に広がる。
それは砦の外で戦う者たちの耳にもはっきりと届いた。
マクスウェルの目はカイアーノとその護衛七人が半壊した東門に飛び込む姿に続いて、後方三百メートル程を周囲のゴブリンたちを排除しながら、東門へ向けてベレスフォード一級神官の姿をとらえていた。彼と共に騎馬を駆けさせるのは『輝く炎』の三人と八人の護衛。それが一団となってゴブリンたちを蹴散らしていく。
「凄い歓声です! 砦の中からです!」
ブライアンの興奮気味な大声が響き、対照的にニールの落ち着いた声が続く。
「砦内で戦い者たちの士気は取り戻せたようですね」
最も苦戦しているように思える東門付近のゴブリンたちを派手な攻撃魔法で一掃し、一目で戦況が変わった事を知らしめる。
さらに少数ではあるが砦内に援軍を飛び込ませる事で援軍が到着した事を認識させる。
砦内の士気回復と攻撃を仕掛ける自分たちの士気高揚を図る目論見は成功した。
「ああ、シビルの攻撃魔法が視覚的な効果も含めて予想以上だった」
シビルの放った火炎系の火魔法を思い返してマクスウェルは口元に笑みを浮かべ、同調するニールの口調も驚きと興奮を隠せていない。
「シビルちゃんの火魔法は本当に桁外れですね」
「まったくだ。ここまでやってくれるとは思わなかったよ」
火炎系火魔法と風魔法の混合魔法。威力もさることながら本来なら熟練を要する高度な技だ。それをいとも容易くやって見せたシビルの才能に震えていた。
警戒していた上位種の三分の一以上を一瞬で死に至らしめた炎。
彼女の放った炎の渦の効果範囲にいたゴブリンは、通常の種と上位種の区別なく焼き払われていた。
シビルの放った攻撃魔法に続いて、ノーマやブライアンの放った火球もゴブリンたちを死に追いやっていたが、魔法障壁を展開しているような上位種は彼らの強力な攻撃魔法にも耐えていた。
だが、それが普通の光景だ。
マクスウェルは自分の後ろに付いてくる者たちが自信を失っていないか心配して振り返った。
ニールはもとよりノーマとブライアン、盗賊たちの表情にも興奮と高揚がうかがえた。
シビルの攻撃魔法を別格として捉えていることがすぐに分かり、マクスウェルは彼らの表情と反応に胸をなでおろすとすぐ指示を出す。
「予定通り俺たちは外のゴブリンを撃退する。ともかく数を減らす事を優先させろ!」
「上位種を優先して叩かなくてもいいのですか?」
ブライアンの視線は自分たちの爆裂系火魔法の直撃を受けても立ち上がってくる個体をとらえていた。
「上位種は俺が仕留める。皆はともかく数を減らすことを優先してくれ! 砦内の者からすれば、上位種一匹が減るよりも通常のゴブリンが十匹減る方が士気高揚につながる」
ブライアンと盗賊たちが口々にマクスウェルの指示に了解の言葉返す。それを背にマクスウェルは魔力視を使って集団の中から上位種を次々に特定していく。
◇
東門を抜けたカイアーノは砦内に侵入したゴブリンを切り伏せながら、非戦闘員たちが集まる場所を目指して砦の中央に向かっていた。
「ダリオ・マイヤーを探せ! ヤツの口からこちらの情報が漏れたら我々はおしまいだぞ!」
「承知しております」
砦内に侵入してきたゴブリンを排除しながら周囲に視線を巡らせていると、最後尾の護衛の声が耳朶を打つ。
「後方、ベレスフォード様が東門より砦に突入されました!」
「急げ! 時間が無いぞ!」
カイアーノの背に冷たいモノが流れる。
「いました! ダリオ・マイヤーです」
「どこだ?」
「今、若い騎士に連行されるように兵舎に入っていきました」
その言葉にカイアーノは全身の毛穴から冷汗が噴出したような錯覚を覚える。
次の瞬間、『ゴブリンの集団暴走』に関与していたことがバレたか、疑いをもたれた可能性が高いと考えて反射的に指示をくだす。
「ダリオ・マイヤーを連行した騎士も一緒に始末するぞ!」
「ゴブリンを一・二匹兵舎に追い込め! それを追撃する形で我々も兵舎に突入する!」
「承知いたしました!」
カイアーノは自身の左側を駆ける四人に兵舎の外でゴブリンと戦う振りをして他の者を近づけないように指示を出す。
そして右側を駆ける三人と共に一匹のゴブリンを追って兵舎に突入した。
ベレスフォード一級神官はカイアーノたちのその様子からダリオ・マイヤーを見つけたのだと確信すると、自身の率いる部隊を兵舎から遠ざけるように指示を出す。
「我々はこのまま砦内を目立つように駆け抜けて西門へ向かいます。援軍が来たことを内部の皆さんに知らしめてください。その上で、侵入してきたゴブリンを優先して叩きます」
「承知いたしました」
護衛たちの揃った返事に続いて盗賊たちの声が不協和音のように響き、
「ここを凌ぎきったら本当に無罪放免何だろうな!」
「約束は守ってくれよ、神官様!」
不服そうな顔をした『輝く炎』の三人は無言で騎馬の速度をあげた。
◇
爆裂系火魔法を凌ぎ切ったゴブリンの上位種の頭上に魔力をまとった長剣が振り下ろされる。マクスウェルの繰り出した長剣は頭頂部から心臓を通過した。
「ガァーッ」
断末魔の悲鳴を上げて血しぶきを上げるゴブリンから早々に意識を逸らすと、盗賊の首領だった大男をまるで三歳の子ども相手でもするように戦斧の一振りで弾き飛ばしたゴブリンに意識を向ける。
「首領! そいつは上位種だ、下がれ!」
マクスウェルがゴブリンに弾き飛ばされた首領とゴブリンとの間に飛び込んだ。
振り下ろされた戦斧の一撃を魔力のまとったガントレットで弾き、下から斬り上げるような斬撃を一閃させた。長剣は固いリザードマンの革鎧と魔法障壁をものともせずに右脇腹から左の肩口へと抜ける。
戦斧の重さでゴブリンの上体がズレる。両ひざが地面に着くより早く、両断されたゴブリンの上体が苦悶の咆哮を上げて崩れ落ちた。
「スゲー……」
大男が助けてもらった礼を言うのも忘れて、マクスウェルの剣筋の鋭さと横たわるゴブリンのありさまに目を奪われる。
自身が全力で振るう剣や戦斧では全く傷付ける事が出来なかったゴブリンの上位種。その強力な魔法障壁と防具をまるで紙でも切るように容易く両断する。
その剣技とゴブリンの姿を目の当たりにして、首領は全身に鳥肌が立つのを感じた。




